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エレガントな紳士、荒廃世界を改革する〜有能すぎて天界を追放されたので、天使たちが嫉妬に狂うほどの楽園を築いて、優雅に紅茶を嗜むことにした〜  作者: 古月
天界編

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第14話 天界追放

 メタトロンには神の声が聞こえていない、と気付いたのはなぞなぞでの動揺からだ。


 しかし今にして思えば、転生した直後から私は漠然とした違和感を抱いていた。



(神は新しい人類を作るつもりなのか……そんなことがありえるのか?)



 実を言うと私の両親はクリスチャンで、日曜日になると欠かさず私を教会に連れて行った。ほとんどの親はそれで子供が信心(しんじん)深くなると思っているが、私が深甚(しんじん)なる敬意を抱いているのは科学だけだ。


 そして神の存在などという途方もない仮説には、途方もない証拠が求められる。科学的に見ると、聖書に何らかの科学的根拠を認めるには証拠が足りなさすぎる。


 もっとも、こうして天界にいるわけだから、私は悔い改めねばならない。でも仕方ないだろう。死んでみないとわからないんだから。


 話を戻すと、あの教会はキリスト教の主流派ではなかったように思う。だいぶ異端(いたん)寄りの宗派だったかもしれない。でも聖書のストーリーにつじつまを合わせるのはけっこう巧くて、それについては面白がっていた。だからわりと内容を覚えている。


 その宗派によれば、神は完ぺきで完全な存在だ。「私、失敗しないので」が決まり文句である。アダムとイヴが堕落した時に、神は2人を滅ぼして人類を作り直すこともできた。にも関わらず、そうしなかったのは「人類は失敗だった」と認める行為になるからだ。人類を滅亡なんかさせたら、存在的な自己矛盾を起こして消えてしまう。


 だからノアの箱舟の時も、神は人類を完全に滅ぼさなかった。一番マシなノア一家だけを選んで残した——それは神の慈悲ではなく、完全性の制約による苦肉の策だ。


 それで神は既存の人類に原罪を(あがな)ってもらうしかなかったのだが……まあ、こと細かく聖書のストーリーを解説すると長くなるのでやめておこう。


 ちなみにその話を聞いて子供の頃の私が何を悟ったかと言えば、ルシファーは神に執着するメンヘラストーカー野郎だということだ。それについてもいずれ話すべき時が来るかも知れない。いや、来ないかも知れない。



 要するに、この異端派の教えによれば――


 人類が滅亡した時点で神は完全性を失い、自己矛盾を起こし、消えてしまったと考えられる。あるいはこの宇宙に干渉する権利をルシファーに奪われてしまったか。


 良くも悪くも幼少期の教えは呪いのように頭の中にこびりついている。私がいち早くメタトロンに疑念を抱いたのは、この教義が思考のフィルターとして機能していたからだ。



 人類は滅亡したというのに、神は本当に無事なんだろうか?


 その疑問が頭にあったからこそ、メタトロンの不自然な行動が目についた。旧人類滅亡後に人が変わったという話。過度な規制でプロジェクトの効率を下げている様子。これらを見て、すぐに「何か隠している」と思った。


 やがてなぞなぞでの動揺を目撃し、「神の声が聞こえていない」という仮説に辿り着く。


 そして最後に、DX推進評議会での核心的な問いかけ。あの時のメタトロンの反応で、疑念は確信に変わった。



 とどのつまり、新人類創造プロジェクトは最初から頓挫(とんざ)していたということだ。メタトロンには神の声が聞こえていない。それでも神がいるふりをするために、このプロジェクトを発足(ほっそく)した。だけどプロジェクトを本当の意味で進めたくない。


 今、メタトロンの心は2つに分裂している。「神がまだいるかもしれない」という希望はあるので時々は進める意思を示している。新人類のプロトタイプとして『聖別者(せいべつしゃ)』を作ることにしたのもそのためだろう。


 でも一気には進めたくない。もしこのプロジェクトが完成して、いざ神に新しい宇宙を創ってもらおうとお願いする段になって、神がいないという真実を突きつけられたら?


 そんなの耐えられない。だから『聖別者(せいべつしゃ)』も野心のない、扱いやすい人間にしようと思っていたのに。残念ながら私はびっくりするくらいやる気満々だった。



 旧人類データのデジタル化計画が進めば、あっという間にプロジェクトが進むだろう。ここにきてメタトロンは最後の選択を(せま)られた。


 すなわち、私を謀略(ぼうりゃく)によって()めて追放するという、人類史で飽きるほど繰り返してきたありふれた手段を。




 次の日の朝。さっそくその時は訪れた。


「大人しくしろ、ルシエル!」


 そう叫びながら、武装天使たちが扉を蹴破って入ってくる。私は十分、大人しくしていたというのに彼らはクリスマスプレゼントみたいに私を縄でぐるぐる巻きにした。


「ルシエルさん!」


 廊下に出ると、ケルビーが心配そうに声をかけてくる。彼女には昨夜、『神不在仮説』を話してある。それをどう受け止めたかはわからないけれど。私は問題ないというように微笑んでみせた。



「さようなら、ケルビーさん。君と働くのは楽しかったですよ」



 すると武装天使の一人が私の肩を強く押して言った。


「無駄口を叩くな。さっさと歩くんだ」


 ずいぶん冷たくなってしまったものだ。私がいったい何をしたのだろう? メタトロンがどんな罪状を考えているのか楽しみにしておこう。


 こんな状況だというのに私は余裕だった。なぜなら私はいざとなれば「神はいないのだろう?」とメタトロンを問い詰めることができるからだ。サンタクロースを信じている子供に、真実を教えて絶望させるがごとき悪魔の所業だ。


 だけどこれは最終手段にしておきたい。天界にも何人か、仲良くなった天使たちがいる。彼らにとって神は存在意義そのものだろう。すでに創造主はいないのに、無意味な命令をこなし続けるアンドロイドのように哀れだが、そんな気持ちを味わわせるのは可哀想だ。


 何ならメタトロンにも同情している。彼は言わば天使たちの希望を守っているのだ。自分自身もほとんど壊れかけながら。



 ふと気が付くとケルビーはいなくなっている。私は卒業式でも全く何の感情も動かないタイプだが、その時はほんの少しだけ寂しい気持ちになった。



 さて、評議会の会場は古代ギリシャの円形劇場を思わせる荘厳な造りだった。中央のくぼんだ舞台に私が一人立ち、それを取り囲むように白大理石の階段状座席が半円を描いて広がっている。真ん中にいる者は、四方八方から見下ろされる圧迫感を体験できる。


 すると、メタトロンがよく通る低い声で言う。


「自分が何をしたのかわかっているのか、ルシエル」


 わかっているわけないだろう。こちらが聞きたいくらいだ。私は困ったように首を傾げるしかない。自分の罪を認識していない男というのは、天使たちから見ると心象が悪いだろう。それがメタトロンの狙いだ。


「貴様は転生装置に無断で触れた。あまつさえ、装置を分析して神の力を我が物にしようとしたのだ」


 そう言うと、メタトロンは1枚の紙を掲げてみせた。彼は高い席にいるので、よく目を凝らさないと見えない。


「これは転生装置に関する記録だ。このメモは事務棟の膨大な書類の中に隠されていた。実際、装置には部品を分解して元に戻した痕跡がある」


 それを聞いて天使たちがざわめき始める。



「なんという罰当たりな……」

「あの男ならやりかねない」

「俺は最初から怪しいと思ってたんだ」



 まったく、どうして思いつかなかったのだろう? いかにも私がやりそうなことだ。メタトロンは私のことをよくわかっている。こんなことなら本当に転生装置を調べておけばよかったな。


 その時、メタトロンがスッと手を挙げる。たちまち、ざわめきが止んだ。


「貴様は人間でありながら神の領域に踏み込もうとした。かつてのルシファーと同じだ」


 メタトロンのセリフは完ぺきにハマっていた。そのセリフを言うために私を『ルシエル』と名付けたかのように。


「何か言い残すことはあるか?」

「ええと……」


 私は恐縮するふりをしながら、曖昧な微笑みを浮かべる。


「大変申し訳ございません。確かに私は転生装置を調べました」


 まさか素直に認めるとは思わなかったのだろう。メタトロンは目を見開く。


「好奇心に駆られ、神聖な装置に手を出してしまった。弁解の余地もございません」


 私は深々と頭を下げる。その姿勢のまま、静かに言葉を続けた。


「ただ……一つだけお願いがございます」

「お願い、だと?」


 ほとんど確信しているが、メタトロンは私の願いを聞き入れるだろう。なぜなら罪悪感があるからだ。


「地獄ではなく、荒廃した地球に落としてください。せめて故郷で、一人静かに贖罪の日々を送るとしましょう」


 この100年で私は光魔法を極め、地獄だろうと、荒廃した地球だろうと、どこでもやっていけるような気がしている。だがなんといっても地獄は怖そうだ。どうせなら荒廃した地球の方がいい。


 するとセラフィナが身を乗り出した。


「ですが地球は今――」

「よせ、セラフィナ。行けばわかるだろう」


 なぜ天使たちは地球のことになると気まずそうになるのだろう? まるで触れたくなさそうな。嫌な予感はするけれど、地獄より酷いということはないはずだ。


「……わかった。貴様の願いを聞き入れよう」

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