姫と世界
「姫と世界」
きらきらと星がみえます。
ふと、お姫様は目をひらきました。
すると、そう、目のすべてに、きらきらと、
満天の星空が見えるのです。
見たことのないかがやきと、
見たことのある月と、
そして漆黒のくらやみと、
その空のしたで、お姫様はよこたわっていました。
そして、なんとなく、そらに手を伸ばしてそのゆびをにぎってみます。
とどきそうなのに、とどかない星たち
お姫様は、ゆっくりと呼吸をして、
ふと右をみました。
すると、緑の服を着て、帽子をかぶった少年が、
低めの木の上で、目を閉じながら音のしないオカリナを吹いています。
肩には小さな、青い鳥がとまっています。
おひめさまは、その姿を、
よこたわったまま、じっとみつめていました。
すると、少年は、ゆっくりとまぶたをひらいて、
目だけでお姫様を見ました。
口から、オカリナをはなして、にやり、と笑います。
青い鳥も、こちらを見ています。
『また会ったな、いつかはまた会えるとおもっていたがね。
また、こんなにはやくお前と再び会えるとは思っていなかったよ。』
少年は口を閉じたままでしたが、声が、聞こえてきました。
お姫様は、まばたきをして、上半身を重たそうにあげます。
わたし、あなたと会ったことないわ。
初めて会ったわ。そのこえも、顔も、姿も、
私、あなたと今初めて会ったの。
でも不思議ね、どこかで会ったことある気がするわ。
これがデジャヴね。
少年は、目を、少しだけおおきくしましたが、
やがてまた鼻で笑って、木から降りてきたと思うと、
こちらへ歩いてきましたが、ふと姿が見えなくなります。
おひめさまは、まわりをみまわしました。
すると少年は、いつのまにか、お姫様のとなりにすわっているのです。
そして、こちらをむいて、鋭く笑います。
『とにかく、いつかのちがう世界では、お前と私は出逢ったのだよ。
そしてお前は還っていったのだ。』
わたしがあなたと、いつかに違う世界で?
いまいちわからないわ。
あなたの言っていること、意味が分からないし偉そうだし、
とにかく気が合いそうにないわ。
少年は、また、少し目を大きくあけておどろいたふうにしましたが、
やがて、うれしそうに心からの笑顔になりました。
彼は、ずっと口をいちどもひらきませんでしたが、
声は確かにお姫様にとどいていました。
『いつか、どこかのちがう世界でも、お前はわたしにそう言った。
不思議なものだ、面白いものだ 。』
だから、意味が分からないって言っているじゃない。
ちがう世界でも同じことをいっているだなんて、
相当、私とあなたは合わないのね。
少年は相変わらず笑います。
夜の星たちがまたたいて、二人の会話をたのしむように、
きらきらと光をおとします。
しばらくのあいだ、二人はしゃべりませんでした。
少年は、お姫様のとなりで、
なにかかんがえるように、空をあおいでいました。
ほかの世界にも、わたしはいるのかしら。
おひめさまは、ぽつりと、つぶやきました。
少年は驚いたように、お姫様を見ましたが、
やがて、また、するどくわらって、
目を閉じました。
『お前が、例えば、狩りをするとしよう。
鹿が目の前にいる。お前はその鹿を、銃を放つ。
そのとき鹿に銃が当たる未来と、
鹿には当たらず鹿が逃げてしまう未来が生じる。』
そうなの。わからないけど、そうね。
『未来はたくさんあるのだ。時間というものはいくつもある。
一方通行の川の流れに逆らうことができないように、
時間を逆らうことはできん。
だから、時間の流れの中には、お前が死んだり、
けがをしたりする未来もあるのだ。』
おひめさまは、なんとなく、聞き入っていました。
じぶんが他にもたくさん居るだなんて、
なかなか楽しい発想だったからです。
『普通、人にはちがう未来も、生まれるまえに死ぬ未来も予測されている。』
そうなの、人の未来ってつまらないものね。
わたし、型にはまる、っていうの、きらいなの。
絶対予測されていない未来を歩んでみせるわ。
ねえ、どうしたらいいかしら。
少年は、またたのしそうに笑いますが、
とくに答えてくれません。
『やはりお前は大変ゆかいだ。今まで見たことがない。
おまえはまだ私の期待を裏切ってくれそうだね。』
ねえ、あなたとっても気に食わないけど、話はなかなか楽しいわ。
あなたの名前は。
『そうか。だが、私はお前の名をきかん。
だから、私の名を教えはしない。お前がいつか、また、
なにか私を裏切るならば、名を教えるとしよう。』
お姫様は、とたんにつまらなくなってしまいました。
そこで、いっきに立ち上がります。
わたし、帰るわ。
『そうかい。どこへ帰るのかね。』
お城よ。さあ、どこに行けば良いのか教えてちょうだい。
『こまったな。』
少年は、あまりこまっていないふうにいいました。
ですが、すぐに立ち上がって、
空を見ました。
そして、お姫様も、
つられて空をみあげます。
『私はお前が特別ではないことをしっている。
だがお前は世界にひとつの存在なのだ。
また、彼は、人差し指と中指を、お姫様のひたいに
とん、とあてるのです。
また会えると信じよう。
お姫様は、目を閉じて眠りました。
――満天の ほしぞらが




