姫と青い鳥
「姫と青い鳥」
ある所にお姫様がいました。
お姫様はとてもおてんばわがままで、
王様も、お妃様も、家臣だって、
お姫様にかまってくれなくなってしまいました。
お姫様は、最初はそれを楽しんでいましたが、
だんだんと、寂しくなって、
誰かにかまってほしくって、
お城を飛び出しました。
お姫様は、むかし、王様といっしょに狩りにでかけたとき、
森の奥におおきな湖があるのを思い出しました。
なにげなく、そこへ行きたくなったお姫様は、
軽いあしどりで、お城のうらの、
ざわざわと風でざわめく森へはいってゆきました。
森のなかは、日光がところどころに降り注いで、
地面は背のひくめの雑草が隙間なくはえていて、
とてもよい気持ちになります。
おひめさまは、自然の音しかしない森のなかがなんとなくたのしくて、
ぴょんぴょんとはねるように森のおくへ走ってゆきます。
とつぜん、視界がひらけたかとおもうと、
目の前にはおおきな湖が、きらきらとかがやいてあらわれました。
お姫様は、ずっとずっとはしってきたので、
少し疲れてしまって、湖の水を飲もうと、
みずのほとりへちかづきます。
お姫様は、水にドレスがつかないように注意しながら白い腕を水にちかづけます。
あっ
どぼん
ぶくぶく
ぶくぶく
お姫様は、湖のなかにおちてしまいました。
お姫様は、なぜか、動けずにしずんでゆきます。
ごぼごぼ、ぶくぶく
お姫様は、きらきらと輝く水のうえの太陽に、
心をうばわれたように手をのばします。
呼吸がしたいとかんじはしますが、
なぜかそれは苦ではありませんでした。
なんてうつくしいのかしら。
死ぬ前にこんなきれいな景色をみながら死ねるだなんて。
しずんでゆきます。
しずんでゆきます。
ひかりも、とおざかります。
”君は、死にたいのかね。"
お姫様に、何かが話しかけます。
あなたはだれ?
わたし、きっとこれから死んでしまうみたいなの。
おひめさまが目をあけると、
地面にねそべっています。
そして、
そこには見たこともないような草原が永遠に広がっています。
あおい空が広がっています。
太陽がそこにあります。
ちょうちょがとんでいます。
鳥が鳴いています。
きらきらと輝く草原が、お姫様のまわりをつつんでいました。
そして、とおくに、
緑の服をきて、帽子をかぶった少年が青い鳥を人差し指にのせて、
鳥のくちばしにふっ、とくちを近づけて笑顔をおとします。
そして、鳥がとんでゆくと、こちらに顔を向けました。
すこしつり目の、きれいな顔の少年でした。
”きみは、どうして死ぬのかね。”
少年から、声が聞こえてきます。
彼自身は、くちをうごかしていません。
ですが、お姫様には、はっきりとこえがきこえたのです。
お姫様は、あっけにとられて、しゃべることをわすれてしまいます。
ですが、こえは、また話しかけてきます。
”なぜ、きみは死ぬのかね。”
死ぬ気なんてないわ。
ただ、わたし、湖で溺れてしまったのよ。
だから、死ぬわ、っておもったの。
”死が恐ろしくはないのかね。”
死んでしまえば天国に行けるわ。
だから、死んでからも楽しいことがあるとおもうの。
お姫様が、そういいおわると、
遠くの少年はいつの間にかいなくなっていました。
そして、お姫様が、少年がどこへ行ったのかと探してまわりをみまわすと、
今度は右の方に生えている木のうえで、
オカリナをふいています。
ですが、その音は、ここまでたどりついてきません。
青い鳥が、彼の肩にとまって、オカリナに会わせてうたっています。
”お前の世には、死をおそれない、みずから命を落とすものがおおすぎる。
何故死に急ぐのか。”
そんなのわからないに決まっているわ。
わたしじゃないもの。
ねぇ、ここは天国なのかしら?
”死は終わりではないが始まりでもない。”
きいているの。
”だがしかし、わたしは輪廻を信じている。”
きいているの!
”人間が愚かでないというのなら、何故このような少女がこの世にいるのか。”
なんですって?
お姫様は、腹が立って、少年の方へ駆け寄りました。
少年は伏せていた目を少し上げて、お姫様を見ます。
おとなしく聞いていれば、偉そうにするし、言いたい放題だわ!
あなたの言っていること、意味が分からないわ。
それに、人間がおろかだなんて。
それだったらあなただって人間なのに、
あなただって愚かだわ!
少年は、お姫様をだまって見据えています。
そしてちいさく、うすいくちびるを動かします。
”おまえはなぜ私が人間だとおもうのかね。”
だって、あなたはひとの形をしているもの。
それに,私とはなすことができるもの。
たしかにあなたは、
私のであったひとのなかでいちばんの変わり者だけど。
”私が神だとはおもわなかったのかね。”
ちがうわ。私が先に聞いているの。
ここは天国なの。そうじゃないの。
わたし、あなたがいたら、天国でも嫌な所だおともうわ。
少年は、口を閉じて、不思議そうにお姫様を見つめて、
わかるかわからないかくらいの笑顔を見せました。
目を閉じると、まるで体重がないように木からおりてきました。
お姫様は、少年の深い深い青い目にくぎづけになりました。
そしてまた、口をとじたまま、お姫様に話しかけるのです。
”さんねんだが、ここは天国ではない。
ここはあの世とこの世の境目。
わたしは人々を案内する者だ。”
そう。じゃあはやく私を案内しなさいな。
”そうかね。
・・・わたしはおまえがいたく気に入った。
ここにいる気はないかね。”
わたしはあなたのことどうしてもすきになれそうにないわ。
絶対嫌。さあ、はやく案内しなさい。
お姫様は、少年が考えるように目を伏せたのを見逃しませんでした。
”これを持つと良い。”
少年は、青い鳥の羽をお姫様の髪にさしました。
そして、突然お姫様のひたいを人差し指と中指でおします。
その瞬間に、お姫様はちからがぬけて、
後ろへ倒れこみます。
倒れているとちゅうに、
お姫様は少年の声をききました。
”またいつか私と話そうではないか。”
お姫様の目には、また、無表情のままわらっている少年の姿を見ました。
そして、目の前が真っ黒になったのです。
お姫様が目をあけると、そこは、森の入り口でした。
いつもとかわりがありません。
寝そべっていることに気づいて、
服も髪も、ぬれていないことに気づいて、
いつの間にか日はかたむいていて、
お姫様は寒くなってくしゃみをしながら、走ってお城へと駆け込みます。
髪には、
青い鳥の羽がゆれます。
きらきらと明るい太陽のなか、
花畑にかこまれて、木に寄りかかった緑の服の少年がふうっとため息をつきます。
そして、口に小さく笑いを含んで、目を閉じます。
すると、ちいさな青い鳥が近づいてきて、少年に話しかけます。
なぜつれていかなかったのかしら。
彼女は死をのぞんだのに。
”今死の国へつれていってしまったら、
私はもうあの子と話す事ができなくなるではないか。
少女がまた死んだとき、かならずここへくる。
そのときまた、ゆっくりと話すとしよう。”
少年はまた、音のしないオカリナを吹きはじめました。
すると、お姫様は、今まで聞いたことのない歌を口ずさんだのでした。




