最強の転校生†”アーサー"
ジリリリリ……ッ。
騒がしいアラームに、叩き起こされる。
しばらく、天井を見つめていた。
頬をつたう、一筋の雫。
「……また、か」
ぽつりとこぼれた声。
――霧に覆われた島。
金色の髪をなびかせ、何者からか逃げていた少女。
そして、その先。
彼女は……
―—そこまで思い出して、自ら思考を切った。
もう、何度も見た夢だった。
それでも胸の奥には、やるせなさと……
名前も知らぬ男たちへの、怒り。
気だるい体を起こし、時計に目をやった。
……ズレている。今日もまた。
何度直しても、翌朝には狂っている。
「まるで……誰かが、巻き戻してるみたいだな」
口にして、自分で笑った。でも、気色の悪さは拭えなかった。
――翠星館高校、体育館
朝の全校集会。
俺、朝凪燈也は、そこにいた。
(……新入生ごときで朝会? 正気か?)
明らかにおかしい。
入学式も終わってるのに、今さら全校生徒を体育館に集めるなんて――
一つだけ、思い当たる理由があった。
“例外の中の例外”――
ごく稀に、特待枠すら超えるバケモノが、この学校に来ることがある。
"翠星館高校" 、剣道で全国に名を轟かせる、言わずと知れた名門。
近年二度、それはあった。
今日もまさにそれ。
壇上で、いつになくノリノリの校長が挨拶を始めたが、すでに
会場はザワついていた。
「相当ヤバい奴が来るらしいぞ」
「どんな化け物みたいな男だよ……」
その空気に、期待と緊張が混じりはじめていた。
「それでは――アーサーくん、壇上へどうぞ!」
校長の妙に張り切った声が、マイク越しに体育館へ響く。
「アーサー……? 外人かよ」
「いや名前だけだろ。つか、くっせー名前……アーサーて」
「絶対、中二病じゃん。親の黒歴史だな」
男子たちの間で、冷ややかなツッコミが飛び交う。
(アーサーで、剣士か……。可哀そうに、よほど規格外の生徒
でもなけりゃ、先輩たちにネタにされるぞ~)
俺も、そんなことを思っていた。
しかし、次の瞬間――
ざわめきが、静寂に変わった。
(……?!)
壇上に現れたのは、陽の光をそのまま溶かしたような金髪を揺らす、
イケメン of イケメン。
腰にはなぜか、模造刀のような物騒なモノを携えていた。
「ヤバ、外国の王子様かと思った」
「……っ! イケメンすぎじゃね?」
女子たちから、黄色い悲鳴が上がる。
男子たちのテンションが、一気に沈下していく。
誰も携えた刀には突っ込まなかった。
イケメン特権というやつかもしれない。
校長がくいくいと、マイクを差し出し、何か喋れと促す。
だが、金髪の転校生は、それを完全に無視した。
校長が気まずく笑った瞬間、転校生はようやくマイクを手に取った。
「……英国から来た、アーサー・ウィンズレットだ」
それだけ。
あまりにもそっけない挨拶だった。
なのに――女生徒たちから、黄色い悲鳴。
「きゃあああああっ……! 王子っぽいっ……!」
壇上の転校生・アーサーは、無表情だった。
まるでなにも聞こえていないかのように。
校長が調子に乗ったのは、その時だった。
おどけたように前に出て、彼にマイクを向けた。
「ちなみにアーサーくん、君の剣の腕についても一言――」
さらっと投げられた“無茶ぶり”。
会場がざわ……と揺れる。
アーサーは、顎をわずかに上げて校長を見やった。
静かに、冷たく見下ろすような視線を送る。
「……話すより、見せた方が早いだろ?」
その一言で、空気が変わった。
ピンとした緊張が、体育館に満ちていく。
(やばい。こいつ、何かやる)
本能が、警鐘を鳴らしていた。
「おい、お前。上がれ。剣士なんだろ?」
突然、アーサーは一人の生徒を指名した。
「……っ?! い、岩村副部長だ!!」
俺は唖然とした。
アーサーが指名したのは、うちの部の先輩……
3年にして、昨年の国体ベスト8。
剣道部副将――岩村源二だった。
どよめきが、一気に爆発した。
「おいおい!転校生、 岩村先輩に喧嘩売ってんのか!?」
「マジかよ……死ぬぞ……」
「いやぁ。まいったなぁ、ははっ……」
岩村先輩は苦笑しながら、頭を掻いた。
「……ここは、大目に見てやるのが、上級生としての筋だ。
だが、見たところ――、お前は剣道部志望なんだろ?」
「なら、黙って、見過ごすわけにはいかない」
岩村先輩は目を見開く。
壁にかけてあった竹刀を手に取ると、鋭い眼光で、アーサーを射抜いた。
(やる気だ、この人……?!)
背筋が凍った。
岩村先輩は、"良く言えば"面倒見の良い先輩だ。
でも、校内で喧嘩を売るやつは、いない。
間違っても、誰もそんなことはしない。
ワルより恐ろしい……、ガチの武道派・体育系ってやつだからだ。
「やばいやばいやばい!」
「さすがに止めろよ、校長!」
「……待て待てっ!!お二人さん!!」
騒ぎに、ようやく教師が割り込んでくる。
くたびれた緑のジャージに身を包む、無精ひげの男。
剣道部顧問、古田両見だった。
「よかった……!古田先生……!」
生徒たちが安堵したのも束の間。
古田は、どこか気だるげに頬づえをつくと、ゆるく口を開いた。
「年功序列……礼節……学生の本分……そういうものは、確かに大事だ。
だが……この剣道部においては――」
そして……
勢いよく拳を、天に向かって掲げた。
「力がすべてを凌駕するッ!!」
「えぇぇぇええええええ!?!?!?」
(なんでお前が一番テンション高いんだよ……?!)
俺は、顧問の暴走に突っ込まざるを得なかった。
古田両見――。
普段は鬼のように厳しい顧問だが、時折、まるでバカな学生のように
悪乗りをする茶目っ気も併せ持つ。
「さあ、始めたまえ」
「始めたぁぁああああああッ!?」
喧騒を背に、アーサーは模造刀を外した。
「……じゃあ、遠慮なく」
古田が差し出した、竹刀を手に取る。
「ふん。舐めやがって――。別に、"自前"でもいいぞ?」
岩村先輩は、すでに勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
俺は、既に嫌な予感がしていた。
岩村先輩は、確かに強い。隙もない。
だが――。
ここぞという時に、やらかす癖があった。
しかも、メンタルが弱いとかではない。
ただ大一番で、"運が悪い"だけ。
後輩には、"神と髪に見放された男"と、裏では弄られていた。
なお、そこまでハゲているわけではない。
後頭部が、うっすらと……だけだ。
そして……
「……オレは素手でもいい。だが、"雑魚"相手でも、手は抜かない主義でな」
アーサーも、少しだけ口元を緩めた。
それは、岩村先輩とは全く違う、
虫けらでも見るような、無慈悲な笑みだった。
俺の心は、既にぐしゃぐしゃだった。
(ヤバい、ヤバいぞ。こいつ、ただの転校生じゃない……)
翠星館高校の歴史に残ることになる、伝説の“自己紹介”が――
静かに始まろうとしていた。