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地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます  作者: 久遠翠


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第08話「没落の足音」

 高遠彰との予期せぬ再会から数日、私の心にわずかなさざ波が立った。しかし、蓮の変わらぬ愛情と、目の前にある仕事に打ち込むうちに、その記憶は次第に薄れていった。


 その頃、経済ニュースは連日のように、明誠商事の経営不振を報じていた。

 主力事業の不振、海外投資の失敗、そして、それに伴う大幅な株価の下落。かつて業界の雄として君臨していた大企業の栄光は、見る影もなくなっていた。


「自業自得ね」


 私は、ネットニュースの記事を見ながら、冷たくつぶやいた。

 彼らは、時代の変化に対応することを怠った。古い成功体験に固執し、データを軽視し、その場しのぎの精神論で乗り切ろうとした。その結果が、これだ。

 私がいた頃から、その兆候はあった。何度も改善案を提出したが、「女の浅知恵だ」「データだけでは人の心は動かせん」と、一笑に付されるだけだった。


 そして、その没落の中心にいるのが、高遠彰だった。


『エース営業マンの凋落! 大型契約の失敗で、社内での立場も危うく』


 ゴシップに近い週刊誌の記事には、憔悴しきった彰の写真が掲載されていた。

 社長令嬢との婚約も、会社の経営悪化を理由に先方から破棄されたという。まさに、天国から地獄。彼が私にしたことの、そっくりそのままの仕打ちだった。


 同情は、微塵も湧かなかった。むしろ、当然の報いだとさえ思った。

 人を道具のように扱い、自分のキャリアのためだけに利用しようとした男の末路。それは、あまりにも滑稽で、哀れだった。


 一方、ホライゾン・テクノロジーズは、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けていた。

 私と蓮が率いるチームは、次々と革新的なサービスを生み出し、社会に大きなインパクトを与えていた。


「美月さん、すごいよ。この前のAI需要予測システム、導入した企業から、感謝の連絡が鳴り止まない」


「それは、蓮さんの決断力と、みんなの頑張りのおかげです」


 社長室で、二人きりの時。蓮は、子どものようにはしゃいで成功を喜ぶ。

 そんな彼の無邪気な笑顔を見ていると、私の心も温かくなる。


「違うよ。美月さんが、僕たちに“未来の地図”を見せてくれたからだ。君の数字を見る目が、僕の、そして会社の未来を照らしてくれたんだ」


 彼は、私の手を握り、その甲にそっとキスを落とした。


「僕にとって、君は幸運の女神だ」


 彼の真っ直ぐな愛情表現に、いつも胸がいっぱいになる。

 彰は、私の能力を「可愛げがない」と切り捨てた。でも蓮は、それを「未来を照らす光」だと言ってくれる。これほどまでに、人を見る目が違うものだろうか。


 誠実な愛情と、絶対的な信頼。蓮が与えてくれるものの大きさに、私は時々、少し怖くなることさえあった。こんなに幸せでいいのだろうか、と。


 そんなある日の夜、蓮が私を改めて食事に誘った。

 いつも行くレストランではなく、予約の取れないことで有名な、特別なフレンチレストランだった。


「今日は、何かのお祝いですか?」


「まあね。僕たち二人の未来のための、ね」


 シャンパンで乾杯し、美しい料理に舌鼓を打つ。他愛もない会話を楽しみながら、夢のような時間が過ぎていく。

 そして、デザートが運ばれてきた、その時だった。


「美月」


 蓮が、私の名前を呼んだ。いつもより、少しだけ緊張した声。

 彼の手が、テーブルの上で、私の手を優しく握る。


「君と出会って、僕の世界は変わった。モノクロだった世界が、鮮やかな色に満ちたんだ。君という光が、僕の進むべき道を、明るく照らしてくれた」


 彼の言葉に、胸が熱くなる。


「仕事のパートナーとしても、人生のパートナーとしても、君以上の人は考えられない。これからもずっと、僕の隣で、一緒に笑っていてほしい」


 彼はそう言うと、ポケットから小さなベルベットの箱を取り出した。

 その箱が、ゆっくりと開かれる。中にあったのは、夜空に輝く一番星のように、清らかで美しい輝きを放つ、ダイヤモンドの指輪だった。


「僕と、結婚してください」


 時が、止まったようだった。

 レストランの喧騒も、ウェイターの動きも、すべてがスローモーションに見える。

 私の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、悲しみや悔しさの涙ではない。人生で初めて流す、純粋な喜びと、幸福の涙だった。


「……はい、喜んで」


 私がそう答えると、蓮は心から安堵したように微笑み、私の左手の薬指に、そっと指輪をはめてくれた。

 指にぴったりと収まるその輝きが、私たちの未来を約束してくれているようだった。


 その頃、都会の安アパートの一室で、高遠彰は一人、缶チューハイを煽っていた。

 テレビ画面には、経済界の新たなスターカップルとして、笑顔でインタビューに答える一条蓮と相沢美月の姿が映し出されている。美月の指には、きらりと光る指輪があった。


「美月……俺の美月だったのに……」


 彰は、画面の中の幸せそうな二人を、憎悪に満ちた目で見つめていた。

 成功も、名誉も、そして愛する女も、すべてを自分から奪っていった男、一条蓮。そして、自分の元を去り、手の届かない場所へ行ってしまった女、相沢美月。


「許さない……。絶対に、許さない……」


 彼の心は、嫉妬と復讐の黒い炎に、じりじりと焼かれていた。

 すべてを失った男の歪んだ執念が、今、静かに、しかし確実に、最も輝かしい場所にいる二人へと向けられようとしていた。その忍び寄る不穏な足音に、幸せの絶頂にいる私たちは、まだ気づく由もなかった。

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