第3話「ドラマの中のキス」
週末の夜。
リビングでは双子たちが寝静まり、遥香は録画していたテレビ番組の再生ボタンを押していた。
画面には、湊が主演する新ドラマの初回スペシャル予告編。
豪華キャストに、涙と愛の重厚なストーリー。
その中に、ひときわ印象的なシーン――
「……ずっと、好きだった」
ヒロイン役の女優と、湊がゆっくりと唇を重ねる。
しかも、長い。演出の意図もわかる。芸術としても、美しい。
でも――
(……どうしてこんなに胸が苦しくなるんだろう)
遥香はリモコンを握りしめ、無言でテレビを消した。
「……演技だってわかってるのに……」
* * *
その夜、帰宅した湊は、リビングに灯る明かりに気づいていた。
「ただいまー……って、まだ起きてたの?」
「うん。ドラマの予告、観たよ」
湊がジャケットを脱ぎながら言う。
「ああ……やっぱり、あのキスシーン見ちゃった?」
「うん。すごく……綺麗だった。
……だからこそ、少し、苦しかった」
遥香は素直にそう言った。
湊はそっと隣に座り、少しだけ息を詰めてから、言葉を紡ぐ。
「遥香。演技って、“本気じゃないからこそ”心を込めなきゃいけない。
でも――“本気”でキスできるのは、君だけだよ」
その言葉に、遥香の瞳がうるむ。
「……湊。お願い、今は“役”じゃなくて、“あなた自身”でキスして」
湊は静かに彼女を抱きしめ、ゆっくりと唇を重ねた。
深くて、甘くて、どこまでも確かな――“本物のキス”。
「……君とだけは、台本なんか要らないんだよ」
2人は言葉よりも、もっと真っすぐに想いを伝え合った。
それは、演技じゃない。人生そのものだった。
そして、寝室の明かりがゆっくりと消えていく。
「……じゃあ、明日は長めの“行ってらっしゃいキス”で許してね」
「ふふ……それだけじゃ足りないかもよ」
そう言って、2人の夜は静かに、けれど深く更けていった。
第4話「ママ先生の試練」
遥香のクラスに“言葉を話さない”転校生がやってくる。
教師として、母として、遥香が向き合う“沈黙”の壁。
そのとき、湊がそっと背中を押す一言とは――。