第4話「ママ先生の試練」
4月、春学期の新学期。
遥香のクラスには、1人の転校生がやってきた。
名前は小田結依、9歳。
大人しく、教室でも誰とも話さず、目を合わせようともしない。
保護者からの連絡では「少し引っ込み思案な子ですので…」としか書かれていない。
しかし授業中、遥香が問いかけても、結依は一度も声を発さなかった。
(明らかに“話さない”んじゃなくて、“話せない”。何かあるわね…)
放課後、職員室で名簿を確認しながら遥香はふと手を止めた。
“保護者:小田真奈”
(……この名前、どこかで)
記憶をたどる。
高校の頃、国語の授業を持っていた、物静かで文学好きの生徒――小田真奈。
(まさか……)
急いで過去の職員記録を確認した。やはりそうだった。
遥香が高校教師を始めて間もない頃に教えた“あの生徒”の娘だったのだ。
その夜、遥香は真奈に電話をかけた。
「先生……お久しぶりです」
声の奥に、どこか張りつめたものを感じた。
「あなたの娘さん、結依ちゃんがね。学校で言葉を発しないの。
真奈さん、何かあったの?」
しばし沈黙ののち、真奈はぽつりと答えた。
「……夫が昨年、事故で亡くなって。結依はその瞬間を目の前で…
それから、誰とも話さなくなってしまって」
遥香の胸が痛んだ。
「……ありがとう。事情がわかっただけで、気持ちが少し届いた気がする。
あとは私に任せて」
* * *
その夜、遥香はリビングで湊に話をした。
「ねえ……私、どう接してあげたらいいんだろう。
ただの先生じゃなくて、かつて“お母さんを教えた教師”としても……」
湊は、遥香の手を握って優しく言った。
「答えなんてなくていい。遥香は“その子のそばにいる先生”でいればいい。
黙ってても、君の眼差しは、ちゃんと生徒の心に届くから」
遥香は湊に寄り添いながら、静かに目を閉じた。
「……ありがとう。あなたがいてくれるから、私は“先生”をやっていける」
その夜、2人は強く抱きしめ合い、
言葉よりも深く、唇を重ねて想いを交わした。
「……私も、ちゃんと“向き合う”勇気、もらったよ」
「朝は、もっと長くキスしてやるから。明日、がんばってこい」
第5話「ふたりだけの誕生日」
湊が遥香のために密かに用意したサプライズ。
子どもたちを預けて、久しぶりの“夫婦だけの夜”――
忘れられない誕生日と、誓いのキス。