《続編 第2話》 「双子の運動会と、秘密の参観日。ママは先生で、パパはスター。」
6月。汗ばむ季節の訪れと共に、幼稚園では年に一度の運動会が開催されようとしていた。
一之瀬家の双子――**奏翔と結咲**も、今年はかけっこやお遊戯に初参加。
遥香は母として、そして教師として、心配と誇らしさを胸いっぱいに詰め込みながらお弁当の準備をしていた。
「ママー、旗の練習してきたよー!」
「ゆさ、リボン振るんだよ~! パパくる?」
リビングの隅で台本を片手にしていた湊が微笑む。
「もちろん。パパ、マネージャーにお願いしてこの日オフもらったからね。
でも……変装して行かないと大騒ぎになるな」
「ヒゲとメガネで行けば?」
「完全に怪しい人だろそれ(笑)」
* * *
当日、朝。
湊はサングラスに帽子、シンプルなパーカー姿で「一般のお父さん」に変身。
こっそりと他の保護者の隙間に混ざる形で会場に現れた。
同行していたマネージャーが撮影班をブロックしつつ、小声で話す。
「湊、見つかったら囲まれますから、絶対目立たないでくださいよ」
「……わかってるけど、うちの子の“かけっこ”だけは最前列で見たい」
「気持ちはわかるけど、最前列が一番危ないっす」
その頃、遥香は保護者席に座りながら、教師モードの顔で応援旗を手にしていた。
(……誰も、私の夫が“あの湊”だなんて、思ってない。
この日だけは、“普通の母”として子どもたちを見守りたい)
* * *
そして午前10時。
「第7競技、年中さん男女混合かけっこ!」
スタートラインに並ぶ双子。
結咲はピンクの靴、奏翔は青のキャップを被り、ちょっと緊張した顔。
「がんばれー!」
遥香が手を振ると、2人はぴしっと立ち上がった。
「位置について、よーい……」
パンッ!
一斉に走り出す中、先頭を争うのはまさかの双子だった。
「いけーっ! 奏翔ー! 結咲ー!!」
サングラスの父親が叫び、あたりのママたちが振り返る。
(やばっ)
慌てて帽子を深くかぶる湊。
双子は見事に1位と2位でゴールテープを切った。
2人で手を取り合ってバンザイする姿に、会場は拍手と歓声に包まれる。
* * *
午後、親子競技が終わった頃――
湊はそっと、会場の隅で遥香に声をかけた。
「……お疲れさま、先生。先生の子は、本当に優秀だな」
「そっちこそ、お疲れ様。“バレなかった国民的俳優”」
「来年あたり、“一之瀬双子デビュー”とか言い出す記者が出ないように、ちゃんと守るよ」
「ほんと、頼むわよ」
湊はにやりと笑いながら、お弁当を一緒に食べる準備を始めた。
その頃、奏翔が言った。
「パパ、なんでみんなに“俳優さんですか?”って聞かれないの?」
「うーん、パパって普段“地味なおじさん”に見えるんじゃないかな~」
「えー、ママの方がかっこいいもん!」
湊、撃沈。
遥香はおにぎりを握りながら、微笑んだ。
(……こうして、穏やかに、子どもたちと笑い合えること。それが今の、私の宝物)
俳優と教師――
華やかで、時にすれ違いもある2人の生活。
けれど、家では“普通のパパとママ”。
その日、湊は日記アプリにこう書き残した。
「家族といる時の自分が、本当の俺だと思う。
今日も“先生”と一緒に、世界で一番幸せな運動会でした。」