眠れる森
目をゆっくりと開けると、そこは森の中だった。
針葉樹林っていうのかな。
背の高い樹木が何メートルも天に向かって伸びていて、薄暗い。
今、何時ごろなんだろう。
ちょっと空気がひんやりする。
辺りは薄茶色に見えて、木は黒く見える。
なんかシックな色合いだな。
迷い込んでいるのに違いないのに、なぜか僕は落ち着いていた。
360度どこを見回しても木しかない。
さっきまでどこにいたんだっけ。
何にもわからないのに、どうして色合いを楽しんでる余裕があるんだろう、僕。
景色に飽きると、今度は自分の身なりに気がいくようになった。
落ち葉が敷き詰められた地面の上に、僕は裸足で立っていた。
やわらかくて気持ちいいけど、なんかありえない。
着ているものは色あせた黒の綿ズボンに、襟が伸びたハイネックのカットソー。
あれ、寝間着じゃん。
あ、これ、もしかして、夢なのかな。
森と僕のありえない組み合わせに、そう思うようになった。
夢なんて見るの、何年ぶりかな。
小学生の時見た、誰か知らない男の人に追いかけられる夢は怖かったな。
その後も何度か見た覚えがあるんだけど、どんな夢だったっけ・・・
悠長に考えながら、落ち葉を踏みしめて歩く。
どこまで進んでもやっぱり木しかない。
さくさく、という落ち葉の感覚を楽しみながらどこまでも歩く。
だけど急に不安になってきた。
なんで、この夢、こんなにリアルなんだろう・・・
落ち葉だって、昔こうやって裸足で誰かと遊んでいた時の感覚と一緒だし、
なんか気温も寒くなってきてない?
しかも、夢ってこんなに考えられるほど長いものではなかったような・・・
もしかして僕が、夢だと思い込んでるだけ?
氷を丸呑みしてしまったように、さあっと体の中が冷えていった。
怖い。なんか怖い。
そう感じて、急に走り出した。
どこへ行っても木しかないのに。
しばらく走るとさすがに疲れてきて、ぺたっと座り込んだ。
振り返ってもどのくらい走ったかわからない。
下を向いて息を整えながら、今度は絶望感に襲われるようになる。
こんなことも昔にあった気がするな。
もうずっとこの夢のような森から抜けられないのかな。
下を向くことにも疲れて顔を上げると、またありえないことが待っていた。
女の人が立っていた。
ピンクのフリルのついたワンピースに、ワンピースに似たデザインのパンプスを履いている。
セミロングの髪をゆるくカールさせ、驚いたようにこっちを見ている。
ああ、やっぱり夢だ。
だって、その女の人は到底森にくるような格好はしていない。僕の好みだけどね。
しかもこんなにタイミングよく人が現れるなんてね。
驚いた顔してるけど、こっちだって驚いてるよ。
そんなことを考えてると、女の人はくるりと向きを変えて走り出した。
まったく、アリスじゃないんだから。
でも追いかけたら、この夢覚めるんじゃないかな。
こんな疲れる夢、もうごめんだ。
「――!」
女の人に何か声をかけようと叫んだとき、辺りが真っ暗になった。
目をゆっくりと開けると、いつものベッドの上での朝だった。
窓が薄く開けっ放しだ。戸締りもしないで寝たんだっけ。
なんだか寝ている間に寒い思いをしたような気がするな。
よく寝ている途中で気づいて起きなかったもんだ。
特に頬がひんやりする・・・と顔に手をあてると、両目から滴が伝っていた。
それに気がついた瞬間、視界がどんどん潤んできた。
男の部屋なのに赤系のカーテンが、朝日が当たってピンク色に見える。
なぜか急に、僕のもとから消えてしまった彼女を思い出して悲しくなった。
end.