第7話「愛してる。秘密じゃなく、未来の約束として。」
「結婚してください」
湊のその言葉は、静かな夜の玄関先に、まるで鐘のように響いた。
遥香はしばらく何も言わず、湊の胸に顔をうずめたまま、息を整えた。
「……私、教師よ?」
「知ってます」
「あなた、国民的俳優よ?」
「光栄です」
「本当に後悔しない?」
湊は遥香の顔を見つめ、言い切った。
「俺、先生が授業中に話してた“愛するというのは責任を持つこと”って言葉……
今なら、本当に意味がわかる気がします」
そのまま、再び抱きしめ合う2人。
この夜、彼らは“秘密の恋人”から“未来の婚約者”へと変わった。
* * *
数日後。
湊は所属事務所の社長・**黄金**に報告した。
「婚約しました。籍はまだ入れませんが、僕たちは正式に将来を誓い合っています」
黄金は腕を組みながら、頷いた。
「……あの先生のこと、世間に言えないのがもどかしいな。だが、お前が本気でそう決めたなら、
今度の主演映画、ヒットさせてみせろ。“スキャンダルを上回る実績”で黙らせろ」
「はい、必ず」
湊はそう力強く答えた。
そして事務所のマネージャーも了承。結婚については、今後“湊の私生活に関してはノーコメント”で統一。
世間との距離を保ちながら、静かに婚約生活が始まることになった。
* * *
一方、学校では教頭から遥香にある提案がされた。
「椎名先生、来年度から“教育支援センター”への異動を打診されています。
現場を離れるかわりに、若手教師への指導や教材監修を行う立場です」
つまり――表舞台から一歩退くが、教育の現場には残るという提案。
「……考えさせていただけますか?」
「もちろん。“教師を辞めない”と決めたのはあなた自身なんですから」
遥香は静かに微笑んだ。
(今の私は、逃げるんじゃなく、選んで進むんだ)
* * *
その週末。
湊は遥香を連れて、とある“歴史ある城下町”へ旅行に出た。
学生の頃、遥香がよく話していた“夢の場所”――松本城。
湊は予約していた小さな旅館の和室で、遥香に言った。
「先生、もし俺たちが普通の夫婦だったら、こうして城巡りしながら毎年旅行してたのかな」
「……ううん、きっと“歴史検定”とか“史跡めぐりマラソン”とかに応募してたかも」
「はは、それもありかも」
笑い合う2人。
そして、旅館の廊下に飾られた古地図の前で、湊はふいにポケットから小箱を取り出した。
開くと、そこには指輪が。
だが、宝石ではない。中央に「日本の文化財を守るマーク」が刻まれた特注品だった。
「これ……歴史婚約指輪ってやつ?(笑)」
「世界で一番、先生らしいやつにしたくて。
……でも、これは“プロポーズの答えを指で示す”ためのものなんです」
湊が笑いながら差し出すと、遥香はそっと指を差し出し、リングを受け取った。
「……これからも、私と歴史を歩んでくれる?」
「むしろ、俺が“先生の歴史”に名前を刻ませてください」
夜の松本城を背に、2人の影は寄り添い合う。
* * *
翌朝。
帰京した2人に、1通のメールが届く。
差出人は――新倉千蓉。
《一度、お会いできませんか? 私、ちゃんとケリをつけたいんです。湊くんと…そして、先生とも》