表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/36

《続編 第1話》「おかえり、椎名先生」



5年ぶりに足を踏み入れた、桜並木の校門。

春風に乗って聞こえてくるチャイムの音が、遥香の心をふわりと揺らした。


教壇に戻る日が、ついにやってきた。


結婚後、教育支援センターでの仕事を経て、復職が正式に決まったのは昨年冬のことだった。

新年度からは、地元でも有名な進学校の国語科教員として正式採用。


「おかえりなさい、椎名先生!」


職員室で迎えてくれたのは、新人時代に一緒に働いていた同僚たち。

「先生、復帰だって聞いてうれしくて!」と、生徒たちからも声がかかる。


教壇に立ったその瞬間――

「先生って、本当に“教える”ってことが好きなんだなぁ」

と、心の中で呟いていた。


そんな中、彼女の指には光る指輪。

名字は変わっても、職場では「椎名先生」と呼び続けられていた。


もちろん、生徒たちも保護者も、彼女の夫が国民的俳優一之瀬湊であることは知らない。

2人は今も“公私の線引き”を守りながら生活している。


* * *


「ただいまー!」


仕事を終えて帰宅すると、家の中には元気な双子たちの声が響いていた。


「ママー! 今日お兄ちゃんが“信長のマネ”してたよー!」


「ママは“紫式部”っぽいって言ってたー!」


湊が楽しそうに子どもたちの相手をしている横で、遥香はエプロン姿に着替えながら笑う。


「ちょっとパパ、教科書でやったばかりの歴史人物を“ごっこ遊び”にしないの!」


「えー、だって先生が教えるから子どもたちも覚えるの早いんだよ?」


子どもたちが寝静まったあとは、2人だけの時間。


「どう? 久しぶりの教壇」


「……やっぱり、私の居場所だなって思った。生徒と文学の話をしてると、時間を忘れる」


「そんな先生に恋してた高校生が、よくもまぁ今こうして“旦那”になれたよな」


「……まったくね。奇跡の連続よ」


笑いながらも、湊はその手を優しく取る。


「俺は、これからも俳優を続ける。でも……子育て、ちゃんと一緒にするよ。

撮影現場にも“家族用控室”作ってもらうように社長に頼んであるから」


「……さすが、龍雷神グループ。社長も育児支援に協力的ね(笑)」


「いや、正確には“彩香さん(元アイドルの奥さん)”の圧力だけどな」


2人は笑い合いながら、明日の準備を整えた。


* * *


数日後――


湊が主演を務める映画『蒼き城に咲く』が公開された。

プロモーションも順調で、公開初週で興行収入25億円を突破。


「この映画は、僕の“家族の時間”を調整してもらって得た作品です。

だからこそ、命を懸けて演じました」


インタビューでそう答える湊の姿に、SNSでは称賛の声が相次ぐ。


「家族第一で俳優業も一流とか惚れる…」

「湊くん、結婚相手誰なの…公表まだですか?」

「奥さん羨ましい!先生説本当ならすごいロマンチック!」


――でも、遥香は静かに笑っていた。


(誰にも知られなくていい。私は、私の教室で、目の前の生徒と向き合っている。それが、私の場所)


夜、ベッドで本を読んでいた遥香に、湊がそっと寄り添った。


「ねぇ、先生」


「……なに?」


「子どもたちがもう少し大きくなったらさ、“夫婦で歴史講座”とか、やってみない?」


「……その発想、昔の湊だったら絶対しないわよね?」


「今は、あのときの“推しの先生”が、世界一の奥さんだから」


静かに唇を重ねた夜。

“先生”と“俳優”という肩書きの裏側には、穏やかで確かな“家族”が息づいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ