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小3のプロポーズ

作者: 虎子

ほのぼのー。

「静香ぁ、きたよー。カルピスちょうだい、お腹すいたー」

あーあ、今日もだ。またあのクソガキがやってきた。呼び捨てだし。

ここの所毎日やってきては、まるで自分の家の様にお茶を飲み、お菓子を食べて帰っていく。


 「また来たかチビ助、学校は?私締め切り近いから忙しいんだけど・・・!てか、早くない?まだお昼じゃん!」

「ちび助じゃないよ、ヒロシだよ!学校今日は午前中で終わったの、土曜日だもんねー」

「なら、家には帰らないの?お母さんとご飯食べな」

「えーーーーーやだぁやだぁ」

「じゃあ家で一人でご飯食べて出直してきなさい」

 

 ぷぅぅぅぅ!と頬を膨らましてヒロシはその場でジタバタしまくる。

あぁぁぁぁ、うざい。そして五月蝿い。なにより近所迷惑。

「じゃぁお母さんに電話して、ここで食べさすって言うから。それでいい?あと宿題しろよ」

「はぁぁぁい」

「あ、、ご飯はスパゲッティがいい」

「・・・・。」

 

 ヒロシは自分の子じゃありません、友達の子供です。

ヒロシは友達の子供。

両親共に朗らかで優しい人たちだし、喧嘩したって言う話も聞かない。

私からすれば何故ここにやってくるのか分からない。

来る者は拒まずの性格だから別に細かいことは気にならないが。


 今日で5日間連続で私のアパートに通い詰めのヒロシは小学校3年生でやんちゃ盛りの怪獣。

ヒロシの両親は私の大学からの友人夫婦で、彼らは大学卒業と共に結婚、そしてヒロシ出産。

私は未だに彼も旦那様もおらず、2年前会社を辞めて、一人細々とフリーの翻訳家として在宅業務。

 ヒロシの家と私の住んでいるアパートが近いこともあり、時折赤子の時から母親と一緒に私の家に来ていたが、最近は知恵が付いてきたのか、一人で学校帰りにやってくるようになった。

最初、突然一人でやってきた時は流石に驚き、それはそれは神経をすり減らしたものだが。

慣れればただ怪獣が家を荒らしに来ただけだと観念して、半分放置している。

 

 なにはともあれ、母親の所に電話しなきゃ・・・。

 プルル・・・・ガチャ。

「あ、静香?ヒロシがそっち行ってない?今日午前中授業だったのにまだ帰ってきてないのよー」

「その事で電話したんだけど。こっち来てるよ」

「やっぱりぃ、遅いと思ったぁ、アハハ」


「あー、それでね、こっちでご飯食べてくって言ってるんだけど・・・・あ、」

 ヒロシがダダダダ!とやってきて電話を取られた。


「もしもしママぁ?僕だよ」

「ヒロシぃ、帰ってこないから心配したじゃない、静香の所に行くなら早く言ってよ」

「うん、静香の所来たよー、静香にかわるねー」


「もしもし、それでね、こっちでご飯食べてくって言ってるんだけど、いいかな?」

「勿論いいよー、いつも迷惑かけてごめんね。じゃぁ、私もご飯食べたらそっち行こうかなぁ」

「はいよー、なら待ってる」


電話を切り、カルピスをヒロシに出してやるとキャッキャ言ってグビグビ飲む。

「仕事きりが良い所までやりたいから、そしたらご飯作るからもうちょっと待っててくれる?」

「分かったー、ゲームしていい?」

「はいはいすぐ終わるから待ってて。・・・・つか、待つなら宿題してなさい」

「えぇー?」

「やること有るなら早めに終わらす!」


 リビングのダイニングテーブルの上に、ヒロシがごそごそとでっかい漢字ドリルを広げるのを確認してから、私は自室に戻る。

切りの良い所まで早く終わらそうと最大限に努力した。


 子育てと言う物は厄介なものだと、つくづくヒロシと接してきて感じた。

怪獣相手に母親はよくやるもんだ。

その様子は猿がどんどん進化して人間になる過程の様。


 ヒロシが幼い頃は頻繁には会っていなかった。

まだ私は会社に勤めていたせいもあって、1ヶ月に1度会えればいい、という程度だった。

それが仕事を辞めてフリーになり、会うのは週に一回は当たり前でお互いの家を行き来する様になった。


 ヒロシの母親は今は専業主婦だが、パートを考えているらしい。

ヒロシは少し前までよく風邪を引く子供だったから、心配で働きに行けなかったとか。

確かによく鼻水を垂らしていたっけ。

 父親は銀行勤め。大学では写真をこよなく愛す青年だった、だから銀行の内定が決まった時は皆耳を疑ったものだ。

今は人事異動で1年間単身赴任に行っていて、月に2回帰ってくる度にクリーニング以外の洗濯物を持って帰ってくる。大荷物を抱えて帰って来るのを初めて見た時は唖然としたのを今でも鮮明に覚えている。

「え、近くにコインランドリーあるじゃん、使えっていったじゃん!」

「だって、畳めないんだよー」

「じゃぁ畳なきゃいいじゃん!」

「無理!俺やっぱ出来ないもん、いいじゃないかこれ位」

 あの夫婦喧嘩を間の当たりにした瞬間、私は結婚はまだいいや、と思ったもんだ。



 「おまたせー、終わったよ、超頑張ったよ私。ヒロシは?」

「まだおわんなーい」

「は!勝った!」

「えええええ、競争してないじゃん!してないじゃん!」


ぶうたれながらも、必死で宿題に取り組む姿は微笑ましい。

漢字ドリルではなく、今は算数のプリントの宿題と戦っていた。

 まんまるホッペは食べちゃいたいほどにふっくらとしていて、肌も艶々。

若いっていいなー、おい。


 「スパゲッティってさー、味はなんでもいい?」

「あのねー、ナポリタン!」

「はいよー」

 

麺をゆでつつ、ナポリタンのソースを作る。

具は・・・、ソーセージと玉ねぎ、冷凍ミックスベジタブルしかないけど、まぁいいや。


部屋にいい匂いが漂い始め、もうすぐ麺が茹で上がる、という時、ヒロシの宿題も終わった。

「終わったぁぁ」

「おーさすがヒロシ、頑張ったなぁ」

「ご褒美は?!」

「ナポリタンがもうちょっとで出来るからテレビでも見ててよ」


 黒いあちこち傷が目立ち始めたランドセルに、筆箱や宿題たちを納める後姿は、まだ小さく幼い。


 ダイニングテーブルで向かい合わせに座って食べるナポリタン。

ヒロシは美味い美味いと好き嫌いせず喜んで食べてくれた。

 普段は一人の食事が多いが、やはり誰かと一緒に食事をすることは楽しい。

たとえ、口の周りがケチャップだらけのヒロシでも。


「口の周りティッシュで吹きなぁ、いっぱい付いてるよー」

「うー、取れたぁ?」

「はははは、まだ付いてるよー」

 まるで、親子ごっこしている気分になる。


「ごちそーさまでした」

空っぽになったお皿が二枚、あっという間に平らげた。


 「ねぇ静香ぁ」

食後食器を片付けていると、いつもならゲームしていたり、テレビを見ていたり、ゲームの攻略本を見て作戦を立てているが、今日は何やら違う。自分のカードゲームコレクションの整理もしていない。

 なにやらモジモジしている。


「ん、何ー?」

「今日はね、質問があるのです」

「何でしょう、ヒロシ君」


「大人になるには、どうしたらいい?」

「そりゃ、毎日ご飯食べてしっかり寝て勉強してれば後10年位で大人になれるよ」


「えーもっと早くは?明日大人になる方法はないのー」

「・・・成長ホルモン打つとか?」

「?」

「ごめん、嘘ついた」

 ぷぅっと頬を膨らますヒロシは私のシャツの袖をひっぱって答えの催促をする。


「それって学校の宿題?」

「ちがうよー」


「じゃぁ何で?私が子供の頃は、そんなの少しも考えなかった」

「僕、静香と結婚したいからっ」



・・・・・。


「ヒロシ考えろ、年が離れすぎているぞ」

「だから、早く大人になりたいのっ」

 

ヒロシの真剣な顔に、不覚にも動揺する私はお手上げ状態だった。

どうしよう、どう断ればいいんだろう?

きっと、彼の中では一代決心なはず、憶測だが人生最初のプロポーズを無下に断ればトラウマにもなりかねない。

きっと一回り以上年が離れてるとか、数字上の説明をしても理解してくれるか自信が無い。

ぐるぐる思考回路の迷路を彷徨っていると、チャイムがなった。


天の助け!


「あ、ママ来たぁ」

「おじゃましまーす、あ、ヒロシ、ご飯食べた?」

「うん、ナポリタン!」


 モジモジしていたヒロシは、あっと言う間にいつものヒロシになっている。

「静香ぁ、ヒロシの面倒見てもらっちゃってありがとうっ」

「あ・・・はは、お安い御用よ・・・」

「どうしたの?様子変よ」

「ちょっときて」


ずいずいと母親を引っ張って自室に連れ込む。ヒロシはアニメが始まって夢中になっている。


自室の扉を閉めて、母親に小声でさっきのやりとりを言うと、母親は弾かれたように爆笑した。

「本当?ヒロシそんな事言ったの?アハハ、それ面白いわぁ」

「いやいや、面白くない、面白くないよ!」


「それね、私が言ったの」

「は?」


「ヒロシが早く大人になって、静香と結婚したらいいのにって」

「なーんでそんな事を言うか!」

「まだ静香彼氏もいないんだもん。それに結婚適齢期だから、ぷぷっ」


「大きなお世話だろー、なら大人の男紹介してくれよーこっちは驚いたよ!」

「だってぇ、真に受けると思わなかったしー、まぁ、適当に流しといてよ、アハハ、何事かと思ったわ」


 リビングに戻ると、ヒロシはアニメに夢中になって食いついている。

うう、結婚なんて一生するかー子供なんかいらないぞー。

本心とは逆に、激しく心の中で涙した。


 夕方になると、ヒロシは母親に連れられて帰っていく。

「静香、またスグ来るね早く大人になるね」

「はいよ」

「静香、今日もありがと、また来るわ」


 夕焼けに染まったアスファルトに、手をつないで歩いていく親子、正直少し羨ましい。

「あーぁ、仕事に戻ろう」


やっぱり、結婚したい気は無いわけじゃない。

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― 新着の感想 ―
[一言] オレも結婚に憧れる……非正規労働者だし小説は倍率が高いゆえ、経済的に困難。 とにかく、生きるのが先決かな。死んだら結婚できない。
2011/04/10 09:24 退会済み
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