表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレガントな紳士、荒廃世界を改革する〜有能すぎて天界を追放されたので、天使たちが嫉妬に狂うほどの楽園を築いて、優雅に紅茶を嗜むことにした〜  作者: 古月
天界編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/34

第15話 最後の対話

「なぜ……反論しなかったのだ、ルシエル」



 転移装置へと続く長い廊下を歩きながら、メタトロンが私に尋ねる。メタトロンは最後に私と2人きりで話したかったらしく、他の天使の同行を拒否していた。私が暴れ出しても対処できる自信があるのか、縄も解いてくれている。


「天界は飽きたからですよ。あなたの顔色をうかがうことにもね」


 その返答が気に入らなかったのか、メタトロンはむすりとしている。


「それがお前の本性か。お前はいつも物事をおちょくっているように見える」


「ユーモアがあると言ってください。ご存知ありませんか、智慧のある者ほどユーモアがあることを。なぜなら感情調節には『笑い』が大きな効果を発揮すると知っているからです」


 もし私の頭の中をのぞける者がいるとしたら、「この男、けっこうふざけているな」と思われるだろうか。これは辛い感情をやわらげるためだ。遊び心と想像力をもって人生に臨むため。困難な状況に直面した時、ユーモアを使って状況を(とら)え直せば、ネガティブな感情に呑み込まれずに済む。


 だからどんな状況でも楽しくて明るい面を見つけようとしたり、なんてことのない日常に面白みを見つけるよう心がけている。ちなみにこれは自己効用的ユーモアとも呼ばれる。


「あなたもユーモアを身につけるべきですよ、メタトロンさん。そうすれば……」


 もう上司ではないので「さん」付けで呼んであげよう。


「……そうすれば、何だ?」

「では答え合わせといきましょう。神様の声は聞こえてますか?」


 その瞬間、メタトロンは立ち止まった。天使は不老だというのに、100歳くらい老け込んだように見える。しばらく待ってもうんともすんとも言わないので、私はため息を漏らした。


「……とても残念ですよ。もし新人類創造プロジェクトが上手く行ったら、新しい世界について神様にお願いしたいことがあったのに」


 どんなお願いだ? と聞いてくれるのを期待していたのに、メタトロンはまだ憮然(ぶぜん)としている。憮然(ぶぜん)というのはよく誤用されるが、ぼんやりしているという意味だ。


「いつから聞こえていないんですか? 旧人類の滅亡後?」

「……黙れ」


 ようやく口を()いてくれたが、メタトロンの言葉にはまるでユーモアがない。


「神の声なら聞こえている。お前の予想はまったくの的外(まとはず)れだ」

「ああ、そうですか」


 それならそれでツッコミどころが山ほどあるが、これ以上、メタトロンを追い詰めるのは気の毒に思えてくる。


 そもそも私は天界を後にする身だ。彼らのことは彼らが決めればいい。惜しむらくは旧人類の膨大(ぼうだい)なデータだが、こうなっては諦めるしかあるまい。



 それから私達は無言で歩き続け、やがて転移装置の前にやって来た。


 目の前にあったのは、人間界でも存在しているか怪しい手動式エレベーターだった。真鍮(しんちゅう)製の格子(こうし)扉の上には半円形の表示盤があり、針が「天界」を指している。神聖な転移装置にしてはずいぶんと、こう……レトロな(たたず)まいではないか。


「地球に行きたいそうだな。どこに下ろして欲しいか、希望を聞いてやる」

「では日本の東京辺りに」


 メタトロンは小さく(うなず)くと、パチンと指を鳴らす。表示盤の針が90度、回転し「地球」を指した。本当に東京に下ろしてくれるのか不安だ。


「……最後だから伝えておこう。今の地球がどうなっているか」


 そんなふうに言われると、かなりヤバいところになっていそうだ。


「地獄のキャパオーバーの話は聞いているな? 100億人の人類の魂が地獄へ一気に流入した。そのインパクトが予想もしない現象を引き起こしたのだ」


「あー……たぶんですけど、地球に地獄の連中がなだれ込んだとか言わないでくださいよ」


 フッと、メタトロンが口の()を少し上げる。彼が笑う表情を初めて見た。


「まったく。お前は勘が鋭すぎるな」

「時には憎たらしくなりますね。自分の勘が」

「初めて意見が一致したな」

「というと……地球はもはや地獄みたいな場所になっていると」

「詳しくは知らんが、混沌としていることは確かだ。何がどうなっているのか知りたくもない」


 そう言うと、メタトロンは挑発的な笑みを浮かべる。


「ふん、お前のそのユーモアとやらで乗り切ってみろ。そうすれば私も――」



 その先の言葉は聞けなかった。背後からケルビーの声が(かぶ)さってきたからだ。



「待ってくださーーーい」



 パンパンに何かが詰まったリュックサックを背負って、ケルビーが走ってくる。彼女の隣にはもう一人。なんとあれは! 『悪魔の頭部を素手で引きちぎった』サリーだ。


「メタトロン様、私達もルシエルさんに付いていきます!」


 私もメタトロンも、予想外の展開に意表をつかれている。


「お前達もこの男に加担するというなら……天界に戻すわけにはいかん。追放だ。それで本当に良いのか?」


 言葉の代わりに、ケルビーは手動式エレベーターの中に勢いよく乗り込んだ。サリーもその後に続く。


「お二人とも……今さっき聞きましたが、地球は魑魅魍魎(ちみもうりょう)渦巻(うずま)く、混沌とした大地になっているそうですよ」

「えっ!」


 サリーの方は、事情を知っているらしく落ち着いている。


「ああ、地獄に変なゲートが開いていてな。あれを閉じるのがオレ達の役割だった。全然、間に合ってないけどな」

「ま、まあ。サリーさんがいれば何とかなりますよ、きっと」


 断固として、2人はエレベーターを下りる気はないらしい。まったく不思議なものだ。彼らには何の利益もないどころか、むしろ大きなリスクを背負うことになるというのに。天使にとってはたったの100年。私は彼らに何をしたのだろう?


 いや、きっと神がいないという説を聞いて、天界にいても意味がないと悟ったのだろう。私は彼らに自分の強さを示しているし、私と一緒ならば、荒廃した地球に行くのも悪くないと思ったのかも知れない。


 まあ、そんな小難しいことを考えなくても単に友情だと考えるべきかな? 何しろ(ひね)くれているものだから……それでも、私にも人並みの感情はあるようだ。胸の奥が、なんとも言えず温かくなった。



「ありがとうございます。本当に」



 心からの感謝を伝えながら、私もゆったりとエレベーターに乗り込む。


 その様子を、メタトロンは何か(まぶ)しいものでも見るように目を細めている。こちらは3人いるので、たった1人のメタトロンが何だかちっぽけに見える。実際、神がいないという秘密をこれからもたった1人で抱え続けることになるのだ。



「……勝手にするがいい」



 やがてメタトロンはそう言い捨てると、パチンと指を鳴らしてエレベーターの扉を閉める。



「また会いましょう。数百年後か、一千年後かに、いつかまた」



 だがメタトロンは返事をせず、エレベーターは下降していく。



 しばらくの間、私達は無言でエレベーター内の金色の壁を見つめている。本当に天界を出ていくのだという高揚感(こうようかん)で、ほとんど放心している。


 1分くらい経った後、私はケルビーのパンパンに(ふく)らんだリュックサックを指差した。


「ずいぶん大荷物ですね。何が入っているんですか?」

「白パンです。厨房(ちゅうぼう)から大量にくすねてきました。ルシエルさんの評議会を見ようと、みんな持ち場を離れてましたからね」

「おやおや……真面目な人や過度な道徳観念に縛られていた人は、一度その枠から外れると、今度は極端に振り切れてしまう。その好例ですね」

「私を心理的に分析するのやめてもらっていいですか?」


 それからサリーの方を見上げる。


「君はどうしてついてきたんです?」

「お前はオレを成長させてくれるからな」

「それはどうも。私も君から学ぶことは多いですよ。主に戦闘面において」

「バカを言うな。お前は訓練で一度も本気を出してなかっただろ、ルシエル。光魔法を隠していたからな」

「バレてましたか」

「地球に行ったら、お前の本気を見せてみろよ」



 そこで私は不敵な笑みを浮かべる。



「ええ、本気を出せる相手がいたらね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ