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エレガントな紳士、荒廃世界を改革する〜有能すぎて天界を追放されたので、天使たちが嫉妬に狂うほどの楽園を築いて、優雅に紅茶を嗜むことにした〜  作者: 古月
新宿蛮族編

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第29話 垂直農法

「さすがたな、ルシエル。どの屋上も荒らされてない」


 フィンの言葉に、私は穏やかな微笑みを浮かべながら片手を胸に当てた。


「当然です。約束ですからね」



【信仰力:37 → 54】



 やはり蛮族たちにはわかりやすく力を示すのが一番だ。


「おめえすっげえなあ。屋上にいるだけでインプどもが勝手に死んでったぜ」

「誰も怪我してねえし」

「今回、インプの数多かったのにな」

「なんか気付いたら終わってたぞ」


 そんなことを言いながら、(いか)つい顔の男たちが集まってくる。とても暑苦しい。


「てめえのせいでやることなくなっちまったじゃねえか」

「どう落とし前付けてくれんだあ?」

「なんかやってほしいこと言えや、コラ」


 わかりにくいが私のことを手伝いたいということだろう。


「ありがとうございます。では家造りの続きを手伝っていただけると」


 そう言って竪穴(たてあな)式住居のホログラムを見せる。途端にどよめきが起きた。ナイフマンと賢いモヒカンがなぜか誇らしげに笑みを浮かべている。


「樹皮を敷き詰めるんだぜ~~おめえら」

「ヒヒッ、俺たちがやり方教えてやんよ」


 これで今日中には家が完成するだろう。



「ルシエルさん、他にもお手伝いできることありますか?」

「そうですねえ……個人的なことになりますが」

「かまいません! むしろルシエルさんの個人的なこと、聞きたいです!」


 ケルビーの熱心さに少し戸惑いつつも、私は続けた。


「それでは簡易ベッドを作っていただけると助かります」

「ベッドですか?」

「土の上ではあまりよく眠れなかったので。贅沢なお願いで申し訳ないのですが……」

「そんなことないですよ。確かに私やサリーさんは翼が毛布代わりになりますからねえ。あ、それなら私の隣で眠りますか?」


 そう言いながらケルビーが翼を大きく広げてみせる。


「ああー……人がそばにいると眠れない性質(たち)なんです」

「え、そうなんですか」


 なんだか残念そうな顔をしている。


「昨日狩ったイノシシの毛皮が使えると思います。血抜きや肉削ぎは終わってますよね、フィン殿?」

「ああ、女たちがやった。とりあえず灰をまぶしてあるが……」

「今夜使いたいので、一部を煙でいぶして()んでいただければ」


 生皮はそのまま使うと腐敗や悪臭が発生する。本当は数日かけてなめしたいところだが、早急に睡眠の質を改善するため簡易処理だけしておく。煙でいぶすのは防腐・防虫、臭い消しのためだ。それで一週間くらいしのいだら、本格処理した毛皮に取り替える。


「それはそうと、毛皮の長期保存用に大量の塩が必要ですね」

「それなら私とサリーさんで取りに行きます!」


 たぶんケルビーは、先ほどヴェルグに捕まったのを気にしているのだろう。それでこんなに張り切っているのだ。


「それならこの魔導ガラスを持っていってください。少なくとも飛び道具での不意打ちは回避できます」


 その時、サリーが魔導ガラスを覗き込んで言った。


「む、だが魔力が切れてるみたいだぞ。また魔力を込めないといけないのか」

「エネルギー効率も悪いんですよねえ」


 それからケルビーを手招きして彼女の耳元にささやく。


「ケルビーさんにお願いが……フィン殿には内密で」

「? 何でしょう?」


 私のお願いにケルビーは驚きつつも、力強く頷いてくれる。


「はい、お任せください!」


 人に何かを頼む時、頼まれた側は「自分は信頼されている」「頼りにされている」と感じて自尊心が高まる。これで彼女が先ほどの失敗を気にしないでいてくれたらいいと思う。




 東京湾へ向かうケルビーとサリーを見送った後、私はこう思った。



 やっと――やっと垂直(すいちょく)農法に取りかかれる。私が本当にやりたかったことを。


 といってもまだ地球に堕ちて2日目だ。それなのに、どっと疲れを覚える。これまでのことは蛮族たちやフィンと信頼関係を築き、味方を増やし、評価を高めるための重要な投資の時間だった。それが大切なプロセスだということはわかっている。


 だが絶えず言葉を選び、相手の反応を読み取り、印象を管理し続けることは、想像以上に消耗(しょうもう)するものだ。垂直農法への取り組みは、ようやく誰とも駆け引きせずに、純粋な技術的課題に没頭できる――そんな解放の瞬間なのだ。



 さっそく私は瓦礫の山に向かい、鉄骨を探した。


「何をしているんだ、ルシエル?」


 そこへフィンがやって来る。一人で作業したかったのだが……まあいいだろう。技術的な話ならいくらでも喋れる。彼が魔晶石(ましょうせき)について話してくれる可能性もあるし。


「棚を作るんです。垂直農法のためのね」

「すいちょく……? なんだそれは」

「垂直農法とは、棚を何段も積み重ねて野菜を育てる方法です」


 説明しながら、私は地面を指さす。


「普通、野菜は地面に植えますよね。あるいは屋上にプランターを並べるか。でもそれだと、空間効率が悪い」


 次に手を上に重ねていく仕草をする。


「棚を3段積めば、同じ広さで3倍の野菜が育つ。5段なら5倍、10段なら10倍です」


 フィンは少し考えてから頷く。


「夢のような話だな。普通、下の段には日が当たらないが……」

「光魔法なら均一に照らせます」

「棚はどうやって作るんだ?」

「鉄骨で作ろうかと。木材でもいいんですが、ここでは貴重ですからね」

「手伝おうか?」

「……いいえ、おかまいなく。危ないので少し後ろに下がりましょう」


 そこで私は光魔法を電気に変換し、空中にコイル状の電流経路を形成する。これを精密に制御して、強力な磁力で鉄骨を引っ張り上げる。


 そしていくつかの鉄骨を空中に浮かべたまま、レーザーで加工していく。


 まず4本の支柱にくぼみをつける。それから棚板用に鉄骨をスライス。排水用の細かい穴も開けた後、磁力で操作しながら支柱のくぼみにはめ込んでいく。あっという間に3段式の棚になった。


「見事な魔力操作だな」

「ええ、鉄ならこうやって運べます」


 それをそのまま磁力で持ち上げつつ、竪穴(たてあな)式住居のところへ向かう。



「なんか棚が浮いてるぞ……!」


 編み枝に樹皮を張り付けていた蛮族たちが目を丸くしている。彼らに「お疲れさま」と声をかけながら、鉄骨の棚を中に運び込んだ。


「そうそう、土器のプランターと堆肥(たいひ)、それから種を持ってきていただけると助かります」

「わかった。ここで待っていろ」


 今日のフィンはやけに親切だ。

 私がインプ防衛戦で魔法をたくさん使ったので、(いたわ)ってくれているのだろう。


 お言葉に甘えてその場にあぐらをかき、瞑想しながら待機する。


「これだけあれば十分か?」


 声をかけられたので私は目を開けた。


「はい、十分です。どうもありがとうございます」


 堆肥(たいひ)は麻の袋に入れられて保存されている。だが、おそらくこの土には問題がある。


 屋上で野菜を確認した時のことを覚えているだろうか?

 葉の(ふち)がところどころ茶色く変色していたことを。あれはカリウム不足の典型的なサインだ。


 実際に確かめてみよう。水質検査をしたのと同じように、堆肥(たいひ)に様々な波長の光を照射する。吸収分光(ぶんこう)法で、植物の成長に不可欠な三大栄養素――窒素、リン、カリウムの含有量がおおよそわかる。各栄養素は特定の波長を吸収するため、吸収の強さから濃度を測定できるわけだ。


「ふむ……やはりカリウムが足りませんね。明らかに。これでは野菜が本来の大きさまで育ちません」

「光でそんなことがわかるのか?」

「おおよそですがね。木灰(きばい)を混ぜて最適な濃度にしましょう」


 幽鬼(ゆうき)先生が農業知識を広めたはずだが、この新宿には全てが正確に伝わったわけではないのだろう。


 吸収分光(ぶんこう)法で測定しながら、焚き火の灰を混ぜて最適な栄養バランスの土を完成させる。


 あとはその土をプランターに入れて、たっぷりの水をやる。この水は蒸留器で作った真水だ。念のために。


 それから指で土に浅い(みぞ)をつくり、(みぞ)に沿って1-2cmの間隔(かんかく)で種をまく。薄く土をかぶせて、手のひらで軽く押さえながら、手のひらに溜めた水を優しくかける。



「次は光だな。太陽の光を再現するのか?」

「いえ、さらに最適化した光です」


 言いながら、私は手のひらに赤い光と青い光を浮かべる。


「太陽の光には様々な色が混ざっています。でも植物が本当に必要とするのは——赤と青。この2つだけです」

「……そうなのか?」


 例えば葉っぱは緑色だ。あれは緑色の光を反射しているからそう見える。反射しているということは、吸収していない。ほぼ使ってないのだ。


 ――という説明まですると混乱しそうだから、省略しよう。


「はい。そしてこの赤と青を最適な比率で照射します」


 大体、赤7:青3くらいが良いとされる。その光を板状の面光源に変形させ、棚の各段の天井に設置する。こうすることで、プランター全体に均一に光を照射できる。


「ふうん……こんなに近くで照らしたら、熱くなるんじゃないか」

「魔法でできる限り、熱を生む光をカットしてます」


 ちなみに旧世界で使われていたLEDは、発光効率が高いため比較的熱くならない。しかし多数設置されればさすがにかなりの熱を発生させる。


 それで空調設備が重要になるわけだが、そのせいで膨大な電気代がかかるという問題があった。垂直農法が『次世代農業』として研究されながらも、実用化に至らなかったのは、コストがかかるからだ。


 だが、私の光魔法はLEDよりも遥かに発光効率が高いため、発熱をほぼゼロにできる。


 しかもこの竪穴(たてあな)式住居には、地中熱を利用した自然な空調システムがある。室内の気温は常に一定に保たれ、屋上よりも野菜を育てるのに適している。


 それを説明するとフィンは感心したように唸る。


「つまり一年中、野菜を育てられるというわけか」

「そのとおり。もっと大規模に展開すれば、この国の食糧問題は解決するでしょうね」


 その壮大な計画にフィンは思わず尻尾をぶんぶん振っている。彼も意外とロマンのある話が好きなのだろうか。


「だが……さすがにそこまでの魔力はないだろう?」

「もちろん。私の魔力だけではね」


 会話の流れが良い方向に進みそうだと感じて、私はニッと笑みを浮かべる。


「だからこそ魔導ガラスの研究をしたのですよ。もっとも、あれも実用化には問題がありますがね」

「問題はあっても意味不明な技術だ。ただのガラスで、魔晶石(ましょうせき)みたいなことをしてしまうとはな……」


 出たな。魔晶石(ましょうせき)



「それで……そろそろ教えていただけませんかね? その魔晶石(ましょうせき)について」

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