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エレガントな紳士、荒廃世界を改革する〜有能すぎて天界を追放されたので、天使たちが嫉妬に狂うほどの楽園を築いて、優雅に紅茶を嗜むことにした〜  作者: 古月
天界編

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第5話 抜き打ち魔法試験

「ごめんなさい! うっかりルシエルさんの前で『ルクス』を使ってしまって……」



 ここは天使長メタトロンの執務室。


 深々と頭を下げるケルビーを見ながら、メタトロンは静かに思案する。ルシエルに魔法の使い方を教えるか否か。


 言うまでもなく、答えは否だ。


 とはいえ悠久の時の中。いずれ呪文を知ってしまう可能性はあった。まさか初日から知られてしまうとは思わなかったが。


 そもそもルシエルにケルビーをつけたのは彼女が真面目だったからだ。規制が厳しくなっても彼女は品行方正で従順だった。他の天使は信用できない。ルシエルの美しさと甘言で容易く手玉に取られてしまうかもしれない。それに比べるとケルビーは真面目だが……少々抜けている部分があるのが玉に(きず)だ。


 すると彼女の隣りにいたセラフィナが口を開く。銀髪をさらりとおろした背の高い女性の熾天使(してんし)。凛とした美しさと知性を感じさせる。


「ルシエルに魔法を教えてはいかがでしょうか。せっかく知性があるのですから、プロジェクトを進めるのに役立っていただきましょう」

「うむ……」


 もっともらしく(うなず)きながら、メタトロンは反論する理由を必死に探っている。セラフィナの言うことは至極(しごく)もっともだ。頭ごなしに禁止すれば他の天使たちも納得しないだろう。彼らはプロジェクトを進めたがっているのだから。


(私はこのプロジェクトを……いや、考えるのはやめよう。ああ、セラフィナのように単純でいられたらなあ)


 何か重いものを振り払うように、メタトロンは首を振った。


 そこでケルビーが口を開く。


「そう言えば気になったのですが、『聖別者(せいべつしゃ)』は魔法を使えるのでしょうか?」

「使えるはずですよ」


 答えたのはセラフィナだ。


「あれは天使の素体に人間の魂を転生させたものですからね。我々と同じように、光魔法を使えるはずです」

「そのとおりだ」


 ようやくメタトロンは言った。


「だが魔法を教えるか検討するために、まずルシエルに『ルクス』を使ってもらおう。うまく制御できるようなら教えてもいいだろう。でも安全性に問題がある場合は……」

「ええ、無論、実験体とはいえ立派な生命です。無理をさせてはなりません」


 おそらくルシエルの魔力はかなり高いはずだ。知性の測定値を上限突破していたのだから。あれほどの魔力を一回で制御できるはずがない。きっと暴発するはずだ。それを見ればセラフィナも安全性を考慮して慎重になるだろう。


 そこでメタトロンは重々しい口調でケルビーに言った。



「よし。明日、朝食が済んだらルシエルを執務室に呼びたまえ」




   ★★★




 翌朝——



 メタトロンの執務室に、ルシエルが姿を現した。


 そこには立会人としてセラフィナとケルビーが控えている。それにもかかわらず、ルシエルはまったく緊張している様子がない。


 そればかりか、両手を背中で組み、背筋をぴんと伸ばして立つその姿は、まるで貴族のサロンにでもいるかのような優雅さだった。白いマスクに隠された表情は読めないが、その(たたず)まいからは品格が滲み出ている。


 そんな様子を見ながら、メタトロンは内心で苦々しく思った。



(なぜこんなにエレガントなんだ……まったく理系っぽくない)



 というのも抜き打ちでテストした方がいいだろうと思って、ルシエルにはただ執務室に来いとしか言ってない。理由も伝えずに呼び出されたというのに、どうしてこんなに落ち着いていられるのか。


 そんなことより魔法の試験だ。メタトロンは内心の動揺を隠しつつ、威厳のある口調で言う。


「さて。今日呼び出したのはお前に魔法を教えるかどうかテストするためだ。そこでちょっと魔法を唱えてもらいたい。『ルクス』……単純な照明魔法だ」

「ああ、昨日ケルビーさんが使っていた魔法ですね」


 そう答えながら、ルシエルは顎に手を当てて少し考え込んだ。その仕草すらもどこか洗練されている。


「ところで……あー、呪文を唱えればよろしいでしょうか?」

「ああ、『ルクス』と唱えればいい」


 そっけなく答えると、ルシエルは納得したように(うなず)く。


「かしこまりました」


 そう言うとルシエルは(うやうや)しく一礼する。その動作は完璧で、まるで宮廷作法を身につけた貴公子のようだった。


 続けて彼は謙遜(けんそん)するように微笑む。


「私に魔法が使えるのかどうか、あまり自信はありませんが……まあやってみましょう」



 その時、メタトロンは不安になってきた。


 あらゆる仕草が洗練されているため、この男なら一発で魔法を制御できるのではないかという得体(えたい)の知れない不安。そもそも昨日の時点で呪文は知っているわけだから、こっそり練習していてもおかしくない。


(ま、まさか本当にできてしまうのか……?)


 ルシエルの完璧すぎる立ち居振る舞いを見ていると、なんだか魔法も涼しい顔でこなしてしまいそうな気がしてくる。


 いや、考えすぎだろう。魔法はそう簡単にマスターできるものではない。


 そう自分に言い聞かせながらも、メタトロンの不安は消えなかった。


 固唾(かたず)をのんで見守っていると、ルシエルは手のひらを上に向けて――驚くほど自然な動作で呪文を唱える。




「――『ルクス』」




 その瞬間、執務室が閃光に包まれた。


 あまりの眩しさに、メタトロンはとっさに目をつむる。まばゆい光が視界を(おお)い、ケルビーの小さな悲鳴が聞こえた。セラフィナも驚いたように「きゃっ」と声を上げている。


 やがて光が収まると、ルシエルは申し訳なさそうに頬をかいていた。


「すみません。どうやら私には制御不能みたいで」


 その様子はいかにも初心者らしく、先ほどまでの自信満々な態度とは打って変わって恐縮している。


(なんだ、やはり制御できなかったか……無駄に自信満々な態度をとりおって)


 その様子を見て、メタトロンは内心でほっと息をついた。


(これで魔法を教える必要はなくなった)




   ★★★




「あまり気を落とさないでくださいね、ルシエルさん」



 そんなふうにケルビーが慰めの言葉をかけてくれたのは、抜き打ちテストで大失態を犯し、魔法の使用を禁じられた後のことだった。


「いやあ、すごい威力でしたよ。私、まだ頭がくらくらします」

「どうもすみません。あれでは自分も他人も傷付けてしまいますね。魔法禁止もやむなしです」


 あっけらかんと私が言うので、ケルビーは私が気にしてないと思ったのだろう。それ以上、魔法試験の話は続けず、私達は書類整理の仕事に取り組むことにした。


 ちなみに、ここ数日で一つわかったことがある。不老だからか、天使たちの時間感覚はぶっ飛んでいるのだ。


 なぜ転生装置のような超高度技術があるのに、データ整理が手作業なのか。それもこの悠久の時間感覚が原因だろう。「いずれ終わる」という感覚で、効率化の必要性を感じていないのだ。


 でも、それが悪いことだとは思わない。時間は本当にたっぷりあるのだから、のんびりしたっていいじゃないか。ただ私としては、単調な作業に工夫を加えて面白くしたいだけなのだ。

 ちょっとした工夫で作業がスムーズになった時の爽快感――シミュレーションゲームで生産ラインが最適化された時のような。


 ケルビーだって、私の分類法で仕事が少し早く進むのを楽しんでくれている。



 まあ、ゆっくりやっていこう。

 なにしろ時間はたっぷりあるのだから。



 もはや私が老いることはない。永遠の35歳だ。見た目は20代に見えるとよく言われるけれど。そう言えば女性に間違われることも多かった。舐められやすい点には不満があったので、40代になれば渋い男らしくなれるという希望を抱いていたのだが――まあ、それも打ち砕かれてしまった。


 とにもかくにも、(こと)()く理由はどこにもない。


 本音を言うと、旧人類のデータをデジタル化する計画を進めたくてたまらないが……メタトロンの思惑を探るまでは迂闊(うかつ)に動くべきではない。私がのほほんとしていれば、メタトロンも私をどうこうしようとは思わないだろう。彼にはしばらくリラックスしていてもらいたい。




 ところで――


 メタトロンを安心させると言えば、私が抜き打ちテストで魔法を暴発させたのもそのためだった。


 実を言うと昨日の夜に、タオルで目隠しをしながら『ルクス』の練習を続けていたのだ。そしたら思いの(ほか)早くコツをつかんでしまった。今では光球の大きさを自由に変えられるし、照射範囲も意のままに操れる。


 ついでに言うと、メタトロンのご機嫌も私の意のままだ。


 もちろん『ルクス』以外の魔法も教わってみたいけれど、これだけでもかなり色々なことに応用できるだろう。それよりもメタトロンに警戒される方が面倒だ。今のところは目立たず、秘密裏に準備を進めておきたい。




 その日の仕事を終えて部屋に戻るなり、私は手のひらに光球を浮かべてころころと転がす。そして不敵に微笑みながら心の中で呟いた。


 こんなふうにルールを破っていたら、いつか私は地獄に落とされるかもしれない。そうなった時のために修行をしておこう。地獄でも生き抜けるくらい強く。




 修行の期間はそうだな……




 100年くらい?

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