《続編 第5話》「うちのパパは俳優だよ。それって言っちゃいけないことなの?」
湊がヨーロッパでのロケを終え、1ヶ月ぶりに日本に帰ってきた。
羽田空港の到着ゲート。
走って駆け寄ってきたのは、ランドセル姿の双子――奏翔と結咲。
「パパぁぁぁぁああ!!」
「パパぁー! 早く抱っこー!!」
大きなスーツケースを転がす暇もなく、湊は2人を高く抱き上げた。
その後ろから、マスク姿で手を振る遥香。
見えないマスクの奥には、泣きそうな笑顔があった。
「……おかえり、湊」
「ただいま、“先生”」
2人は一瞬だけ、静かに手を重ね合った。
* * *
その晩。
家に戻った湊は、荷ほどきもそこそこに、リビングのソファに座った。
「……ねぇ、遥香」
「ん?」
「しばらく、仕事のペース落とそうと思う。――家庭に、ちゃんと寄り添いたい」
遥香は驚いて顔を上げた。
「……でも、今回の映画、すごく評価されてる。海外メディアからも次の出演オファーが――」
「わかってる。でも、子どもたちの学校行事に一度も参加できなかったこの1ヶ月が、俺には痛かった」
「……湊……」
「“俳優の顔”と“父親の顔”、両方ちゃんと使い分けたい。
仕事は大事。でも家族は、人生の中心だから」
その言葉に、遥香は静かにうなずいた。
「……ありがとう。私も、先生と“母親”の顔を、ちゃんと両立させる。
――2人とも、“子どもたちの誇れる親”でいたいものね」
* * *
数日後。
学校から帰ってきた結咲が、少しそわそわしていた。
「ねぇママ……今日、友達に“芸能人に似てる人が運動会にいた”って言われて……」
遥香はピクッと反応する。
「私……言っちゃった。“うちのパパ、俳優だよ”って……」
沈黙。
遥香は深くは叱らなかった。
ただ、ひざまずいて結咲の目線に合わせた。
「……それ、言いたくなっちゃうくらい自慢だったんだよね?」
「……うん。だって、かっこいいもん。
でも、“ナイショにしようね”って前に言ってたから……ママ、怒るかと思った」
遥香は小さく微笑んだ。
「怒ってないよ。
――ただね、パパが“普通のパパじゃない分”色んなことを言われるかもしれない。
だから、ちょっとだけ、お口はチャックね?」
「……うんっ」
* * *
しかし、それを聞いていたのは――
同じクラスの男の子の母親で、保護者会でも中心的存在の山城さんだった。
数日後、学校にこんな連絡が入った。
「担任の椎名先生のご家庭について、子どもが“有名人と繋がってる”と発言していました。
教師として問題ないのでしょうか?」
教頭からの事情確認に、遥香は静かに頭を下げた。
「……相手は私の夫であり、家庭は公表していません。
でも、“嘘をつく”ことはしたくありません。
教育者として責任ある行動は、これまでも、これからも変わりません」
その場は教頭の判断で収まったが、保護者間の“噂”は広がっていった。
* * *
その夜。
遥香はリビングでため息をついていた。
「ごめんね。私がもっと上手く話していれば……」
湊は横から、肩を抱いて言った。
「いや、それは違う。遥香は何も悪くない。
むしろ“自分の家族を誇りに思ってる娘”が叩かれる方が、変なんだよ」
「……でも、教師ってだけで、“聖職者”みたいに見られるの。
プライベートを持ってはいけないって、言われてるような気がするのよ」
「だから俺が言う。――“パパであること”を、そろそろ隠すのやめようって」
「え……」
「次のインタビューで、“結婚して子どもがいる”ってはっきり話す。
名前は出さない。でも、“家庭が人生の中心”って、言うよ」
遥香は一瞬戸惑ったが、すぐに目を潤ませた。
「……ありがとう。あなたが、そう言ってくれるだけで、私はもう――救われた気がする」
その夜、2人は手をつないで子ども部屋を覗く。
すやすやと寝ている奏翔と結咲の姿。
「この子たちの“家”を守るのが、私たちの役目ね」
「うん。パパもママも、ヒーローでいような」