第24話 フィンとの戦い
衣食住のうち、衣服と住居は確保できた。
もっとも住居の方は天井に樹皮を張っただけで、まだ壁が未完成だが。それは明日でいい。
問題は、食だ。ひとまず蒸留器を作ったから水には困らない。
しかし今日食べたものと言えば、白パン1個とジャムひとくちだ。これでは全く足りない。
それに天界では空腹状態で魔法を使い続けるという修行ができなかった。そもそも空腹を感じないからだ。もっとたらふく食べないと、見込みより早く魔力切れを起こしてしまうかもしれない。
というわけで、私は狩りに出かけることにした。
森へ伐採に行った時、赤外線レーダーで動物らしき反応を確認している。レーダー範囲を拡大すると、なんだかやけに大きな反応もあるが……クマでもいるのだろうか?
その生物は別の森にいるようだった。瘴気地帯を抜けてしばらく歩くと、そこにも瘴気の薄いところがあるのだ。大きな反応がする方へ向かうと、その生物の姿が確認できた。
イノシシ……なのか?
体長は3~4メートル程度。軽トラック並みの大きさ。剛毛の根元から瘴気のような黒いもやが立ち昇っている。通常の3~4倍もある巨大な牙が上向きに湾曲している。前脚の筋肉が異常発達し、肩回りが盛り上がっていた。
なんだあの、イノシシ(Lv.99)みたいな怪物は。
その時、私はメタトロンの言葉を思い出す――『放射能汚染の影響で突然変異した猛獣がうろついている』と。
いくら放射線の影響といってもあんな怪物が生まれるものだろうか?
息を吐くたびに口から黒い霧が漏れているし、瘴気の影響もありそうだ。
食べても美味しくなさそうだが……集落の方に来ても困るし、安全のために倒しておくか。
まだこちらは気付かれていない。ここからレーザーを飛ばして、頭部を破壊すればさすがに死ぬだろう。
そこで目の前に光球を浮かべ、魔力を注ぎ込んでエネルギーを充填する。あんなに大きな獣を確実に仕留めるには、生半可なレーザーではダメだ。
致命傷を与えられなければ、巨大イノシシは私に向かって突進してくるだろう。さすがに私も超人的な動きはできないので、避ける自信がない。何しろ相手のサイズが大きいので、回避するには何メートルも瞬時に跳躍くらいできないと無理だ。
だから一発で仕留める。
よし、充填完了だ。赤外線レーダーで距離と方向を正確に算出できるため、百発百中は保証される。
……と、その前に。
「私に何かご用ですか、フィン殿」
普通の人間なら気付かぬほど、ゆっくりと慎重に、音もなく近付いてきたが赤外線レーダーでは丸見えだ。
私が呼びかけると、草むらに潜んでいた白いオオカミの獣人・フィンがいきなり飛びかかってくる。そんな馬鹿なことをしてくるとは思わなかったが、警戒はしていたので私は咄嗟に回避した。
「話し合いを――」
最後まで言い終わる暇もなく、フィンは追撃してくる。強靭な身体能力で瞬時に距離を詰めてくる。サリーよりも速い。
もちろんレーザーで迎撃すれば簡単だ。相手を消し炭にするだけでいいなら、私の光魔法はまさにうってつけである。
しかしフィンを傷つけたくない。いかなる理由があっても、フィンを傷付ければ蛮族たちの信用を得ることはできないだろう。
そうでなくとも、私は彼のことをそんなに悪いオオカミだとは思ってない。取引が成立すれば、踏み倒すことなく野菜の種を渡そうとしてくれたのだから。
そこで私は初代『イージス』――電界での刺激検知 + 条件分岐による物理処理実行――に切り替える。フィンの鉤爪をすんでのところで自動回避。だが、彼は速すぎる。避けても避けても、次々と攻撃を繰り出してくる。こちらの回避スピードすら上回ろうかという勢いだ。
おそらく彼のオオカミとしての特性を組み合わせて、この超スピードを実現しているのだろう。
まず嗅覚は空気中のにおい分子の流れを検知できる。さらに他のどの感覚よりも、嗅覚は一番速く脳にアクセスできる。私が動くたびに変わるにおい分子の乱れを嗅ぐことで、フィンは素早く相手の動きを予測し、反応できるのだ。
そしてオオカミの閃光融合頻度は人間より少し高い。閃光融合頻度とは、視細胞が光を電気信号に変える速度のことだ。そのわずかな処理時間、他の光を取り込むことができない。つまり、いくら目をかっぴらいていても、目の内部では結局まばたきをしてしまう。
例えば犬が上手にフリスビーをキャッチできるのは、人間より何分の一秒か先に世界を見れるからだ。その間、人間は目の内部でまばたきをしている。閃光融合頻度の関係で、人間の反応は一秒の何分の一か遅れている。
フィンはこの視覚と嗅覚の反応速度を最大限に引き出しているのだろう。それで私の回避スピードにもついてこれるのだ。
そして私は一度でも攻撃を喰らえばバターのように切り裂かれてしまう。初代『イージス』だけではいずれ回避できなくなる。
私は仕方なく、さっき充填した光球から弱い出力のレーザーを放射した。フィンには当たらないぎりぎりを狙って。それでもフィンは警戒して飛び退いてくれる。
一度、距離を取る必要があった。だが話し合おうなんてしたら隙を与えてしまうだろう。いったん、彼を無力化する必要がある。
私は森のあちこちにある瓦礫に向かってレーザーを撃った。フィンには弱めのレーザーを撃ちつつ、瓦礫には高出力のレーザーを放つ。そうすると黒い煙がもくもくと湧いてくる。
瓦礫の中にはプラスチック類やゴム製品、木材や色々な有機物が含まれている。それらは500年でぼろぼろになっている。そして劣化しているからこそ、レーザーによる不完全燃焼でより煙が発生する。
しかも臭い。鼻をつく刺激臭だ。においだけで涙が出てくるくらい。正直、私も辛い。が、目の方はアイマスクで保護されているので何とか動ける。
一気に、私はフィンとの距離を詰めた。彼は攻撃してくるが、先ほどと違って動きが鈍い。黒い煙により視界は悪いし、目の粘膜はダメージを受けるし、頼りの嗅覚も刺激臭で使いものにならない。
視覚と嗅覚を封じられたオオカミなど、恐るるに足らずだ。
ついに私はフィンに触れることができた。電流を流して彼を痺れさせる。
白い毛並みが波打つように逆立ちながら倒れかけるが、私はフィンの背中に手を回して、ゆっくり横たわるようにしてあげた。まるで淑女を扱うような繊細さで。
「あー……私の勝ちということで。話し合ってもよろしいでしょうか?」




