西銀河物語 第三巻 アンドリューとリギル 第一章 血筋と運命 (1)
第一章 血筋と運命
(1)
WGC3041、12/03
「アーサー、アーサー起きなさい。いつまで寝ているのですか」
母親の声に心が段々現実となって行き、さっきまで見ていた記憶が消えていく。
「お父様はもう出かけましたよ」
頭の中で父の立場と自分の違いを感じながら今起き始めた自分自身に夢と目の前にある自分のずれを感じていた。
チェスター・アーサー・・
アンドリュー星系独立時、他星系からの侵略と治安の為に作られたアンドリュー星系軍の初代星系軍事統括として永きに渡りアンドリュー星系の治安と防衛の指揮者として君臨してきた名門アーサー家に生まれた。二四歳の時、星系軍士官学校を周りの期待と知性として当然のごとく主席で卒業し、誰もが将来は名門アーサー家の血を引きアンドリュー星系軍の頂点に立つ人物として見られていたチェスター・アーサー。
星系士官学校を卒業する半年前・・WGC3032、08/05
来年三月、卒業を控えたチェスター・アーサーとロベルト・カーライルは、久々の休日を首都星「オリオン」の中央宙港近くのレストラン・バー「サテライト」で飲んでいた。
「どうしようかな。ロベルトは、このまま星系軍に入るのか。お前の家系も軍人一家だからな」
「どうしようかなって、どういうことだよ。チェスター。お前の方こそ、がちがちの軍人一家じゃないか。それも名門。我が家と比べたらはるか雲の上の家系だ。当然星系軍に入り中央を目指すんだろ。というか行かされるかお前の場合は」
「それだよ。当然星系軍に入り中央へ行く。それが嫌なんだ。爺さんも曾爺さんのそのまた曾曾爺さんも更にその上もみーんな星系軍のお偉いさんだ。親父だってどうせそうなる・・・。そんなの面白いと思うか」
「それは、お前、贅沢と言うもんだ。下っ端がどんなに努力しても届かない所に最初から周りに望まれて行くなんて。俺には理解しがたいがね。大体、伊達や酔狂で主席卒業候補なれるかよ。それが血筋ってもんだ」
「そうだろう。だからいやなんだ・・」
取りとめない話の中で、チェスターは、持って生まれた家系に不満はないものの始めから引かれたレールの上をただ走るだけの自分に「見えている先を見つめてどうする」を感じていた。
「親父もお母さんも恋愛結婚だと言っているが、お母さん「マーガレット・フィルディナンド=マクギリアン・アーサー」も名門マクギリアン家より嫁いだ。マクギリアン家とアーサー家の祖父たちが星系の為と言いながら名門同士の血を絶やしたくないだけの話だ。結局自分もその道をたどるのか」と思うとチェスターはもう少しの自由がほしかった。
「まあ、いい。とりあえず俺は星系軍には入らん。ちょっとツテがある。ロナルドお前も一緒に来ないか」
手に持つグラスの中の琥珀の色が氷と相まって素敵に輝くのを見つめながら、捕われる事のない呪縛の連鎖の向こうにある物を、見ようとして見えない自分の若さをグラスの中に映していた。
翌年、星系軍士官学校を卒業する前にアーサーは、父であり、アンドリュー星系軍航宙艦隊司令官アルフレッド・アーサー中将と家出直前までの喧々諤々をした挙句、これもアンドリュー星系軍軍事統括である祖父のウイリアム・アーサー大将の「鶴の一声」で三年だけの約束で軍事物資の輸送を手掛ける「マクシミリアン・デリバリー」に就職した。「一度星系軍を離れてしまえばこっちのもの」と高を括り、悠々自適に好きな世界で生きていくはずであった。
チェスターは、「マクシミリアン・デリバリー」に就職した後、三ヶ月の研修を終え、最初は首都星「オリオン」とその衛星である「ハント」、「マティス」間の短距離間物資輸送を行う貨物艦を手始めとして、一年後には、首都星「オリオン」の外側を回り工業資源惑星として位置づけられている第四惑星「カミュー」との間の工業資材輸送艦の航宙長、更には同じく資源惑星の第五惑星「バデス」との間の鉱物資源の輸送艦の副艦長として職務についていた。
特に首都星「オリオン」と第五惑星「バデス」との間は一光時離れている。星系軍艦でもない鉱物資源輸送艦は、一光時を一日かけて航宙する。首都星から近い為、宙賊も現れない宙域をチェスターは、目の前に広がる宇宙を前にして、思う存分自分の運命を楽しんでいた。
チェスターが輸送艦と共に自分の運命の航宙を楽しみ始めてから二年後のWGC3035、05/27。
戦い神「アテナ」と幸運の女神「フォルトーナ」は、アーサー家にほんの少しウインクをした。それは、アーサーの運命にほんの少しの甘さと苦さを絡ませたエッセンスを添えたのであった。そして本人たちの希望とは全く別に時間が動き始めた。
アンドリュー星系から五光時、通常の巡回警戒に当たっていたアンドリュー星系第一艦隊第一分艦隊三〇隻は、一二隻の民間貨物艦に近づく五隻の艦艇を確認した。
「アーサー司令、あれは」
「宙賊だろう。機関を停止して民間貨物艦への接近を止めるよう警告を発信しろ」
「はっ」
艦長メルーデ・アトフィット大佐は、アルフレッド・アーサー中将の指示を通信管制官に通達するとレーダー・スクリーンに映る不明の艦を見た。
〇.五光秒、宇宙では目の前にある距離でアンドリュー星系所属の貨物艦に近づく一群の艦艇がいた。
「不明艦隊、回頭します」レーダー管制官の声にアーサーは、「いつもの手続きだ」と考えていた。
宙賊は逃げる姿勢を見せないように航宙軍側に艦首を向け、推進エンジンを停止させる。宙賊の武器など航宙軍に比べたら豆鉄砲だ。発砲などしたら一瞬にして自分たちが宇宙のガスになることが解っているから、レーダーに航宙軍が現れた時点で、距離があれば逃げるか、至近の場合、推進エンジンを停止して白旗を揚げるのだ。
一瞬、レーダー・スクリーンが真っ白になった。スクリーンが輝度を落とすまもなく目の前にいた不明艦隊が、レールキャノンを発射したのだ。
アーサーは、シートから体が飛ばされそうになり、体をホールドしていたベルトが、肩に食い込み一瞬呼吸が出来なくなった。
「どうした」アトフィット艦長のコムがちぎれそうな声にレーダー管制官が
「不明艦、レールキャノンを発射しました」言うが早いか、再度アーサーの体に痛烈な衝撃が走った。
「応戦しろ」アトフィット艦長の指示に、主砲管制官が攻撃管制システムをオンにした。瞬時にオルデベルン級航宙戦艦旗艦「アイハネット」の艦前部にある一二メートル粒子砲四門が一斉に光り輝いた。
一瞬であった。目の前にいたレールキャノンを発射した不明艦に荷電粒子の束が突き刺さると薄い布のようなシールドを突き破り、艦前部の装甲に突き刺さった。一瞬耐えたかのよう見えた装甲は、ジリジリと溶け出し、そして堰が切れたように一挙に艦の中枢に達するとエネルギーの消滅の代償に艦本体が残骸と化した。
「アーサー司令、アーサー司令」ぼんやりとした記憶の遠くに自分の名前が呼ばれているのを覚えると深い海の底から見上げる水面に近づくように意識がはっきりしてきた。
「ここは、」
「アイハネットの医務室です。艦長は宙賊からの第二射の時、目の前のスクリーンボードに肩を強く打ちつけて気を失われたようです」
アトフィット艦長の説明に「そうか」とだけ言うとすぐに起きようとして左肩に鋭い痛みを感じもう一度ベッドに背中が落ちることになった。
「無理をしないでください。骨に損傷はありませんが、鎖骨にひどい打撲の跡があります。三〇分程安静にしていてください」
艦医の説明に仕方ないと言う顔でなずいたアーサーは、アトフィットに聞いた。
「宙賊はどうした」
「全艦、大破か撃沈です。現在、航宙駆逐艦三隻を向かわせ生存者の確認と回収に当っています。司令が艦橋に戻る頃には、報告が届くと思います」
「そうか」とだけ言うとアーサーは、素直にベッドに横になった。
一週間後、アンドリュー星系首都星「オリオン」上空五〇〇キロに浮かぶ第一軍事衛星「ミラン」に戻って来たアルフレッド・アーサーは、前任の軍事統括ウイリアム・アーサー大将が、健康を理由に引退を表明すると星系評議会の全員一致のもと、第七三代アンドリュー星系軍事統括に着任した。
これに伴い、アーサー家では、民間運輸会社で好き勝手している不肖の長男・・と言っても星系軍士官学校主席卒業だが・・チェスター・アーサーをマクシミリアン・デリバリーから星系軍に半分強引に移籍させた。
当事者であるチェスターは、星系軍士官学校を卒業してたった二年間しか、自由な時間を持てなかった事に相当の不満を親に言ったが、勤め先のマクシミリアン・デリバリー自体、軍関係の輸送に関わっていることから星系軍の命令・・実際はアーサー家の・・に従わざるを得なく、やむなく本人の願いもむなしく移籍させた。この時、自分だけではと考え親友のロナルド・カーライルも移籍したのであった。アルフレッドとしては、カーライル家が軍人として名を成している一族でもあり、もろ手の喜びで二人を星系軍に移した。
それから、六年・・・
チェスター・アーサーとロベルト・ラーカイルは、その才能を思う存分発揮し、宙賊の取り締まりと航路開拓に実績を上げ、星系軍きっての出世頭として大佐と中佐の位置までたどり着いていた。こうした出世には、賛否が付きまとうもので
「所詮アーサー家の人間だ。ちょっと実績を上げたくらいで。それに紐付きだ」とか
「親の七光りでしょ」等々色々言う輩は多かったが、
「だれも好き好んでアーサー家に生まれた訳ではない。家のしがらみ等ないお前らに解るか」と当の本人は、そんなことどこ吹く風と流していた。
・・・・・
「今日は、少将の任官式でしょう。いつまで寝ているのですか」
親の頼みでアンドリュー星系のデュピュタントパーティ(女の子が社交界にデビューする式典)に出席して以来、衆目の中心にいた「マーガレット - ファーディナンド・マクギリアン」、両方の祖父の進めでアーサー家に嫁ぎ、今ではアーサー家の女主人として、軍事衛星にほとんどの時間を取られながら、勤務以外と祝賀式典の時だけしか、地表に降りない男共に変わって家を守るマーガレットは、久々に帰ってきた長男の昔から何も変わらない姿に目元をゆるましながら顔を愛しい息子に近づけて言った。
「あっ」昨日夜遅くまでロベルトとその仲間で昇進前祝いと称して飲んでいたチェスターは、母親の声に半分、昨夜の名残りが残る頭を振りながらベッドから起き上がろうとした。一瞬、母の顔が目の前にあることに気付くと子供のように「おはようございます」と言って頬に頬を近づけると
「まったく、いつまで経っても年少さんね」と笑う母の顔に心がミルキーのように溶け出す自分自身に驚きながら頭の中で「遅刻」という文字がメリーゴーランドのように回り始めた。
アンドリュー星系・・
恒星アンドリューを中心に惑星公転軌道上に八つの惑星を持つ。第一惑星は恒星より五光分と近く、第二惑星「オグラント」が八光分、第三惑星「オリオン」が一二光分、第四惑星「カミュー」が一五光分で、人類生存域の限界域となっている。更に第五惑星「バデス」と第六惑星との間に小さな岩礁帯があり、第五惑星からこの岩礁帯までが、資源調達可能な宙域となっている。第六惑星から第八惑星までは、恒星から三光時以上離れており、第七、第八惑星はガス惑星である。
人類がリギル星系に移住してから二五〇年後、航路探査の目的で発見された後、人類が移住し、更に一五〇年後、WGC1605年にリギルより独立した。その後、リギルとは星系連合体「ユニオン」を持って共存関係を確立している。それから一四三六年後、資源豊富な自治星系として四個艦隊を有し、リギル、ペルリオン以外にもオフィーリア星系、マリアルーテ星系などと有効関係を持っている。
首都星「オリオン」にある星系軍本部ビルの前でエアカーを降りたチェスターは、入口にいる顔見知りの衛兵にアンドリュー航宙軍式敬礼をしながら走り入ると二五階にある軍事統括公室の前まで走りまくった。ドアの前で息を整え、服装を正してからドアを開け、中に入るとアルフレッド・アーサー軍事統括、ウイリアム・アーサー軍事顧問、ランドルフ航宙軍中将、ミハイル航宙軍准将等主だった首脳陣は、既に来ており、主役待っていたのであった。
半分身内とはいえ、公的な場所では絶対階級である。ガリガリに硬直して敬礼をすると父であるアルフレッド・アーサー軍事統括は呆れた顔をしているし、祖父であるウイリアム・アーサー軍事顧問は笑い顔、普段、仕事上で密接な関係に有るミハイル准将は、左手を顔に当て下を向く始末。
「チェスター、時間に遅れた訳はないが、みなより早く来るのが礼儀というものだ」ウイリアムは、実質しつけ役であるミハイル准将と父親のアルフレッドの顔を見た。家系である切れ長の鋭い目が、二人の顔に刺さった。
「閣下、申し訳ありません」敬礼をしながら顔を赤くして誤るチェスターに
「まあいい、式を始めるぞ」
その後、チェスターは、父親から実に三〇分じっくりと絞られた事は想像に難くない。・・・
そしてWGC3041、12/03。三二歳のチェスター・アーサーは少将にロベルト・カーライルも大佐に昇進した。第一次ミールワッツ星系戦より四年前ことである。