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エレガントな紳士、荒廃世界を改革する〜有能すぎて天界を追放されたので、天使たちが嫉妬に狂うほどの楽園を築いて、優雅に紅茶を嗜むことにした〜  作者: 古月
新宿蛮族編

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第23話 瓦礫探索

 ありがたいことに、陶器(とうき)製のボウルを借りることができた。


 ケルビーがそれに小川の水をためて戻ってくると、私が『ルクス』の光球を沈め、出力をゆっくりと上げて煮沸(しゃふつ)する。


「はい、どうぞ。少なくとも急性の感染症にはならないかと」

「ありがとよ」

「蒸留器ですが……家の骨組みを作ってからにします」


 そう言いながら3Dホログラムで完成イメージを表示する。穴の中央にクリの木の掘立柱(ほったてばしら)を4本、その上に(はり)として細めの樹木を乗せる。これが主柱になる。


 クリの木の丸太はレーザーで樹皮を綺麗に剥いでおき、材木の形にする。上部にはくぼみを作り、その上から(はり)をぴったりはめ込む。さらに強度を高めるため斜めにも(はり)を渡す。次に垂木(たるき)を放射状に立てかける。


 この作業は力持ちのサリーが数分で終わらせてくれた。


「そしたらこの垂木(たるき)に枝を格子状に編んでいきます。こんなふうに。後で樹皮をかぶせるためです」

「ひええ。地道だなあ」

「今日中に完成は……無理ですね。最悪、上だけ樹皮をかぶせるところまでやりましょう。下は土を盛っておけば何とかなるので」



 足場を作らずとも、ケルビーとサリーは飛びながら作業できる。


 そして賢いモヒカンとナイフマンには外周に土を盛るようお願いしておく。



 私はというと、蒸留器を作らねばならない。さっきもらった陶器製のボウルは緊急煮沸用に残しておくとして、瓦礫の中から手頃な材料を探す。


 ステンレス鋼かアルミニウムがあればよいのだが……


 そこで光魔法を電気エネルギーに変換し、コイル状の電流経路を生成する。電流の向きを高速で反転させ、強力な交番磁場を作り出す。


 交番磁場が瓦礫内の金属に渦電流(うずでんりゅう)を誘導すると、その金属から二次磁場が発生し、元の磁場を乱す。私は自分が生成した交番磁場の状態を常に監視している。


 磁場の乱れのパターンを解析すれば、おおよその位置と金属の種類がわかる。アルミなら反応が速く、ステンレスは種類によるが反応は弱め。金属探知機も似たような原理だ。


 しかし近くにある瓦礫の中を探してみたが、金属の反応は驚くほど少ない。


 その時、私が思い出したのは『幽鬼(ゆうき)先生が遺物の回収を義務付けている』という話だった。そうか、使えそうな素材はすでに取り尽くされてしまったのだ。



 だが諦めるのは早い。新宿の蛮族には光魔法が使えなかった。ということは、地獄の瘴気(しょうき)の中を探索できなかったということだ。



 さっそく私はケルビーたちに「瘴気(しょうき)の中を探索してくる」と声をかけた。


「え? 大丈夫なんですか?」


 ケルビーは心配そうな顔をしたが、サリーは冷静に言った。


「ルシエルなら平気だろう」


 サリーは武装天使だから私の力量を正確に把握しているのだ。彼にそう言われると、戦闘経験の少ない私も自信が持てる。


「そう言えば私、白パンの他にもいいものを持ってきたんですよ」


 じゃーん、と言いながらケルビーはリュックサックから瓶詰めのジャムを2つ取り出す。

 私は胸に手を当てながら大げさに感動してみせる。


「ああ、ケルビーさん。あなたは天使ですか?」

「天使ですけど」


 さらに彼女はステンレス製のスプーンまでくすねていた。


「探索は大変ですから、糖分を取ってからの方がいいですよ」

「確かにそうですね」

「はい、食べさせてあげます」


 それは少し照れくさかったが、スプーンの上にある、宝石のように輝くいちごジャムを見ていたら思わずかぶりついていた。実を言うと私は無類の甘い物好きなのだ。


「いつかこの荒廃した地球でも、美味しいものをたくさん食べられたらよいですね」

「ルシエルさんならこの状況を変えられますよ。もちろん、私も手伝いますから!」

「ええ、頼りにしています。でも盗みはほどほどに」

「もう二度としませんってば」


 ジャムの瓶を見ているうちに、いくつかの使い道があることに気付いた。ガラス瓶は蒸留器にも使えるし、コップ代わりにもなる。

 さらに加工すれば魔法のアイテムにも……この研究成果は後で披露しよう。


 そしてジャムの方も有効に使わねばならない。


「ケルビーさん、服、汚れてしまいましたね」


 天使の服はただでさえ真っ白なので汚れが目立つ。カレーを食べるには勇気のいる格好だ。まさに今の私はカレーを食べるのに挑戦して、盛大にやらかした後の男に見える。


 すると話を聞いていたサリーが私の方を見て言った。


「確かに今のお前はエレガント……とは言えないな」


 その時、頭の中に文字が浮かんできた。



【信仰力:2 → 1】



 私は腰に手を当てながら問い詰める。


「……今、信仰力が減ったのですが、どっちですか?」


 ケルビーがサリーの方を指差すと、彼は笑い声を上げる。


「冗談だ」



【信仰力:1 → 2】



 それにしても心臓に悪いな、このシステムは。嫌われたらすぐにわかってしまうなんて。他の『指導者』はちゃんとメンタルを保てているのだろうか。


「ええと、このように身なりが悪いとそれだけで反感を買ってしまいます。そこで蛮族の方々にお願いして、着物を見繕(みつくろ)ってもらうのはどうでしょう。ジャムと引き換えに」


「なるほど! じゃあ一口だけ食べちゃいます。残りは交渉に使うとして……」


 そう言いながら、ケルビーはジャムを一口食べる。


「私の方で話してみますね! ルシエルさんみたいに、上手くできるかわかりませんけど」

「全く問題ありませんよ。いつも通りのケルビーさんでいれば」

「えへへ、そうですかね?」

「ジャムの空き瓶は後で使うので取っといてください」


 では行ってきます、と私は歩き出す。


「はい、いってらっしゃい」




 さて、瘴気(しょうき)地帯に到着した。『ルクス』で光球を浮かべていれば、瘴気(しょうき)が勝手に避けてくれるので探索も難しくない。


 瘴気(しょうき)の下にはおびただしい数の瓦礫がある。この中からお目当ての金属を見つけ出したい。正確に言うと、ステンレス製の大鍋とボウル、アルミのコップなどだ。コップを吊るすために銅線なんかも欲しい。


 そこで私は再び強力な交番磁場を展開し、磁場の乱れを読み取る。反応の強さから金属の大きさを、反応の速度から導電率を、磁化の有無から鉄系か否かを、信号の減衰からおおよその位置を。



 これだけでもだいぶ絞り込める。



 そしたら高出力の『ルクス』で瓦礫を掘り進め、検知したものを確認する。ほとんどは腐食して穴が開いていた。だが瓦礫の中で密閉されていれば、なんとか使えるものも残っている。


 これは……おお、業務用冷蔵庫ではないか。重い扉と瓦礫が外気をある程度遮断(しゃだん)していたのだろう。中のステンレス製の鍋やボウルは遥かに良い状態だった。表面は錆びているが、レーザーで磨けば使えそうだ。


 もちろん新宿にはレストランや雑貨屋が山ほどあった。かつては商品だったであろう、アルミのコップも何個か見つけられる。



 そんなこんなで大収穫だ。


 私はほくほく顔で帰還する。



「うわあ……なんだい、あんた、それじゃあイケてないね」


 出迎えてくれたのは、あの『マーロウに(しび)れた』女の鬼だ。私がワンパク小僧みたいに全身、薄汚れた格好で戻ってきたので呆れた顔を浮かべている。


 なんとか威厳を保たなければ。私は色んな金属が入っている重い鍋を持ちながらもピンと背筋を伸ばす。


「どうもすみません、お見苦しい姿を見せてしまって」

「10メートル離れて見るとイイ男なのに、近づいて見たら、10メートル離れて見るべき男だったね」


 まさかこの女はチャンドラーの生まれ変わりではなかろうな? あの有名な言い回しにそっくりだ。


 そもそも日本人の魂は日本の妖怪っぽい悪魔に転生して、また地獄から日本にやって来たのだと勝手に予測しているが、そうではないのだろうか。


 もっとも、ただの偶然かもしれないが。どちらにせよ記憶がないのにそんな文学的センスのあるセリフがぽんと出るのだから、彼女は早く小説を書くべきだ。そして本が書けたら読ませて欲しい。こちらはもう100年間、本に飢えているのだ。


「その言い回し、とても面白いですね。失礼ですがお名前をうかがっても?」


 それから慌てて付け加える。


「いや、申し訳ない、私もきちんと名乗っておりませんでしたね。ルシエルと申します」

「アサミっていうんだ。ケルビーに頼まれて、あんたの着物を見繕(みつくろ)ってやったよ。あのジャムってやつ、甘くて美味しいね。もっとないのかい?」

「残念ながら。でも手に入れることができたら、ここにお届けすると約束しましょう」

「おお、そいつはありがたい」


 私はアサミから着物を受け取り、物陰の裏に行って着替える。古い着物を仕立て直してくれたのか、きめ細かく調整した跡がある。戻ってくると、さっきより女の鬼が増えている。彼らは私の姿を見るなり黄色い歓声を上げた。


「やっぱり一番上等な奴にして正解だったね」

「サイズもぴったり」

「ああ、全身から気品が溢れてる……!」

「目隠ししないほうが格好いいのにぃ」


 どうやら女たちで協力して見繕(みつくろ)ってくれたようだ。私はきちんとお礼を言うためにアイマスクを外し、柔らかい笑みを浮かべる。歓声がますます大きくなる。


「どうもありがとうございます。こんなに素敵な着物をいただけるなんて」

「何いってんだい。ジャムと交換だよ」

「それでも感謝しております。こんなよそ者を受け入れてくださったのですから。もし助けが必要でしたらいつでも呼んでください」


 おや? その時、頭の中に文字が浮かんだ。



【信仰力:2 → 7】



 素晴らしい。女たちの何人かが私のために祈ってくれたようだ。でもこれでは軽すぎるから、彼らにはもっと価値を提供しないといけない。私の顔をしばらく見なくても、信仰が持続するくらい。一時的に数字が増えても、これを維持するのが難しいところだ。




 竪穴(たてあな)式住居のところに戻ると、ケルビーとサリーも着物に着替えている。


 ケルビーが嬉しそうに微笑みながら、見せつけるようにふわりと一回転してみせた。素朴な色合いの着物だったが、袖を(ひるがえ)す仕草に彼女の(はず)んだ気持ちが(にじ)み出ている。もともと整った顔立ちをしているので、その表情の明るさが着物に(はな)を添えているようだった。


「お二人ともよく似合ってますよ」

「ああ、女の鬼たちにたくさん褒められた。悪くない」

「ルシエルさんもかっこいいですね!」


 お互いに褒め合っているところへ、ナイフマンと賢いモヒカンがぶつくさと言う。


「ちぇっ、俺らのことは褒めてくれねえのによ」

「袖がギザギザの方がかっこいいのに。なんで女たちは認めてくれねえんだ?」


 そこで私はくるりと振り返って言ってあげた。


「まったく見る目がありませんね。あなた方のほうがずっと(たくま)しくて魅力的ですよ」



【信仰力:7 → 9】



 ふ、ちょろいな。


 竪穴(たてあな)式住居を見ると、3分の2くらい完成している。編み枝の工程は終わっていて、あとは樹皮をかぶせるだけだが、それはまだ上部の方しか済んでいない。ピチピチのシャツを着ているせいで、でっぷりお腹が出ているような不格好(ぶかっこう)な外観だ。


 しかし雨が降りそうな(きざ)しもないし、今日のところは問題ないだろう。


 私は微笑みながら、モヒカンたちの肩にぽんと手を置く。


「今日はこれで解散しましょう。手伝っていただき感謝します」

「お、おう。明日も監視してやるからな」

「ヒヒッ、家造りは楽しいぜ。秘密基地みてえだ」

「なに頭わりぃこと言ってんだ? 帰るぞ」

「おめえに言われたくねえ!」


 そんな言い争いをしながらモヒカンたちは去っていく。



 さてと。

 回収してきた金属素材を地面に置いて、私は一息つく。蒸留器を製作しよう。


「サリーさん、この鍋いっぱいに水を()んできてくれませんか」

「いいぞ」


 彼が水を汲んで戻ってくると、アルミのコップで別の鍋に200ミリリットルほど移していく。それからコップに銅線を巻きつけ、持ち手を作って鍋の縁に引っ掛ける。コップが鍋の中に吊り下がる形だ。その上から、錆を取ったステンレス製のボウルをかぶせて蓋をする。さらにそのボウルに冷却用の水を入れた。


 そして光魔法で鍋の下を加熱する。


「これで完成です。こっちはバケツ用の鍋なので、水がなくなりかけていたら都度、汲んでいただけると」

「どういう仕組みなんですか?」と、ケルビー。

「鍋の水を沸騰させると湯気が出ます。これはわかりますよね?」

「まあ、なんとなくは」

「その湯気がボウルの裏で冷やされて水滴になります。この水滴がぽたぽたとコップに落ちて溜まっていく仕組みです。蒸気になれるのは水だけなので、不純物が取り除かれます」

「へえー……でも、時間かかりそうですねえ」

「ええ、1時間でコップ半分ってところです」

「おいおい」

「まあ、もっとたくさん蒸留器を作れば賄えますよ。今日は3つ作りますね」

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