第33話 収穫祭【第一部完】
「お話を聞いてくださり、ありがとうございます」
私は烏天狗の徴税請負人、コトハに丁寧に一礼してみせる。
「いや、私の方こそ楽しかった」
コトハの頬が少し赤く染まるが、すぐに頭を振ってこう言った。
「だが徴税しないといけない。この野菜をいくらか貰っていくぞ」
「ええ、どうぞ。ただ……今夜は収穫祭をやろうかと思ってましてね。ここの野菜は少なめに、できれば屋上菜園の方から徴収していただけると」
「奴らの野菜は貧相だが……まあ、いいだろう。それと金属もいる。あの蒸留器から――」
「それなら多少は集めてあります。外へ出ましょう」
竪穴式住居の裏に、使えそうな金属類を集めている。蒸留器を持っていかれると困るので。
「これも瘴気の瓦礫の中から? 今はもう、ほとんど腐食しているのによく見つけられたな」
「光魔法で金属探知ができるんですよ」
そこでとうとう、コトハはびしっと私を指さす。
「さっさと首都へ行け! お前はこんなところにいるべき男じゃない」
「それはどうも。ただ、蛮族の皆さんにお腹いっぱい食べてほしくて」
「……つくづくお人好しだな。まあ、お前のことを紹介する前に、いったん総帥に報告する必要がある」
『烏天狗組』――略してカラテンのことはフィンから色々と聞いている。
カラテンの総帥、黒嵐は『百鬼夜行連合』の幹部だ。幽鬼先生に紹介したい人物を見つけたら、必ず黒嵐を通すようにと指示しているらしい。
そしてフィンを裏切った、かつての仲間でもある。
「ああ、黒嵐さまですね」
「総帥もお前を気に入るだろう。結果がわかったら、数日後にまた来る」
「よろしくお願いします」
それからビルの屋上を回って、コトハは野菜をいくつか徴収していった。
「……にしても蛮族たちの姿が見えんな」
「コトハさんを威圧しないようにと言いつけてあります」
すると彼女は目頭をそっと押さえる。感極まっているようだ。
「いや、すまない。こんなに丁重に扱われたのは初めてでな」
歴史的にも徴税請負人は激しく嫌われたという。それも当然と言えるが、彼女は徴税人の中でも良心的な方だと思う。そういう人間が邪険に扱われて性格が歪んでしまうのは、誰にとっても損である。
悪いのは納税システムだ。徴税請負は歴史上のシステムの中でも最悪の部類である。国家としては作物の不作に関係なく、確実な収入を得られるメリットがある。請負人から事前に定められた金額を受け取れるからだ。
しかし言うまでもなく、これは不正の温床になる。個人ノルマとの差額を自分のものにできるとすれば、誰だって必要以上に課税するだろう。そのうち経済が崩壊し、反乱を招くことになる。幽鬼先生はフランス革命を知らないのだろうか?
もとより現代の納税システムにも不満があった――もし任せてもらえるなら、さらに良い方法を考案できる。まず完全キャッシュレスにする必要があるけれど。
「いえいえ、コトハさんが丁寧に接してくれるので、私もそうしているだけですよ」
「うう……それ以上、優しくしないでくれ。泣いてしまう」
そう言いながらもコトハは和紙に筆を走らせている。新宿の収穫量や回収可能な金属類の総数を記録しているのだ。そして徴収した野菜と金属類を風呂敷に包む。
「ありがとう、ルシエル。おかげで気持ちよく仕事ができた」
「お疲れ様でした。帰りもお気を付けください」
空へと羽ばたいていくコトハを見えなくなるまで見送ってから、私はしみじみと一つの目標を達成した満足感に浸る。
これで首都に旅立つ準備ができた。
ちなみに現在の信仰力は77人である。そしてここ、新宿蛮族の人口は90人。
……ま、今夜の収穫祭でもう少し増えるだろう。
★★★
「ヒャッハー! 今夜は野菜パーティだぜえええーー!」
「うおおおお!」
野菜パーティだと幼稚だから、収穫祭と呼んでくれないだろうか。
塩を振ったサラダを食べながら、私はぽつりと呟く。
「ふう……皆さん、ずいぶん盛り上がってますね」
というより、騒がしい。のべつ騒がしい。
祭りになるとやたら大声を出すのはなぜなんだろう? 静かに楽しんでもよいと思うが。
「ねえ! スープも作ってみたんだけど、味見してくれない?」
その声もかろうじて聞こえたくらいだ。が、手招きされたので察することができ、私は快く応じる。野菜スープの調味料は塩だけだが、むしろその方が素材の味が引き立つ。
しかし周りの声がうるさすぎる。
ついに私は「うるさいですよ」と注意することにした。でも、あくまでも優しい口調で。祭りなんだから騒いでもかまわない。ただスープの感想を言うまでは黙っていただきたい。
「とても美味しいですよ。ごちそうさま」
そう言うと、女の鬼はうっとりとした顔で言う。
「ほ、ほんと!? あ、ありがと……」
その時、フィンが陶器のボトルを持って近付いてくる。
「焼酎だ。飲むか?」
「ふむ、どこで手に入れたのですか?」
ここには蒸留技術がないから、都市で手に入れたものだろう。
「俺が首都にいた時にな。こういう時のために取っておいた」
「おおっ、そんな大事なものを私に?」
あのフィンが? 私に?
最初はあんなにツンツンしていたのにねえ。
私がニヤニヤしていると、フィンはぶっきらぼうに言う。
「……いいから黙って飲め」
「ええ、ありがたく頂戴します」
それは米焼酎だった。私はやさしい味わいが好きなので、お湯で割って飲むことにする。
「お前はなんというか……ここにふさわしくない。あまりにもその――」
「エレガント」
もはやサリーの言葉だな、それは。
私はというと、人生で一度も口にしたことがない言葉だが。
「そう、それだ。なぜお前みたいなエレガントな紳士が、こんなところに堕ちてきたのか?」
「話すと長くなるのですがね」
「かまわん。今夜はじっくり話そう」
そこで私は語り始めた。
天界に転生してからここに至るまでの物語を。
全てを語り終えると、フィンはしばらく沈黙する。
だがやがて、こう尋ねてきた。
「……それで、お前はこれからどうする?」
「言ったでしょう。幽鬼先生のところに行って、新宿の状況を変えると」
「いや、そうじゃない。信仰力を1000人集めたら、どうするんだ?」
「おそらくもっと集めることになるでしょうね。幽鬼先生だけでなく、他の『指導者』たちも海外で活動しているはずです。日本が乗っ取られたら、信仰力を維持できなくなるかもしれない。あるいは殺されてしまうかも。だから、この国をもっと強くする必要があります」
考えてもみてほしい――現代知識を持った『指導者』たちが互いに文明を発展させていけば、行き着くところはどこか?
そう、核戦争だ。
歴史は繰り返す、と言うが私はあまりその言葉が好きではない。歴史が繰り返すのではなく、人間が繰り返すのだ。
だから現代知識だけでは足りない。魔法の技術を取り入れ、以前の地球ではできなかったことをやり、同じ過ちは繰り返さないようにする。
真面目なことを言ったが、要するに「ロマンはどこだ?」という話だ。核を作ることにはロマンを感じない。どうせなら核を撃墜するシステムを作った方が、ずっとやりがいがある。
私の『イージス』がきっとその鍵になるだろう。
フィンが私をまっすぐ見つめながら言った。
「一週間前、お前は俺についてきてほしいと言ったな」
さらにサリーが付け加える。
「そして俺を置いていくとな」
「お二人が納得してくれたのであれば」
すでに防衛面の問題はクリア済みだ。
魔導ガラス版の『イージス2.0』は魔力変換効率やエネルギー効率が悪かった。それを魔晶石版に置き換えたので、今ではサリーの魔力量で全ての屋上菜園を守ることができる。
さらに垂直農法もメインリザーバーや制御タンクといった複雑な方法はやめて、魔晶石のみに切り替えた。低ランクなので容量は小さいが、サリーの魔力を1時間ごとに注入するだけでいい。
サリーが残ってくれれば遠隔で魔法を稼働する必要がなくなるので、私の魔力を節約することができる。
「俺はいいぜ。蛮族たちにも慣れてきたしな」
「俺は……」
そこで一拍置いて、フィンは真剣な表情で言う。
「お前と共に行こう。俺の背中に乗れば、首都まで早く着ける」
「それは素晴らしい。殊の外うれしいですよ、フィン殿」
その時、ケルビーがおずおずと口を開いた。
「私もついて行っていいですか? 足手まといになるかもしれませんけど……」
「もちろん。また飛びたくなったらお願いします」
そう言うとケルビーはパアッと顔を輝かせる。
「よかった……でも、飛ぶ以外にもお役に立ちますからね!」
そして数日後――
驚くべきことに、カラテンの総帥、黒嵐が直々に迎えに来ることになる。
【現在の信仰力:90】
【第一部 完】
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ここまでお付き合いいただいた皆さま、本当にありがとうございます!
最新話を読んでくださった方を見るたび、
「ああ、読んでくれてる……!」と嬉しくなって次の1行を書く勇気をもらっていました。
第2部も面白くするぞ!と燃えているところですが、
「どのシーンが特に気に入ってもらえたかな?」と正直気になっておりましてね……!
もしよければ好きなキャラやシーンを教えてくれませんか?
ひと言でも小躍りするくらい喜びます!
「知的でユーモアのある紳士っていいよね」って動機で書き始めたので同志はぜひw
少しだけ第2部の準備期間をいただきますが、
3ヶ月以内には更新再開する予定ですので
引き続きよろしくお願いします。
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