令和最強の剣士
「おーい。幽霊ぶい~~ん」
昼下がりの校舎屋上。
俺は寝転がったまま、薄く片目を開けるた。
「そろそろ部活出ようよ。先輩たちも、寂しがってるゾー」
ピンク色の髪が、春風に揺れている。
剣道部マネージャーの、八名来美佐だった。
「……誰が寂しがってるんだよ」
「いやいや、ホントだってば。 これは――部長命令なんだゾ!!」
(……!)
「なんで部長が?」
「おっ、食いついた〜♪」
八名来は、芝居がかった仕草で大げさに立ち上がった。
「――鏡三月。インターハイ完全優勝。廃刀令以降、最強と謳われる!
白髪のクール系美剣士! そして……」
くるりと回って燈也を正面から指さす。
「そして、君のッ、想い人!!」
オーバーな動作に、八名来のややふくよかな胸元が揺れた。
俺はつい、視線をそらした。
「そんなことは聞いてないぞ」
地面を見ながら、俺は返した。
だが、八名来はまる耳にはいってないかのように芝居を続けた。
「でも……、早くこないと取られちゃうかもねぇ。
例の"転校生"くんに――」
「……」
「アーサー・ウィンズレット。副部長の岩村先輩を、醜いボコボコの
タコボールにつるし上げた、超新星」
「お前って、岩村先輩嫌いだよな……。一発で気絶しただけだろ」
俺は呆れて、ため息をつく。
「と・に・か・く」
大げさな歩みで、ずいっと詰め寄ってくう八名来。
「は~やく、顔を出してよね。私の信用問題なんだから」
息が届くほど、八名来の顔が、近くにあった。
ほんのりと、甘い香りがする。
「は、はいはい……。検討させて――いただきますよ」
返した言葉が、なぜか少し遅れて口から出た。
――放課後、剣道部部室。
「しょ、正直……洒落にならんぜ、これ……」
男子剣道部員たちは、床に崩れ落ちていた。
竹刀を握る力も残っておらず、アーサー・ウィンズレットはただ一人、涼しい顔で立っている。
汗一つかいていなかった。
「ば、化け物かよ……」
ぼそりと誰かがつぶやくと、女子の方からは場違いな黄色い歓声があがった。
「まてっ!」
一人の上級生が立ち上がり、息を荒げながら声を張る。
「……一つだけ教えてくれ。お前、なぜそこまで強い?
どこで、その剣を学んだ?」
アーサーは目も向けず、無表情のまま言った。
「――技の差じゃない。剣を振る“覚悟”が、お前たちとは違うだけだ」
「な……っ?!」
「やはり、この国の剣には……何も残っていない」
その言葉に、場の空気が凍りつく。
「まーまー……、待ちんさい。ウィンズレットくん」
やわらかい口調で割って入ったのは、顧問の古田だった。
「……なんだ。敗軍の将が、何か語ることでも?」
「……相変わらず、極端だな。君は」
古田は、ただ苦笑した。
「……」
「確かに、こいつらは“弱者”だ。君にとって、価値はないかもしれない」
「先生?!」
「けれど――翠星館を、侮るなよ。君を止める剣は……存在する」
アーサーの目が、わずかに細められた。
「ほう。オレは冗談は嫌いだぞ」
「それは私も同じだよ」
古田は、やや挑発的な笑みを返した。
「ま、まさか……、そりゃまずいっすよ?!だって、部長は――」
「黙れっっ!!」
不動は一喝し、部員たちを見渡した。
「お前たちは、今まで何を磨いてきた?」
「……え?」
「ただ勝敗だけを追ってきたのか?! 誇りはどこへ行った?!」
「でも……あれは――、剣道じゃないっすよ……!」
「そうだ。だから……、逆に問う。
お前たちの剣は、何のためにある?
大切な人が危機に陥ったとき、相手がわざわざ竹刀を構えてくると思うか?」
沈黙が落ちた。
「……はーい、先生!!熱血成分過多です!その辺にしときましょう!」
「お、おいっ?!」
明るくにこやかに、マネージャーの美佐が古田の背中を押す。
「ストップ、思想! ストップ、暴力!」
「暴力はふるってないだろぉ……っ?」
美佐にたじたじになる古田。
場の空気が、一気に弛緩する。
そして、二人の姿が見えなくなった。
静まり返る道場。
一人の剣道員が、呟く。
「タコが……大切な人のため? そんなもんで剣を振れるかよ」
「同意。なんか勘違いしてるぜ、古田のやつ!」
「勝てば爽快。結果を残せば、いい企業に就職できる。俺らってば、
どこまでも正常だぜ」
「は~い。先輩たち、ネ・ガ・らない!!」
古田を追放した美佐。
道場に戻ってくると、満面の笑みを貼りつけたまま、こめかみを
ピクつかせた。
美佐の声に、かろうじて場が切り替わる。
部員たちは、話題を変えた。
「……そういや、朝凪って最近どうしてんの?」
「あぁ、なんだ唐突に」
「いや……、あいつも、相当無茶苦茶な剣だろ」
「そりゃないだろ……。あの化け物と、幽霊部員の一年を比べて
どうすんだよ」
「いや、わりぃ。なんか急に、思い出しちまって。
――マネージャー!ドリンク持ってきてくれ」
「……私、小間使いじゃないですよ~??セ・ン・パ・イ」
美佐は、さらに顔をひくひくとさせる。
そして、不満を見せつけるような歩みで、水場へと向かった。
「……さて。どうする?」
「何言ってんだ?俺たちは、あの翠星館の部員。"正々堂々とした競技者"だぜ」
男はわざとらしい笑みを浮かべた。
「そうだな~っ、悔しいぜ!剣道さえ習ってなきゃ、"闇討ち"してやったのによ」
「いっ……?!が、ガチっすかっ?」
一瞬、不穏な空気が流れる。
「冗談よせよ、一年坊主がビビってるだろ!」
「ハハッ。悪い悪い。つい、悪ガキ時代の癖がよ」
「せんぱ~い。よしてくださいよ……。そんなことしてバレたら、
停部どころじゃ済みませんよ?」
……
……
「……え?」
道場には、異様な空気が流れていた。