第13話 俺が招いた必然・・
立派に育った家畜の生垣に使われていたジャトロファ
から、間引いた苗木を育てる園さらに、種から
育てる場と、一斉にスタートさせた事業は1年を
待たずに、精油として先ずは深圳に運んだ。
日本への流通には受けての企業環境が整ってい
なかったからだ。俺は、この数年を外から見ていた
日本の"どんくささ"に
苛立たしさと飽きが来ていた。
何が先進国だい。
お前ぇらが馬鹿にする中国を見て見ろ。
いまに追い抜かれるぞ・・
この頃からは松田のオヤジも、
「お前さんも真剣に中国語も取り入れろ」と
言い出していた。
時は2004年、朝の瞑想の終わりには
「俺って絶好調!」
と締めくくっていた。そう、
調子に乗り過ぎたのだ・・
「ふふぅん。サトウキビかぁ。んで?
どれくらいの面積が要るの?」
特に日系が多かったのだが、難儀に当たれば
何処からか聞きつけては"相談"を受ける
ようになっていた。
「不発弾処理だと・・そんな事ある?」
「うん、でもあの戦争をしていた国だからね。
爆弾とかほら、地雷とかがいっぱいあるんじゃ
ないかしら。下手の所を歩けないわねぇ」
「おっ!あんたらJICAの人?どう、
一緒に飲まない?」
東大を休学していた本田智則が海外協力隊で、
ジャトロファの現状を視察に来た時のその
栽培地も、サトウキビ用地として、俺は軍を
使って強引に奪い取っていた。
「それ、さっきからやっていますよね。その
サイコロがどうなれば勝ち負けなのですか?」
「あぁ。簡単なんだぁ。この3つのサイコロ
振って、lớnかnhỏ(ニョー)かを
当てるだけなんだわ」
「はぁ・・ロン?ニョー?ですかぁ・・?」
「あっ。大きいか小さいかなんよ。lớn は大、
nhỏは小。足して9までが小、それ以上はlớn
なんだわ。本当はもっと複雑な遊びなんだけど、
簡単にしてんだわぁ。やろうぜ!」
「あああ・・むずかしいですね・・」
「そんな空中で振るかんよ・・テーブルの
上でやんなよ」
この頃から、すっかり順子の待つ家で夕飯を
喰う事がなくなり、仕事の付き合いと言っては
夜の街へと繰り出していた。ナイトクラブや
KARA.OKにはもちろん、気の利いたレストラン
にもこのダイスセットは置いて有ったが、
俺はMyダイスカップにmyダイスを
持ち歩くほどだった・・
「・・もう・・飲めません・・」
「勝ちゃいいのにぃ弱えからぁー ふふぅん」
「いやぁ彼女ら・・強いし・・
というかズルですよ・・」
「ふふぅん。この子らに限らずさ、ここの
連中は遊びも真剣にするのよ。ズルく感じる
かもしれ無えけど、イカサマきゃ無いえだろ?
勝ちへの執念さ。したたかに粘り強くね・・
ベトナム人には勝て無えとこさ」
「・・アメリカが負けるはずですね・・」
「本田さん?だったよね。悪りぃな・・
あれだろ?
ジャトロファの研究、止まってんだよな・・」
「はぃ・・それを?なぜ松田さんが悪いと
おっしゃるのですか?」
「ああ。あそこの栽培地はな俺が取っちまった
んだわ。ま、しばらくはあのままだけどな。
何にしろ、もう
あんた方はあそこには入れ無えわな」
「ああー!あなたが!いや・・うちのTopが
言っていましたが、農業農村開発省にクレーム
しても、あなた方日本人の仕業だからって
受け付けてくれないと。
日本人の仕業の当人ですかー」
「ん? そんな事言ってんの?」
「はい。商工会の方々もその様に言っている
そうですので。あっでも・・そうですね・・
松田さんって・・
裏社会の・・その・・」
「はぁ? 裏社会ってなに?」
「・・いえ・・その・・商工会の方が、
関わらない方がいいと・・その・・」
「何よ?その商工会の連中が俺に?
関わるなって言ってんの?」
「・・はぃ。そうおっしゃって・・」
「それってさ、俺って特定してるのかな?
松田って・・」
「いえ・・そこまでは判りませんが・・」
"おいおい!俺って有名人かも!"的な
可笑しな優越感を感じて、更に調子に
乗る馬鹿だった・・
その日本の商工会がどうのでは無く・・
農業省やその"噂"が、正確にしかも早く出回っている
現状に警戒こそして然り。それどころか、
お馬鹿の図に乗る俺は、その夜もおねぇちゃんと
サイコロを転がしていた・・
金で誘った女と店に出て、バイク置き場へ向かった
ところまでは記憶が戻ったが・・
息苦しく、顔は頭から被せられた黒い袋が息を邪魔
している。全身を何かで巻かれているのだろう、
袋を取るにも手も足も動かない。口に流れて
しょっぱいのは多分、開かない右の目か感覚のない
米神辺りから滴る血。
頭の天辺から足の指さきまで感じ取ってみるが、
どうも感覚できない場所が幾つもある。
聴こえそうな左の耳を上に向けようと、
体を反転してみると、
「ฉันคิดว่าฉันตื่นแล้ว・・」
「พาเขามานี่」
タイ語か?・・
耳を澄ませてもう一つにも気が付く。船の中だと。
色んな・・状況を掌握しようとする感覚とそれに
追いつかない身体の無感覚さ。吐き気と悪寒・・
何度も何度も気を失った・・
どれ位の時間をそうしたのかは分からない。
気を戻す度に体の状況が少しづつ解ってくる。
右側の目も耳も、手も足も腰も感覚が無い。あと、
左足の膝が強烈に痛い。
泣いた。目を覚ます度に泣いた。
声が出ていたかは定かでは無いが、
涙は両目から出ていた。
そして、移動か?俺を連れ出そうとしている
のだろう、右腕を引き上げられているのだが、
脚が前に出ない。大きな声のタイ語が聞こえる度に
鈍痛が走るが身体は重力に引き寄せられる。
袋を外されて眩しい光の先にはタイ語の標識や
看板が見える。滲んだ左目を細めてみると
バックミラーに映るのは俺の顔なのだろう・・
遠のく意識に"死を覚悟"しはじめた。
「あんたら誰?俺はどうなる?」
日本語でそう言えた。
自分でもそう確かに聞こえている。
「Anh sẽ đối xử với tôi như thế nào?
Bây giờ tôi sẽ như thế nào?
(俺をどうするんだい?)」
念の為にヴェトナム語でも声を出してみた・・と、
「Ta sẽ xé xác ngươi ra từng mảnh và đem bán.
(お前の体をバラバラにして売るのさ)」
走馬灯の様に過去の記憶が巡ると言うが・・
想い出すにも何も出てこない。
順子さん・・ヒン、Mai・・松田さん・・
おふくろ、オヤジ・・
順子・・ごめんなさい・・
ヒン・・いやカオルだ・・
何だったのだろうか?その頭に浮かぶ順番では無く、
順子への謝罪でも無く・・
ただ、その辺りから無性に笑いが止まらなかった。
「ハハハハハあ」
そうカオルが俺に降りて来た。
「Anh vui vì điều gì vậy?
(なにが嬉しいんだぁ?)
Anh bị mất trí à?(気が狂ったのか?)」
「あんたらが俺にこんな事して、何んの
得があんのよ」
※ベトナム語省略
「はぁ?お前の身体でうまくいけば、10万ドル
にはなる。簡単な話さ」
「ハハハハハあ。嘘つけ。たかが10万ドルの為に
ヴェトナムまで来て割りに合わ無えだろよ。
俺が邪魔なだけだろ?」
「ふん。金は100%俺らの取り分さ。お前を殺す
ついでのな」
「やっぱそうかい。俺を殺すことが目的じゃんよ。
そうか。てことは、内臓は大丈夫だな」
「はぁ?お前本当にキチがいになったな」
「だってそうだろよ。俺の臓器を売って銭にすんだろ?
なら、傷付け無えわな。よし。なら俺はまだ
生きられるって事だ!」
「ふん。いいぜ。生きたまま心臓もエグッて
やるからな。いつまで生きていられるか」
「おっ!ならよ心臓は1番後にしてくれよ。そしたら
俺が10万払うかんよ」
「はぁ?お前が10万も持ってるのかい?」
「ああ。俺の財布はどこだい?Card取ってくれや」
「馬鹿か。カードに10万も有る訳ないだろう!?」
「試してみろよ。それからでも遅く無えだろ?
そのCardで10万取ってから、俺の身体で
10万にすれば20万じゃん」
「สิ่งที่เขาพูดเป็นความจริงหรือครับ」
「ฉันจะลองดู!」
何を話したかは分からないが車が反転した。
しばらく走ると、
「Anh nhất định hãy rút tiền nhé.
Đừng làm bất cứ điều gì khác.
(金だけを出せ。余計な事はするな)」
「おいおい・・俺さ、手も足も動かないんだぜ。
Passwordは3489だ。行って来いよ」
※ベトナム語省略
「だめだ。俺らじゃそんな大金を1回じゃ出せない。
外してやるからお前が行け」
「だからさぁ。テープを外しても動か
無えんだってぇ。左足はこれ折れてる?
右は感覚が無えんだって。嘘じゃ無えよ。
ほらぁ目も開かないんだぜ・・」
乗って来そうな奴らを前に、直ぐにでも
金を出したいのだが・・
どう力んでも動こうとしないし・・痛い・・