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エレガントな紳士、荒廃世界を改革する〜有能すぎて天界を追放されたので、天使たちが嫉妬に狂うほどの楽園を築いて、優雅に紅茶を嗜むことにした〜  作者: 古月
天界編

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第3話 天界は規制が多すぎる

 私は目の前の光景に、思わず眉をひそめた。



「……これが天界の食事、ですか」



 白パンと水。たったそれだけ。


 食堂の周りを見ると、他の天使たちも白パン一個と水のみだ。

 明らかに不満そうな顔をしている私に、ケルビーが無邪気に答える。


「あー、はい。質素倹約こそが天界の伝統ですから」

「質素倹約は素晴らしいですが……それは無駄な消費を避けるためであって、必要な栄養まで削ることではありませんよ」

「うーん、私達は不老で病気にもかかりませんから、健康の心配なら不要です。ルシエルさんもそうですよ」


 ケルビーの説明によると、私は『聖別者(せいべつしゃ)』──転生装置によって生まれた特例らしい。天使に近いが完全にそうとも言えない、中途半端な存在。それでも不老の聖なる身体は手に入れた。


 しかし、その代償がこの質素すぎる食生活とは。


「今日のパンは昨日より柔らかくて焼き加減もほどよいです」


 そう言いながら、ケルビーは白パンを美味しそうに頬張る。


 ……今日のパン? まさか毎日これなのか。質素でもいいから、せめて日替わりでお願いしたい。




「ところでケルビーさん、趣味などはありますか?」


 仕方なくパンをちぎって口に運びながら、私は彼女にそう尋ねる。相手の趣味や好きなものから共通点を見つけて会話に織り交ぜれば、相手との繋がりを深められる。良好な関係を築けば、自分の意見を通しやすくなるだろう。


「そうですねえ……お祈りでしょうか」

「……それ以外は?」

「讃美歌を歌ったりとかですかね」


 残念ながら敬虔な信徒と私には何の共通点もない。聖書の内容なら多少は知っているけれども。喩え話の秀逸さという観点で話をすれば、きっと大盛りあがりできるだろう。

 それ以外の観点で議論するとなると……たぶん、どんなに温厚な信徒も私を叩きのめしたくなるはずだ。やはり、聖書には触れないでおこう。


「ああー……例えば買い物に出かけたり、スポーツをしたりとかは?」

「一日のほとんどは仕事ですから、遊ぶ時間はほぼないですよ」

「……そう言えば私は読書が趣味なのですが、ここに図書館はありますか?」

「ありません。聖書と讃美歌集だけです。娯楽の大部分は禁則品ですから」


 聞けば聞くほど地獄みたいな場所に思えてくる。どうせなら地獄に落ちた方がマシだったのでは?


 だが、新人類創造プロジェクトは魅力的だ。私もシステムを開発している時には寝食を忘れることがある。プロジェクトに没頭していれば、他のことは気にならなくなるだろう。


「禁則品というのは例えば?」




 そう尋ねた時、食堂に武装した天使が飛び込んできた。金色の槍を持った仮面の天使。彼らはパンの前で祈りを捧げている女天使のところまで歩いていくと、彼女に一冊の本を見せる。表紙には耽美な男同士が絡み合うイラストが描かれていた。いわゆるBL本だろうか。


 武装天使は本を高々と掲げると、食堂中に響く声で宣言した。


「お前の部屋から発見されたものだ。このようないかがわしい本は禁止されている――評議会に来てもらおうか」

「あ……ああああ。ごめんなさい! ごめんなさい!」


 泣き叫びながら、女天使は武装した天使たちに引きずられていった。なんともシュールな光景だ。彼女はただBL本を持っていただけなのに。




 それを見届けた後、私はケルビーに向かって言った。


「なるほど。ああいうのですね」

「刺激的なものは禁止されているんです。お酒やタバコはもちろん、いかがわしいものや暴力的な創作物もダメです」

「違反したらどうなるんです?」

「評議会で有罪になったら、地獄行きですね」


 そう言うとケルビーはぶるりと身を震わせた。地獄が怖いのだろう。


「いささか厳しすぎでは?」

「昔は軽い罰で済んだんですけどね。追加の労働を増やすとか。でも最近のメタトロン様は少し……」


 そこで彼女は言葉を止める。こんなところで上司の噂話なんてしたら、さっきの女天使みたいに引きずられてしまうかもしれない。


 その先の話は気になるが、今は聞き出せないだろうと思って私は話題を変えることにする。


「ちなみに地獄はどういうところなんです?」

「混沌としていて野蛮な世界、としか……うう。絶対行きたくありません」

「私は行ってみたいですけどね」

「ええ!? ルシエルさんみたいな……その、綺麗な人には似合いませんよ!」

「私の心はそれほど綺麗じゃありませんよ」

「そういうことじゃないんですけど……いえ、でも心だって綺麗なはず」

「まあ、地獄で生き抜くほどの力はないので、本当に行ったりはしませんがね。それに、プロジェクトをほっぽり出すわけにはいきませんから」

「ええ、ええ。そうですとも!」


 それでも気になることがあって私はさらに尋ねる。


「天界と地獄を行き来することはできるんですかね? さっきのいかがわしい本はどこから持ってきたのか気になりまして」

「できますよ。転移装置がありますから。でも、あれは地球から持ってきたんだと思います」

「おおっ、地球にも行けるんですね。あそこは今、どうなっているんです?」

「んー……私もよくわからなくて。調査班が行き来しているはずですが、詳細を話してくれないんです」


 どういうことだろう? ただ荒廃しているだけなら、隠す必要なんてないはずだが。


「ちなみに核が落ちてから何年経っているんです?」

「400年くらいかな」

「おや、奇妙ですね。人類滅亡から私が転生するまでの間に400年のブランクがあった……なぜ私はその間に悪魔転生しなかったのでしょう?」

「あー、たぶん順番待ちのせいですね。100億人を超える旧人類が一斉に死んだので、地獄がキャパオーバーになってしまって」

「へえ。地獄にも容量あるんですねえ」


 そういえば、なぜ幽霊は存在しないのかという議論でよく挙げられるのが、本当に幽霊がいたらあの世は人口爆発しているだろうというものだ。


 まさにそのとおりだった。


「まあ、増えすぎないように地獄の悪魔がそのう……適切な罰を与えた後に魂を抹消してますけど」

「ああ……それは大変そうですね。100億人も一気に来たら間に合わないのでは?」

「もちろんそうです。だから今も順番待ちの魂が宇宙をさまよっているんでしょうねえ」

「私が地獄の悪魔になったらどうなっていたことか。角を生やすのも面白そうですが」

「だめですよ、そんなの!」

「ふ……冗談ですよ」

「ルシエルさんが悪魔転生しなくてよかったです。もしかしたら神様の采配(さいはい)なのかもしれませんよ」


 しかし地獄はともかく、荒廃した地球には行ってみたい。少なくとも伝統に縛られている天界よりは自由なところに違いない。400年であれば致命的な放射能の影響もほぼなくなっているだろうし、核の破壊を(まぬが)れた建物なんかも残っているだろう。


 一方、天界の建物はどこもかしこも真っ白で、窓から見える景色はだだっ広い草原か、麦畑のみだ。美味しい食べ物も、娯楽も、図書館も、自由時間もほぼない。新人類創造なんて面白そうなプロジェクトがなければ、さっさと地球に行かせてくれと頼み込んでいただろう。




 そんな本音を胸にしまっていると、武装天使の一人がこちらへ歩み寄ってくるではないか。ケルビーはびくりとして顔を強張らせる。


 しかし武装天使が話しかけたのは私の方だった。


「お前がルシエルだな」

「はい」

「メタトロン様から伝言だ。お前の容姿のせいで風紀が乱れていると」

「……それはどうも」


 まったく、人の容姿を刺激物みたいに言うのはやめてほしい。そう思いながら、私は苦笑いを浮かべる。


「このマスクを付けろとのお達しだ」


 渡されたのは顔の上半分を(おお)う、白いマスクだった。アイマスクのように目を(おお)ってしまうのに、付けてみるとちゃんと前が見える。いったいどんな技術が使われているのだろうか……


 それはともかく、さっきまで食堂のあちこちから好奇の視線を感じていたのだが、マスクを付けるとその感覚も収まった。正直、居心地が悪かったので助かる。


「人前では必ず付けるように」


 武装天使はそれだけ言って、すたすたと去っていく。

 その後ろ姿を見つめながら、私は軽く肩をすくめてみせる。


「まさか自分の顔が公序良俗に反するとは」

「えっと……さすがにやりすぎ、だと思います。私も」

「最近のメタトロン様について何か言いかけてましたね」


 できるだけさり気なく、メタトロンの話題を出してみる。


「ええ、でも……」


 彼女は辺りに視線を向けながら困った顔をする。やはり人目が気になるようだ。

 そこで私は立ち上がって言った。


「食堂を出ましょう」




 そして私とケルビーは食堂を出て、廊下を歩いた。さきほどの迷路みたいに書類が積み上がっている資料室へ戻る。ここなら人目はない。


「昔はメタトロン様もおおらかな人だったんです」


 やがてケルビーはぽつりと言った。


「旧人類が滅亡してから人が変わったようになってしまって。規制が厳しくなったのもその後からです」


 それを聞きながら、私はふむ……と思考を巡らせた。メタトロンは何を考えているのだろう?


 彼がやっていることは、プロジェクトを遅らせる行為にほかならない。過度な規制は従業員から働く意欲を奪い、生産性を著しく低下させる。まあ、こんなことは以前の地球でもよくあることだが。


 てっきり天然で嫌な上司をやっているのだと思ったが、ケルビーの話を聞く限り、そうでもないらしい。まあ、天然というよりは「自己認識能力の欠如」と言ったほうが正確かもしれないが。

 上司というのは大体、部下からのフィードバックを受けにくい環境にあるので、自分を客観視できず、自分の行動や発言の問題に気付けないものだ。


 でもメタトロンは以前おおらかな人だったという。彼には本来、自己認識能力があったということだ。ところが何かのきっかけで――十中八九、旧人類の滅亡によって――彼の中で何かが起こり、それが過度な管理行動につながっている可能性がある。



 天使長メタトロン。

 あの男についてはもっとよく知っておく必要がありそうだ。



 ひとつ、ここで明確にしておこう。私が忠誠を誓っているのはメタトロンではない。組織でも、ましてや神でもない。私の忠誠の対象は、今のところ新人類を生み出すという崇高な理想だ。そして神や天界の連中がその理想を真摯(しんし)に追求している限りにおいて、私は彼らに協力を惜しまない。



 おそらくメタトロンは秘密を抱えている。それも新人類創造プロジェクトに関わる大きな秘密を。



 もし彼がプロジェクトの足を引っ張るような真似をするのであれば……


 まあ、その時はその時で、相応の対応を検討させてもらうとしよう。

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