《続編 第4話》「パパに会いたい。ママの涙は、僕だけが知ってる」
春。
双子の奏翔と結咲は、ついに小学校に入学した。
桜の花が咲く朝。
ランドセルを背負った2人を見送りながら、遥香と湊は手を振った。
「2人とも、いってらっしゃーい!」「1年生、がんばれー!」
「ママー、今日“ひみつの話”していい? パパのこと!」
「ダメダメ! パパは“ひみつのヒーロー”だから!」
湊は苦笑いしながら言った。
「いや、もうバレてる気もするけど……“名前出さない”ルール、守ってるだけでもエラい(笑)」
* * *
だがその直後、湊のもとに1本の連絡が入った。
「一之瀬さん、主演決定おめでとうございます。
来月から1ヶ月、ヨーロッパでの現地ロケになります。ご準備を」
(……ああ、来たか)
大きな映画の仕事。それもハリウッドとの共同制作。
湊にとってはキャリアでも大きな転機だった。
けれど――“1ヶ月不在”という現実。
その夜、2人でソファに並びながら、湊は遥香に打ち明けた。
「……このタイミングで本当に申し訳ない。でも、これは今しかないチャンスで」
遥香は少しだけ黙ったあと、首を振った。
「謝らないで。私は……“あなたが俳優であること”を選んで一緒にいる。
それに、子どもたちも、わかってくれる年になったわ」
「でも、遥香が全部背負うことになる。それが心配で……」
「大丈夫。先生だから。強いのよ」
微笑んでみせたけど――
その夜、ベッドの中で背中を向けたまま泣いたことは、湊には言えなかった。
* * *
1週間後。湊は成田空港から出国した。
双子は笑顔で手を振ったものの――
その夜、奏翔が寝室でぽつりと言った。
「パパのにおい、しないと……寝れない」
結咲も、小さな手で遥香の腕をぎゅっと掴んだ。
「ママ、泣いてるでしょ? 目、赤いよ」
遥香は慌てて目をぬぐい、笑った。
「泣いてないよ。……でも、寂しいね。少しだけ、ね」
その晩、遥香はリビングで1人、カップを手に座っていた。
そこへ――パソコンの画面が光る。
「……遥香、起きてた?」
そこには、時差9時間のロケ先からの湊の顔。
「……声が聞きたくて。……会いたくて」
湊の顔も、どこか疲れていた。
「1人でやらせてごめん。
でもさ、画面越しでも家族が見えると、“どこにいても俺は帰る場所がある”って思えるんだ」
遥香は、やっと小さく笑った。
「……次に会ったら、ハグ3回とキス5回、予約入れておいて」
「それじゃ足りない。10回ずついくよ」
* * *
その翌週。
ロケ中に湊が送ってきた動画を、子どもたちと一緒にテレビで観ていたときのこと。
映像の最後――湊が言った。
「カナト、ユサ、パパはね、2人が生まれてから“俳優”じゃなくて“ヒーロー”になったんだよ。
ママの笑顔を守るのが、パパの役目。だからちゃんとお留守番、任せたぞ」
結咲がそれを見て、ぽろっと涙を流した。
「……ママ、パパ……かっこよすぎる」
奏翔が、ちょっと恥ずかしそうに言った。
「ママもさ、先生として“かっこいい”よ」
その一言に――遥香は、耐えきれず、子どもたちをぎゅっと抱きしめた。
(この子たちがいる限り、私はどこにいても“1人じゃない”)
そして、同じ頃。
湊もホテルの部屋で動画を見ながら、静かに呟いた。
「……帰ったら、一番に言うよ。遥香、“ありがとう”って」