第22話 竪穴式住居を作ろう
ようやく楽しい時間がやってきた。私はモノづくりが好きなのだ。
整地についてだが……ボロボロのビルは周りの瓦礫もろとも超高出力の『ルクス』で消滅させた。だから次は掘削だ。
広さはどうしようか?
大柄のサリーがいるから、できるだけ広くしたい。そうだな……直径7メートルの円形にしよう。この寸法であれば床面積は約38平方メートルになる。学校の教室で例えると、その約3分の2の広さだ。
そして深さは60センチ。深く掘りすぎると湿気が溜まりやすく、カビや腐敗の温床になる。
「皆さん、危ないので離れていてください。もっともっと。……まあ、この辺でよいでしょう」
ビルの解体と同じくらい掘削も簡単だ。
まず私は土地の真ん中に立ち、『ルクス』で複数の小さな光球を浮かべる。赤外線レーダーの反射時間で光球との距離を測りながら、大体、半径3.5メートルの位置に光球を配置する。
それから光球の出力を上げていくと、土壌から水蒸気が立ち上り始める。有機物が燃焼して赤熱し、やがて鉱物質が溶融していく。さらに出力を上げると、溶融した物質が沸点に達して気化し始める。
私は段階的に光球を下へ移動させながら、60センチの深さまで土壌を処理していく。そうして外周を掘り下げてから、次に内側も削っていく。円に内接する正方形だけ残すように。それから私は小走りで移動して円の外側へ。
「ヒヒッ、すげー楽しそう」
「いいなあ。俺もあのピカピカ出してえよ」
「いや、簡単そうにやってますけど……複数の光球を別々に操るなんて、普通できませんからね!」
そんな観客の声を聞きながら、私は光球を一つにまとめ、縦に引き延ばす。長方形の板状の光面に変形させる。それから最後に残った大きな正方形を綺麗に削り取った。
数分後、光が消えると、そこには正確な円形に掘り下げられた地面があった。底面は高温で焼結され、滑らかで硬質な表面になっている。
「すごいすごい!!」
「ヒャッハー!」
すっかり光魔法の虜になったのか、モヒカンたちはケルビーと一緒にはしゃいでいる。サリーだけが冷静に言った。
「いいぞ。次はどうするんだ?」
「屋根を作ります。近くに森がありましたよね? あそこの木を切ってもかまいませんか?」
「まあ、いっぱいあるからな。ヒヒッ。いいぜ~~」
「ありがとうございます」
私は屋根の構造がよくわかるように3Dホログラムを表示した。作りたいのは土葺きの屋根だ。
「ここから先は皆さんの協力が必要です。私とサリーさんとケルビーさんで森に行って木を切る。その間に土を集めておいていただけると助かります」
「ま、そんくらいならやってやんよ」
ところで彼ら、監視役の務めを忘れているような気がするが……まあ、黙っておこう。
「森に行くなら空を飛んだ方が早いですよ。私、ルシエルさんのこと抱っこできる気がします。鍛えましたからね!」
そう言いながらケルビーは自信満々に力こぶをつくる。
「あー……遠慮しておきます。サリーさんに担いでもらうので」
「なぜだ? ケルビーに抱っこしてもらえばいい」
「……初めて空を飛ぶので、安定感のある方が」
「む、私だって安定感ありますよ!」
するといきなり、ケルビーは私の背後に降り立つと、その細腕で私を抱えあげてしまった。人生初のお姫様抱っこだ。
「ほらね! ルシエルさんのおかげで力持ちになりました」
うーん、なかなか悪くない。少し恥ずかしいが。
「やーい、やーい。女の子に抱っこされてやがるぜ!」
クソガキどもめ。
「ふふ、恥ずかしがる必要はありませんよ。これが最も効率的な移動手段です。それに――」
そう言ってケルビーを見上げる。
「これほど力をつけたケルビーさんの努力を、私は誇りに思いますからね」
「ルシエルさん……」
「さあ、行きましょう。土集めはよろしく」
そして翼を大きくはためかせ、ケルビーは優雅に飛び上がる。
ほう、あれが地獄の瘴気か。空から見ると確かに、この辺り一帯は黒いもやもやで埋め尽くされている。
「私の光魔法でも除去できませんかね」
試しに下方へ向かって『ルクス』を放ってみた。光が当たっている部分だけ瘴気がさあっと避けていくが、魔法を解くと再び黒いもやが押し寄せる。やはり無理か。
これだけ広大な土地が無駄になっているとは。ただでさえ日本は狭くて資源が乏しいのに、これでは国力を高められない。
それとも東京だけがこのありさまなのか?
いや、蛮族を弱らせる目的だけで瘴気を残すとは思えない。おそらく何か、瘴気を除去しきれない事情があるのだろう。
そもそも幽鬼先生はどうやって瘴気を除去しているのか? 彼の固有魔法か?
あるいは、信仰力を使った別の方法か。
信仰力……1000人分を集めたらどうなるのだろう?
気になってきたな。大勢の人間と信頼関係を築くのは面倒だが、だんだんやる気が湧いてくる。
そんなことを考えているうちに森へ到着した。
「ありがとうございます、ケルビーさん」
「ルシエルさんって軽いんですねー。筋肉ついていると重くなっちゃうはずなんですが」
……よもやケルビーに筋肉マウントを取られるとは。
もしかすると私は、とんでもない化け物を生み出してしまったのかもしれない。
「どちらかと言えば、頭脳労働の方が得意ですからね」
森の中を歩きながら、私は手頃な樹木を探す。できればクリの木が良い。タンニンが含まれていて腐食しにくいからだ。
幸い、すぐに見つかった。黒っぽい幹で、縦に長い割れ目がある。葉っぱの付き方や特徴も一致。
それを見ると、今はおそらく春……それも4~5月くらい。6月なら長い雄花が一斉に垂れ下がり、樹冠全体が白っぽくなるから。
私はクリの木を見つけると、レーザーで切断して倒す。斧を使わなくてよいのは楽ちんだ。丸太の状態にするが、枝も大量に使うので樹冠から切り取っていく。
そう言えば秋になればクリも立派な食料源になるわけだが……たくさん生えているので問題ないだろう。欲しいのは掘立柱として使う4本だけだ。
「すみませんが、運んでくれますか、サリーさん」
だがお願いするまでもなく、すでにサリーは樹木を担いでいる。しかも4本全部! 頼もしい限りだ。
「まずこいつをあっちに運んでくるぜ」
「ええ、お願いします」
それから垂木として使う、スギやシラカバなどの細めの樹木をレーザーで切っていく。これは少し多めに60本ほど。サリーが倒した木をひょいひょいと拾い上げて、運んでいく。
その間に私とケルビーは枝を集めて、そこら中に生えている葛のツルを採取してひとまとめに縛り上げる。250本程度あればいいだろう。
およそ1時間後。
必要な材料はそろった。
「ふう。喉が渇いてきましたね」
「飛んでる時に小川を見つけた。そこで水分補給するか」
そこで私たちはその小川に移動する。サリーが手ですくって飲もうとするので、私は彼の肩に手を置いて制した。
「ここは元大都会ですからねえ。500年経ったとはいえ、有害物質を含んでいるかもしれません」
「だが蛮族たちはこいつを飲んでるんだろう?」
「悪魔転生して丈夫になったか、500年前から生きていくうちに適応したか。いずれにしろ我々は飲み慣れてないので、お腹を壊す可能性があります」
「うーん、見た目は透明だがな。本当に飲んじゃいけないのか?」
「検査してみましょう」
そう言うと私は小川のほとりにしゃがみ込み、流れる水面に様々な波長の光を照射し始めた。紫外線から可視光、赤外線まで。目に見える変化は何もない。
しかし私は、自分が照射した光の強度と、水面から散乱されて戻ってくる光の強度を魔法的に感知していた。
これは『イージス2.0』の赤外線レーダーと同じ原理だ。照射した赤外線が物体から反射されて戻ってくるのを感知できるのは、その赤外線が自分の魔力で生成されたものだから。自分が生成した光は魔力的な繋がりによって追跡可能なのだ。
そして特定の波長だけが水に吸収され、弱まって戻ってくるのがわかる。それが重金属に吸収された証拠だ。ちなみにこの技術は吸収分光法という。
複数の波長域での微細な吸収パターンを総合的に分析した結果、重金属汚染の兆候が検出された。
完全な定量分析には試薬や装置が必要だが、おそらく飲用基準値を若干超える程度の汚染だろう。即座に健康被害が出るレベルではないが、長期的には問題がある。
「んー……すぐには悪影響は出ませんが、蒸留して飲むべきですね」
「じょうりゅう? なんだそれは?」
「説明するより見た方が早いかと。でも、十分な真水を作るのに小一時間かかります。サリーさんは力仕事で何往復もしてますから……脱水症状が心配ですね」
「なら一杯くらい飲んでおくか」
「ええ、細菌やウイルスが含まれてなければ問題ないかと」
「おい」
結局、飲んでいいのかダメなのか、と非難するような顔で私を見てくる。
「せめて煮沸はしておきたいですねえ。一度戻って、何か容器を借りてきましょう」




