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第4話「“名前が出てないから”で守れる恋じゃない」



あの日のキス写真は、今もネット上で拡散されていた。


《国民的俳優・一之瀬湊、謎の女性との深夜キス!》

記事には女性の顔も名前も出ていなかった。

ただ“教育関係者ではないか”という匿名の見出しだけが、確信のないまま踊っていた。


(名前が出ていない。それだけで守られてるわけじゃない…)


教師である遥香は、ネットの書き込みを見ながら自分に言い聞かせるようにそう思っていた。


「椎名先生、最近ちょっと元気ないですね…」

生徒の一人がそう声をかけてきたとき、遥香は気づかれまいと微笑んだ。


「大丈夫よ。ちょっと寝不足なだけ」


そう答えながらも、彼女の脳裏には昨日の湊との会話が繰り返し蘇る。


『俺が全部守る。先生の名前が世に出ないよう、事務所とも話す。』


湊の事務所の社長・**龍雷神グループの黄金おうごん**は、状況を重く受け止め、すぐに動いてくれた。


「うちの湊がプライベートで交際していても問題ない。だが、お相手が教師となると慎重にならざるを得ない。

…先生の名前は出させない。徹底的に守る。ただし、これ以上の接触は控えてくれ。」


それが“取引”だった。


遥香は了承した。湊と直接会うのを、しばらく避けると。

それが、彼を守る唯一の方法だった。


* * *


そんな中、湊の次回主演作が発表された。


恋愛映画『君に咲く、桜の約束』

共演女優は、今勢いのある若手女優——新倉千蓉ちよ


短髪に茶とグレーのミックスカラー。

すらりとした体格に、やや大胆な衣装が多い。

そして何より、湊と対等に渡り合える**“プロ”の顔**を持っていた。


千蓉は取材のインタビューで、こう語っていた。


「湊くんって、撮影外でも優しいんですよ。前から一緒に仕事したかった。

今回は…特別な想いを込めて演じます。」


まるで“気がある”かのような含みを持たせた発言に、ネットでは再びざわついた。


(また……私、こうして傍観するだけ?)


遥香は、自分の机の引き出しにしまっていた一冊の手帳を取り出す。

そこには、湊が生徒だった頃、彼の好きだった言葉が書かれていた。


「戦に勝つのは、逃げなかった者だよ、先生。」


(……湊……)


もう、逃げない。そう決めたとき——


* * *


その夜、湊からのメッセージが届いた。


『明日、少しだけ会えませんか? 先生の家の前まで行きます。声だけでも。』


返事は、しなかった。


だが、次の日の夜、遥香の家のインターホンが鳴った。


「先生…ごめん、来ちゃった」


「……湊。…もう、来ないって約束だったじゃない」


「でも、もう限界だった。名前が出てないからって、先生の心が守られてるわけじゃない。

先生の心は、俺のせいで傷ついてるんじゃないかって…思って。」


その言葉に、遥香の心が崩れた。


「湊……」


その瞬間、再び唇が重なった。

今までで一番切なくて、優しいキスだった。


「——付き合ってください。先生。…俺が守ります。ちゃんと、全部。」


遥香は、泣きそうになりながらも微笑んだ。


「……うん。付き合いましょう。ただし、秘密ね。先生と俳優、立場は違っても……気持ちは本気だから。」


* * *


だがその帰り道、湊の姿を遠くから撮影していた者がいた。

記者・野間崎のまざき

以前から湊のスキャンダルを追っていた芸能記者である。


「……この女、やっぱ教師じゃないのか?」


名前は出ていない。だが、学校の構造、服装、表情。

時間さえかければ、特定できる——野間崎はそう確信した。


* * *


その翌日。


「椎名先生。ちょっと…お時間、よろしいでしょうか?」


職員室で、数学教師・早川理人が言った。


2人きりになった資料室で、彼は言葉を探すようにして口を開いた。


「僕は……ずっとあなたのことが好きでした。」


遥香は、目を見開く。


「でも…僕が知ってる限り、あなたは恋なんてしない人だった。

だから安心してたんです。でも……やっぱり、彼なんですね? 湊くんなんですね?」


「……理人先生……」


「彼となら、幸せになれますか?」


一瞬、沈黙。遥香はそっと頷いた。


理人は目を伏せて、力なく笑った。


「そうですか……じゃあ、もう…僕の出番はなさそうですね」


そして、資料室を出ていった。その背中に、どこか哀しさが漂っていた。


* * *


だが、帰り道。

遥香のスマホに知らない番号から着信が入った。


——野間崎だった。


「椎名遥香先生、ですよね? 教師の立場で教え子と交際、しかも国民的俳優。

……これは公に出るべき“真実”だと思いませんか?」


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