第10話〈最終章〉「あなたを、名前では呼ばない日」
4月某日。都内の高層ホテルにて、
一之瀬湊による緊急記者会見が開かれた。
「またスキャンダルか?」「今度は誰と?」
そんな声が飛び交う中、湊は黒のスーツ姿で登壇した。
深く礼をし、彼はマイクの前に立った。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。
私、一之瀬湊は、本日をもって――皆さんに大切なご報告をいたします」
記者たちが息を呑む。
「数年来、お付き合いさせていただいている女性がいます。
そしてその方と、正式に婚約いたしました」
どよめく会場。
フラッシュの嵐の中、湊は一歩も引かず、続けた。
「彼女の名前は――名前では言えませんが… Sさん。
職業は、教育支援センターに勤める教師であり、私の“高校時代の恩師”です」
記者席に、一瞬の沈黙。
「教師と教え子。職業と芸能人。
その組み合わせに、疑問や批判があることは理解しています。
ですが、私たちは互いに大人になった今、“対等な関係”として人生を共に歩んでいます」
「恋愛も、仕事も、すべて嘘のない人生を送りたい。
私は、彼女を守り、共に生きていくことを、この場で皆さんに誓います」
深く頭を下げる湊に、やがて記者の一人が口を開いた。
「……相手が“元教師”という点について、世間は厳しく受け止める可能性があります。
それでも、なお結婚に踏み切った理由は?」
湊は迷いなく答えた。
「“最初に恋を教えてくれた人”と、“人生を共にしたい”と思ったからです。
教育者として、女性として、そして――私のたった一人の“本気の恋人”だからです」
その答えに、記者席は静まり返った。
その沈黙がやがて、拍手へと変わっていく。
* * *
その夜。ニュースやSNSは湊の会見で持ち切りとなった。
《国民的俳優、一之瀬湊が教師と婚約》
《元教え子×元教師、“禁断”を乗り越えた愛》
《会見での言葉に涙…「最初に恋を教えてくれた人」》
中でも話題となったのは――
湊が発した最後の一言だった。
「これからは、“先生”じゃなく、名前で呼びます。
遥香。これからもよろしく」
* * *
数日後。遥香は教育支援センターの上司たちと話し合い、
教職を続けながら“公私のけじめ”を守ることを条件に、勤務継続が認められた。
「あなたの“教師としての資質”を疑う理由は、何一つありません」
その言葉に、遥香は深く頭を下げた。
また、湊の事務所社長・黄金は会見後こう語った。
「相手が誰でもいい。俺が守るのは“湊の本気”。
あいつがブレずに歩くなら、世間はあとから付いてくる」
* * *
そして――
6月のある静かな朝。信州・松本。
人の少ない平日の昼下がり、松本城を見下ろす小さなレストランで、
一之瀬湊と椎名遥香は、**“秘密の結婚式”**を挙げた。
招待されたのは、両家の家族と、湊の事務所関係者、ごく限られた旧友たちだけ。
白無垢とタキシード。
その姿を見た母親は、ぽろぽろと涙を流した。
「……昔、あなたが“歴史の先生と結婚する”って言ってたの、冗談だと思ってたのよ…」
遥香の父も照れ笑いしながら言った。
「こんなに堂々と幸せそうな娘を見るのは、初めてだな」
湊は誓いの言葉を前に、彼女を見つめて言った。
「学生時代、あなたの背中を見て恋をしました。
大人になって、あなたの横顔を見て決意しました。
これからの人生、ずっと隣で、あなたの“最良の生徒”でいさせてください」
遥香も、静かに涙を浮かべながら応えた。
「ありがとう、湊。あなたがいたから、私は“教師”を続けていられる。
これからは……夫として、私の人生に一番の“読点”をつけてください」
そして誓いのキス。
あの日、秘密だったキスが、いま、祝福とともに交わされた。
それは――
“先生”と“俳優”ではなく、
“妻”と“夫”として交わされた、最初のキスだった。
⸻
【エピローグ】
―5年後―
都内の静かな住宅街。
小さな一軒家から、子どもたちの元気な声が聞こえる。
「パパー! お城ごっこしよー!」
「オーケー! お殿様は誰かな?」
湊は5歳の双子――男の子と女の子の手を引きながら、庭で遊んでいた。
リビングには、教育関連の資料を広げながらも、微笑む遥香の姿。
彼女は、変わらず教育支援の第一線に立ちつつ、今は“子育て講師”としても活動している。
誰に知られてもいい。
誰に笑われても、後ろ指さされてもいい。
「この人生は、私たちが選んだ“真実”だから」
そんな彼女の言葉に、湊は深く頷き、ふと目を細めた。
「ねえ、遥香。……そろそろ、俺のことも“湊さん”じゃなくて、
“パパ”って呼んでもらえませんか?」
「……却下。あなたは一生、“問題児の生徒”です」
2人は笑い合い、肩を寄せて――
静かな午後、愛と未来の続きを、またひとつ紡いでいった。
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