第2話「結咲の“好きな人”」
日曜の昼下がり。
部屋に射し込む陽光の中、結咲はリビングのソファに座りながら、何やらもじもじと足を揺らしていた。
「ママ……ちょっと、話があるんだけど」
「ん? 宿題? お小遣い?」
「ちがうの……その……“好きな人”のこと……」
遥香は思わずお茶を吹き出しそうになった。
「す、好きな人!? ちょ、ちょっと結咲、早くない? まだ小学3年生でしょ!?」
「だって……かっこよくて優しくて……図書室で本読んでるとき、声かけてくれて……」
「図書室男子、きたわね……」
真剣な目の結咲に、遥香は少しだけ肩の力を抜いて笑った。
「じゃあ、その子はどんな人なの?」
「名前は斉藤あおいくん。戦国武将が好きで、私と同じく“石田三成推し”。
それに、理科の時間に“静電気は自然の魔法”って言ったの!」
「……詩人系男子だったか……」
結咲は頬を赤らめて小さく言った。
「ママもさ……昔、好きな人いた?」
遥香の心臓が止まりかけた。
(いるどころじゃないわよ……その人、今、夫なのよ)
けれども、真面目な顔を崩さずに、遥香は答えた。
「うん。いたよ。すごく優しくてね……生徒のときに先生だった人」
「え! 先生!? わたしも将来、あおいくんと結婚して先生になろうかなぁ」
「その流れ、どこかで聞いた気がする……」
その夜、湊が帰宅すると、玄関で結咲が抱きついた。
「パパー! 私、将来“先生と結婚”したい!」
「……えっ!? ママ以外に“教師好き”がもう1人!?」
「だってママとパパみたいに、毎朝キスして送り出したいんだもん!」
遥香は慌てて振り向いた。
「ちょ、ちょっと結咲っ!!」
「だって、リビングでこっそりしてるの、私たち気づいてるよ?」
「……おいおい、それバレてたのか……」
奏翔がひょこっと顔を出す。
「もう5歳のときからバレてたよ。ていうか、してない日、ないでしょ?」
「……お説教は君たちが大人になってからにするわ」
遥香はそう言いながらも、どこか照れくさそうに笑っていた。
愛を知った娘。
愛を伝え続ける夫。
そしてその間で、母として、妻として、遥香の毎日は確かに“未来”へ続いていた。
第3話「ドラマの中のキス」
湊の最新ドラマが話題に! けれど、予告編に映った“長いキスシーン”が遥香を不安にさせて――
「……演技って、わかってるのに……胸がチクリとするの」