第6話「ママの涙を見た日」
金曜日の午後。
遥香の教室で、トラブルが起きた。
言葉を話せなかった転校生・小田結依が、給食中に突然泣き出し、クラスメイトに手を上げかけたのだ。
理由も話さない。誰にも説明しない。
クラスは騒然となり、他の保護者からも苦情が入り始めていた。
(……やっぱり、私じゃ無理なのかな)
教師として、母として、心を砕いてきた。
けれど結依の心は開かず、どこか遠いまま。
放課後、職員室で書類整理をしていると、指が震えてペンを落とした。
(ダメだ……私、崩れそう……)
その夜。
帰宅して子どもたちを寝かせた後、
リビングのソファでぼんやりと座っていた遥香の目から、一筋の涙が落ちた。
「……私、先生に向いてないのかな……」
ガチャ。
玄関の扉が開き、湊が帰ってきた。
「……ただいま。今日、早く終わったよ」
いつものように笑顔で近づいた湊は、遥香の涙に気づいて表情を曇らせる。
「どうしたの? 遥香……泣いてる?」
遥香は首を横に振ろうとしたが、それすらうまくできなかった。
そのまま湊の胸に顔を埋め、声もなく震える。
湊は何も言わず、ただ彼女を優しく抱きしめ、背中をそっと撫でた。
「……がんばってるの、知ってるよ。
子どもたちも、学校の子たちも、君のこと大好きだ。
でも……疲れた時は、ちゃんと泣いて。全部、俺が受け止めるから」
遥香は、涙まじりの笑みを浮かべた。
「……あなたの前だと、弱くなれるの。不思議だよね」
「それが“夫婦”ってやつだろ」
そして湊は、彼女の頬にそっと口づけを落とす。
柔らかく、ぬくもりを残す、優しいキス。
次に、額に。そして唇に。
「先生の涙は、俺だけが知ってていい」
遥香はようやく、言葉を絞り出した。
「ありがとう……湊。
私、また明日、頑張ってくる」
その夜――
2人は寝室で静かに抱き合いながら、何も言わずに深くキスを重ねた。
言葉なんて、いらない。
あなたがいるから、私はまた“先生”でいられる。
次回:
第7話「パパ、人気投票1位」
子どもたちの学校行事で思わぬ“注目”を浴びる湊。
父として、俳優として、夫として――「完璧すぎる男」に嫉妬する保護者も出現!?