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エレガントな紳士、荒廃世界を改革する〜有能すぎて天界を追放されたので、天使たちが嫉妬に狂うほどの楽園を築いて、優雅に紅茶を嗜むことにした〜  作者: 古月
天界編

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第6話 なぞなぞブーム

 それにしても天界は退屈だ。


 さしあたってプロジェクトを大きく動かせるだけの影響力が私にはない。新人が意見を述べられるのは成果を出した後だ。信頼関係を築いてからでないと、せっかく正しいことを言っても不当に評価されてしまう。


 新しい分類法については他の天使たちにも受け入れられつつあるが、これで成果を出したというデータを取得するにはさらに何年もかかるだろう。



 つまり今、私にできることは――



 天使たちとの交流だ。自分の提案や異なる意見が敵意として受け止められないようにするために、まず誠実さを示す。


 コミュニケーションで重要なのは、相手の興味のある話題に合わせることだ。そこで、私はケルビーに聖書や讃美歌について解釈を聞くことにした。私自身は全く興味のない話題だが。


「この聖句の解釈はどう思いますか?」

「この讃美歌の歌詞で一番心に響く部分はどこですか?」


 これにはケルビーも食いついた。彼女は喜んで答えてくれた。まるでオタクのように早口に喋った。オタクと宗教的な信者は似ているのかもしれない。


 その時、私は彼女の熱意に圧倒されながらも話に共感するふりをし、適当に相槌(あいづち)を打っていた。彼女だけではない。他の天使たちも同様だった。



 ……まったく、話の合わない相手とコミュニケーションを取るのは本当に疲れる。


 ああ、メタトロンから貰ったマスクがあってよかった。実を言うと私は内心ものすごく苛立っていて、片目がぴくぴく痙攣(けいれん)していたからだ。



 やはり無理だ。これではビックバンを起こして新人類を生み出す前に、私が爆発してしまう。



 でも天使たちが退屈な連中だと言うつもりはない。彼らには聖書と讃美歌集しかないのだから、当然だ。悪いのは何でもかんでも規制するメタトロンである。せめてチェスとか将棋とかはないのだろうか。あれもボード上の戦争みたいなものだし、攻撃性があるからダメなのか。


 では何なら受け入れられる?


「わあ、すっごく健全!」とみんなから納得される遊びとは――




「ルシエルさん、どうしたんですか? そんなにボーっとして」


 ケルビーの言葉に私はハッとする。その時、私はいつもの白パンを見つめていた。


 そこでふと良いアイデアを思いつき、微笑みながらこう言った。


「ああ、パンと言えばこんな謎がありますよ。パンはパンでも食べられないパンはなんだ?」


 まるで謎が好きなどこかの英国紳士のように私は言う。


「え? なんですか急に」

「ちょっとした謎解きです。頭の体操になりますよ」

「パンはパンでも食べられないパン……? もうっ、ルシエルさんったら」


 そんな反応をされるとは思わなかったので私はきょとんとする。


「それはNGワードです」

「え、フライパンがですか?」

「へ? フライパン……ああ、フライパンの方だったんですね」


 いったい何だと思ったのか。ケルビーは顔を真っ赤にしている。


「もしかしてパンツ――」

「しいぃぃーっ。NGワードを言っても地獄送りですよ」

「まさかNGワードになってしまうとは。なぞなぞは健全な遊びだと思っていたのですがね」

「でも今のは偶然だと思いますよ。他の問題も聞きたいです!」


 ようやく共通の話題が見つかった。私もなぞなぞは好きだ。思考力向上に繋がるし、リフレッシュにもなる。それに何より健全だ。




 それからケルビーに色々な問題を出してあげると、彼女はそれを他の天使たちにも得意げに出して回っていく。楽しいことや面白いことを体験すると、人は自然とそれを分かち合いたくなるものだ。どうやら天使にもポジティブな体験の共有欲求はあるらしい。


 それで二ヶ月くらい経つと、なぞなぞは天使たちのブームとなった。おそらくメタトロンの規制前から、これくらいの知的ゲームはあったのだろうが、久しぶりにその楽しさを知って予想以上に大ウケしてしまったようだ。




 朝、私が食堂に行くと天使たちが同じテーブルに集まってくる。そして女天使の一人が口を開く。


「ルシエルさん、おはようございます! なぞなぞです! 今、2人の王が楽器を演奏しています。この楽器はなんでしょう?」


 きっと、みんなをアッと言わせるために問題を考えてきたのだろう。女天使はうーんと悩んでいる他の天使たちをしたり顔で眺めている。


 とはいえ、毎日のように朝っぱらからなぞなぞを出してくる天使たちには少々困りものだが……まあ、頭の体操にはなるので悪くはない。


 さて、問題の答えだが……


「ああ、わかりました。(こと)ですね。漢字で書くと、2人の王に今と書きますから」

「正解! やっぱりルシエルさんはすごいなあ」


 ちなみに天使たちはあらゆる言語を理解している。バベルの塔ができるまで世界の言語は一つだったというが、複数の言語があってもネイティブのように理解できるというのは素晴らしいことだ。でかい塔を建てたくらいで言語をバラバラにした神には今も納得がいってないけれど。


 するとケルビーが手を上げた。


「ルシエルさん、私もなぞなぞ作ってみました!」

「おお、どんな問題ですか?」

「えっと……作った人は売り、買った人は使わず、使う人は知らないものなんだ?」


 すぐに答えるのは悪いと思って、私はパンを食べながら考えるふりをする。周りの天使たちも一緒に考えているが、わからないようだ。ケルビーはなかなか歯ごたえのある問題を出す。


 しばらくすると私は手のひらをぽんと叩いて言った。


棺桶(かんおけ)ですね」

「正解!」

「おお~」

「ほんとはすぐわかってたんじゃないですか?」

「さあ、どうでしょうね」



 そんなふうに盛り上がっていると、突如(とつじょ)、食堂に威厳のある声が響いた。


「食事中に何の騒ぎだ?」


 言うまでもなく天使長メタトロンだ。


「妙な遊びを流行らせているようだな、ルシエル」


 そのいかにも不満そうな言い草に、天使たちは気まずそうな表情をする。おそらくなぞなぞも禁止されてしまうだろう。



 そうはさせるものか。コミュニケーションツールを奪われてはたまらない。せっかく天使たちとまともに交流できるようになったのに。



 そこで私は立ち上がって(うやうや)しく一礼する。


「おはようございます、メタトロン様。神も言葉遊びはお好きでしょう。『初めに(ことば)があった。(ことば)は神と共にあった。(ことば)は神であった』――言葉を巧みに操る知恵のゲームを、神が嫌うはずがありません」


「……だが、食事を終えたというのに、お前達は仕事に戻らず娯楽にふけっている」


「人間界にはこんな研究がありますよ。CEOやCFO、社長などの上級経営層の70%が仕事中にカジュアルゲームをプレイしていたと。彼らのほとんどはゲームで『ストレスが軽減した』気がすると答えております」


 へええ、と天使たちが感心した声を上げる。


「つまりこのちょっとしたなぞなぞも、天使たちのストレスを軽減し、むしろ仕事の能率を向上させるでしょう。何ならデータを取っておりますので、これからお見せしてもかまいませんよ」


 なぜそんなデータを持っているかというと、暇だったからだ。なぞなぞを導入する前の天使たちの仕事量と、導入後の仕事量の変化をこっそり計測していた。それも話題のタネになると思って。


「確かに俺、前より書類の分類、早くなったかも」

「書類仕事には明確なゴールがないから、謎解きで達成感を覚えた後は、なんかやる気が上がるんだよね」


 そんなことを口々に言い合う天使たちを見て、メタトロンはぐぬぬという表情をする。プロジェクトに役立つと言えば表立って反論はできないだろう。


 さらに私は追い打ちをかける。


「メタトロン様もいかがですか。例えば……」


 その時、私はいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。


「最初は四本足、次に二本足、最後は三本足になるものなんだ?」


 これは世界で最も有名なスフィンクスの謎かけで、初見だとけっこう難しい問題だ。ここの天界はキリスト教っぽいのでギリシア神話には詳しくないかもしれない。事実、周りの天使たちも一緒になって考え込んでいる。


 ところがメタトロンはふんと鼻を鳴らして言った。


「答えは人間だ。赤子の時は四本足、成人してからは二本足、老いてからは足と杖で三本足になる」

「お見事。さすがはメタトロン様。意外となぞなぞがお好きなのでは?」

「簡単すぎてストレス解消にもならん。こんなものでプロジェクトが進むなど……」


 すると天使たちの一人が手を上げた。


「はいはーい。私もなぞなぞあります。よんでもよんでも返事をしないものなーんだ」


 よくこの空気感で問題を出せたものだ。さすがに私もびっくりする。それにスフィンクスの謎かけに比べると、小学生向けの問題だ。メタトロンなら秒で答えるだろうと思っていたのだが……


 意外にも、メタトロンは顔を真っ青にしていた。一瞬だけだ。でも確かに、動揺した様子だった。


「さっさと仕事に戻れ」


 そう言うと、メタトロンは答えを言わずに踵を返し、食堂を出ていった。

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