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姫と世界  作者: しき
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姫と靴みがき



「姫と靴みがき」



ある所にお姫様がいました。


お姫様はとてもおてんばわがままで、

王様も、お妃様も、家臣だって、

お姫様にかまってくれなくなってしまいました。


お姫様は、最初はそれを楽しんでいましたが、

だんだんと、寂しくなって、

誰かにかまってほしくって、

お城を飛び出しました。


お姫様は、街の風景がとても楽しいものだったので、

あかいれんがの道や、近くで見るただのパン屋でさえ、

お姫様のたのしい思い出にしかなってゆきません。


ふと、ちいさな路地裏にそれてみると、

ちいさなちいさな小屋をみつけました。

お姫様は、興味だけで勝手に小屋に入ってゆきました。

(子供というのは、無邪気なものです。)



小屋に入ると、そこにはちいさな暖炉と、

ちいさなイスと低い台またちいさなイス、と縦に並んでいて、

それから、汚いぼろ布のひっかかった、水の入ったバケツ。

台所はありません。

ベットとタンスと、黒ずんで長い間使っていない、

きっと昔は真っ白だったであろう、ちいさなドレッサー。


お姫様は、なんとなく、いりぐち側にあるイスにちょこん、とすわりました。

意味なんてありません。

ただ、すわるきになったのです。

そして、足下の低い台に、

みぎあしを、そっとのせました。



おきゃくさま、いらっしゃいませ。


え?



お姫様が顔を上げると、いりぐちから、おじいさんが入ってきて、

目の前によっこらしょ、とすわりました。

おじいさんは、はげていて、まっしろなひげをしていて、

質素で小汚い服を着ていました。

年齢を重ねた顔が、若いころの苦労をおもわせます。



ここらへんでは、あまりみない子だね。



おじいさんは、不思議そうにお姫様の顔をのぞきこみます。

お姫様は、とっさに恥ずかしくなって、顔をそむけます。



えぇ、だって私、あまりここにはこないもの。


そうかい。さて、じゃあ、せっかくだし靴をみがいてやろうかね。



おじいさんは汚い布をバケツの中の水にひたすと、

ぎゅっ、としぼってお姫様の靴をみがこうとします。

お姫様のリボンのついた靴を見て、

おじいさんは手をとめました。



おやおや、街の子にしては、ずいぶんときれいなくつだね。


そうね、わたしはとくべつなんだもの。


そうかい。



わらいながら、布でそっと靴をみがきはじめました。

おひめさまは、おじいさんの手をじっと見ます。

水で荒れたしわくちゃの手。

お城では絶対に見ないような、汚れた手。

乾燥して、あかぎれて、いたいたしくもあります。


おひめさまは、部屋をみまわしました。



おじいさんは、ここでひとりですんでいるの?


そうだよ。


おじいさんは、男の人なのにドレッサーを使うの。


いやいや、それは、わたしのとても愛しい人のものなんだよ。



おひめさまは、なお、質問を続けます。

なんだか、とても不思議な気持ちでした。

浮いているような、沈んでいるような。

呼吸をしているように、世界がゆっくりと動いているような。



おじいさんの愛しい人って、もう、いないの。


そうだね、その女性はきみと一緒で、特別だったからね。


しんでしまったの。


いやいや、ちがうんだ。

ただ、さいしょから、わかっていたんだよ。

ずっと一緒にいることはできない、と。



おじいさんは、ほほえみながら、話しはじめました。



むかしむかし、わたしが若かった頃

あいかわらず、こうして靴をみがいていた。

靴をみがいて、生活をしていたんだよ。

あるひ、あれは冬の、雪の降る寒い寒い日だった。

みんな足早に家にかえっていってしまうので、

1ドルも、もうけなんかなかった。


帰ろうかと、もう今日はやめようかと思っていると、

ひとりの女性がわたしに話しかけてきたのだよ。


『もしもし』

『はい、いらっしゃいませ、おきゃくさま。』

『靴を、みがいていただきたいの。』

『おやすいごようでございます。』


わたしは、冷たいのをがまんして、泥や雪でよごれたそのご婦人の靴を、

ぴかぴかにみがいたのじゃった。

ご婦人はな、すごく喜んでくだすった。

そうじゃ、ちょうど、お嬢さんがはいているような、

高価そうでリボンのついた、真っ白の靴だった。


それから、ご婦人は、なんども来てくださるようになった。

わたしは、そのご婦人が来るのが楽しみで仕様がなかった。

わたしが靴を、ぴかぴかにみがいたときの笑顔、

あの、高くて上品な声、丁寧な、言葉遣い。


わしには、何もかもが愛しかった。

だがな、ご婦人は、絶対に名前を教えてくれなかった。

そして、だんだんと、わたしに寂しい表情を見せるようになったんだよ。


わたしは、たまらなくなって、

何故なのか、理由を聞いてみた。

ご婦人は、いやがった。

でも、わたしは少ししつこく聞いてみた。


ご婦人は、となりの国の、お金持ちじゃった。

そして、もう、最近婚約者がきまってしまって、

わたしとあうのは、これでさいごだといったのじゃ。

若かったわたしは、泣きながらこういったのじゃ。

すると、ご婦人も、ぽろぽろと涙をながした。


『そうですか、そうですか、ご婦人、それは残念です。』

『靴みがきのあなた、靴を、みがいてください。』

『ですが、ご婦人、あなたの靴は新品の、ぴかぴかではありませんか。』


わたしのなみだはひっこんだ。

そう、ご婦人の靴は今まで見たことないくつじゃった。

きっと、婚約者からのプレゼントじゃろう。

ご婦人には、ぴったりの

わたしなんか、一生かかっても買えないであろう、きれいな靴。


『それでも、みがいてほしいのです。』


ご婦人がさみしそうに、わたしの目をまっすぐ見ながらそう言った。

目からはまだ、ぽろぽろと涙が落ちていた。


『ご婦人、ご婦人、泣かないでください。

わかりました、そのぴかぴかの靴が、ずっとずっとつづくように、

わたしが、

わたしが、

おみがきいたします。

ですから、泣くのをおやめください。』


それから、ご婦人は、顔を見せなくなった。

しかし、仕事から帰ってくると、このわたしの小屋に、

いつのまにかこのドレッサーが、ひとつの手紙と一緒に、届いていた。


手紙には、『ありがとう』『あなたのみがいた靴は、きっと永遠にぴかぴかです』

さいごには、『あなたの”ご婦人”』

と、あった。


それから、わたしは、このドレッサーを大事にしているのじゃよ。



おひめさまは、ずっとじっと、おじいさんの話を聞いていました。

おじいさんがはなしおわると、ちょうど、靴もみがきおわりました。



ありがとう、おじいさん。


おやすいごようじゃよ、お嬢さん。


おじいさんに靴を磨いてもらって、

そのご婦人はしあわせだったでしょうね。


そうかい?ありがとう。


じゃあ、わたしいくわ。お代はいくら?


そうじゃね、3ドル、いただこうかね。


そう、それだけでいいの。はい、どうぞ。



お姫様は、おじいさんにお代をわたして、出て行こうとしました。



おじょうさん、

わたしの、はなしをきいてくれて、どうもありがとう。


え?



おひめさまはふりかえりましたが、

そこには、そこにはちいさな暖炉と、

ちいさなイスと低い台またちいさなイス、と縦に並んでいて、

それから、汚いぼろ布のひっかかった、バケツ。

台所はありません。

ベットとタンスと、


ドレッサーが、ありません。

おじいさんも、ありません。



お姫様は、小屋をでて、太陽のひかりをいっぱいにあびると、

おひめさまは、ふりかえりました。


小屋は、何も言いません。


・・・お城にかえりましょう。


お城に向かって歩き出したお姫様の靴は、

みがかれるまえの状態です。

おひめさまは、小屋であった出来事を

部屋をでたとたんきれいさっぱり、わすれてしまいました。





『靴みがきのあなた、こんにちは』

『あぁご婦人、お久しぶりでございます。』

『今日も、靴をみがいてほしいの。』

『おやすいごようでございます、ご婦人。


ご婦人、今日、わたしめの家に、少女が来ました。


とても、とても、良い子で、

貴女に会っていただこうと思ったのですが・・・』



つれていくなんて、できませんでした。








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