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EQ @バランサー  作者: 院田一平
第1章
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第7話 唯今

挿絵(By みてみん)




その日の内におやじはハマに帰り、翌日黄さんは

おやじを追ってハマに出かけたが、

何故、慌ててハマに行ったのかは、

この時は未だ知らなかった。



「ソン、松田さんが、ブルーシートの残りを全部、

預かるう 言うてるでぇー」


神戸に来て早ひと月が経っていた。


あの日を境に、俺は黄家の居候となり、未だに

シートを降ろす場を探していた。

その朝も、出かけようとした時だった。


「どういう意味なの?」


「とにかく今から、松田さんの家に行くでえ。

朝から来いぃ言うてはったわ」


御影山手と言うエリアで、ブルーシートを

いっぱいに詰め込んだトラックには厳しく、

行き交う車が来ないことを祈りながら狭い

通りを進んだ。大きな区画の家が立ち並び、

小高い丘を登り、突き当たった所に

松田さんの家は在った。



Matsudaと書かれた表札が掛かる、バッキンガム

宮殿の様な門を抜けると、深く輝く

ダークグリーンのロールスロイスが止まる

駐車場横のプールには、薄く氷が張っていた。

ヒンが順子さんと呼ぶ方に通されたリビングには、

真紫色のカーペットとカーテンが目立ち、

大きな大きな窓の向こうに、大阪湾から

神戸の街までが一望できた。



「おはよう。持って来た?シート?」



「おはようございます。はい。トラックには

2千枚ほど積んでいますが、港の貸倉庫にあと、

1万枚置いています」


「わかった。じゃトラックの荷はここに降ろして、

倉庫屋と倉庫の場所と教えてくれ」



「はい・・これが貸倉庫の管理会社です。

倉庫の住所はこれです・・」



と、管理会社の名刺を松田さんへ渡した。


「よし。預かった。あとは任せておけ。

それから。シャオヒンとソン君。

2人は今日から、ここで生活をしなさい」


「・・・・えええー? 

どういうことですん?・・」


松田さんが相手だろうが、場所が何処だろうが・・


大きな声・・


「君たち二人は、今日から俺が預かった。

今から創める仕事を、手伝ってもらう」


「・・はい」 


はい。と返事をするまでに2人は顔を

見合わせて何が何だか?


 余りにも急なことで、想像もしていなかった。


「心配するな。親父さん達と相談尽くだ」


「そやったんですかあ! わかりましたあ!」 


と、簡単に応えるヒンが羨ましかった。


俺も嫌ではなかった。


ただ、ハマでの生活の事に仕事のこと、

やおふくろのこと、何よりポケットには

もう小銭しか入っていなかった。

替えのパンツや・・


とにかく軽いパニックだった俺・・・・


「ソン君、お前さんは一度、横浜に帰りなさい。

でも、身の回りの整理が済んだら、

すぐに戻って来るんだよ」 


と言ってくれた、松田さんの一声で我に返った。



ブルーシートを降ろして、普通の配送車に

戻ったトラックを運転してハマに帰る途中、

落ち着いておさらいをした。


そもそもやりたい事があった訳もなく、

やり残している事も無く、間もなく着くハマで、

することが思いつかなかった。



「ただいま」




 夜遅くになったので、会社に寄らず、

何も変わらないおふくろの待つ団地に直帰した。


「おかえり~。ご飯食べなよ」 


まったく何も変わっていないおふくろのそれが、

俺の決意の後押しをした。


「俺さ、神戸の松田さんの処でさ・・・・」


「よかったね~! 凄い社長さん

なんだってね~!」



 母親に相談するつもりは無かった。

すべてを織り込んでの報告のつもりだった。

おふくろも既に腹を据えていた様子だった。



「そう。まだよく分かんないけどさ、

とにかく頑張るよ 俺」


やっぱおふくろの飯が旨かった。

ファンティエット産のニュクマムは、

俺の中の世界一だと改めて思ったし、

これ以上のハマでの心残りもなかった。



「とうさん達は? どこ行ったの?」



「そうそう~。黄さんをね、赤石さんに

合わせるんだって出て行ったきりなんだよ~」


「そうなんだ~」



赤石さんは鹿児島のご出身で、うちの両親は

懇意にしてもらっていた。


確かおやじとおふくろが未だ老上海で働いて

いた時に出会ったと聞いた。


三州クラブという、鹿児島辺りから全国区の

集まりの役員さんで、俺がもらった名刺には

露日協議会主査という肩書がかいてあった。


お陰でおやじは、鹿児島含めて九州の水産物

や畜産物などなどを産地直で取引ができていた。

おやじの付き合い先には数の少ない

日本人有力者だったのだ。




翌日の夜行バスで大阪を経由して神戸に戻った。




「ただいま戻りました。お世話になります。

よろしくお願いいたしま。」


松田さんとヒンは見えなかったが、

順子さんが出迎えてくれた。


「おかえりなさい。ご飯は食べましたか?」


紫と金の糸のチャイナドレスの順子さんの

声はこの時に初めて聴いた。



「はい。食べました」



食べてなかったがそう答えた。遠慮した訳では

無かったが、胸が詰まったようなドキドキを

隠したとっさの返事だった。



「お父さんとシャオヒンは港に行と言っていました。

そろそろ帰ると思うます」


流暢で丁寧な日本語だった。


ハマで詰め込んだリュックとバックを部屋に

おろしベッドに腰掛けたが落ち着かない。


これからの事への不安も有ったし、

この立派な部屋にも慣れていなかったし。


でもこのソワソワ感は順子さんだ。



「簡単なチキンフォーを作ってみました。

どうぞ召し上がってください」


ドキッ・・ドアの向こうからの声に鼓動が

また高ぶるのがわかる。


「あっ ありがとうございます。

すぐに行きます」


食べた食べないのやり取りは頭になかった。

ダイニングで麺を器に盛るチャイナ服に

エプロン姿の順子さんが眩しすぎた。



「どうぞ。熱いので気を付けてください」



と差し出されたフォー<phở >がどんな物

だったか?フォーを俺の座るテーブルに置き、

そのまま目の前の席に座り込んで両腕に

あごを乗せて見つめられている。



「はじめて作ったの。美味しい?」



<先っきまでのよそよそしい日本語じゃなく・・>


「おいしいです」


<もちろん味なんかどうでも良くて・・>


「わぉ!良かったぁー じゃこれからは

フォーも取り入れるねぇ」


<あごから外れた手が重なって右のホオに

傾いている・・かわいぃ>



<麺どころかスープものどを通らない・・>



「あの・・順子さんはおいくつですか?」



「いくつにみえる?・・ソン君ひとつ教えてあげる。

女性には簡単に歳を聞かないの」



「はい。すみません」


・・すぐに謝ったが・・


「順子さん、なぜ女性に年齢を聞くことが

ダメなんですか?」


「そうね?なんでなんだろう?」


「えぇぇ?」


「私の場合はいつまでも若くありたいって思っていて、

そのための努力をしてるわ。でも何もしなくても

モッちりだったお肌とかがね、一生懸命にケアして

もアーじゃ無くなってくるの。

そうね。思い込みよ。

思い込みを現実に戻される瞬間が年齢という

言葉だわ。

だって私はまだ二十歳ハタチなんだもの」


「20歳なんですかー!?」


「ほら馬鹿にしてる」


「いえいえ。もう少しお姉さんかと

思ってましたが・・」


本当にそう思っていた。

この家の住人で、落ち着きがあって上品で綺麗で・・

俺のトオ上だと言われればそうかとも。

ただハタチと言われれば普通にそうなんだと。


「もう少しってどれくらい上?」


<さすがに十うえ(29)とは思えず・・>


「二十四、五かと・・」



「ありがとう」



また両手がホオの右に傾いている。



<綺麗だ・・>



この時にはやっとまともに順子さんの顔を見れていた。


「それと・・松田さんは日本人ですよね。

順子さんのお母さんは中国人で・・」


「日本人よ。母も父も」


また凛とした順子さんが続けて話してくれた。


「中国人に見えた?この服だからかな。

お父さんの家に来てから中国語は勉強して話せるのよ。

でも私は日本人よ」


「ここに来てから?・・お母さんと松田さんは

別々にお住いなんですね?」


「そっか。そこからのお話ね・・」


いつもの背筋の伸びた順子さんでもなく、

さっきまでの優しくクダけた感じでも無く、

すこし寂し気な・・


「この家には私が中学生の時に来たの。

パパはお父さんの部下だったの。パパが死んで

お父さんが私を引き取ってくれたの。ママは・・

ママも多分もう死んじゃったかも」


複雑・・俺の頭の中の整理がつかない・・と、

キッチンの冷蔵庫あたりからチャイム音。


「あら帰って来たわよ~」


どうやらセキュリティーの音だった様子。


<もっともっと順子さんと二人の

時間が欲しかった・・>



そしてここからは聴こえる筈は無い

ガレージの方から、



「たっだいまぁ~」




<・・・・届く声・・苦笑い>













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