第12話 度を超す種(たね)
俺はジャトロファを追いかけて、商談の為に
ジャカルタにいた。
インドネシアでは、規模は小さかったが至る所で
それを栽培し始めていたからだ。
ここではある程度の量も確保できそうなのだが、
精油をこっちで精製するのか、ニャーベに材を
運ぶのかで現地との折衝が変わる。
とにかくニャーベに電話を飛ばす。
「唐さん、麻风树的产量应该可以保证。但是,
考虑到运输成本,还是在当地提炼精油比较好。
请告诉我你的想法。(やはり量は確保
できそうです。でも、コスト的に現地で
精製した方がいいと。どう思いますか?)」
「それも卵が先か鶏が先か・・だね・・
設備投資は必至だけど、その甲斐が本当にある
のかが大事だね。つまり、交渉が難しいかも
しれないけど、量は確保しながら、投資の件は
胡麻化しながら・・
みたいな・・その材の確保を確実に
してから金の計算だね」
※中国語省略
「なるほど。工場に投資してもまた・・
裏切られたらキツぃですもんね。やっぱ、
農地を自前で確保して、ういらで栽培した
方が良さそうですね」
「うん。それで金の試算もした方が
いいと思うよ。
自社栽培しながら、足らずを買い取りに
走る方が無難だよ。」
立場有る人と交渉をする際にはこの、
"鶏が先か卵が先か"で譲れずに破断する
ことが多かった。
インドネシアでも譲れぬ話の中で確約
までには至らず、自前路線を念頭に
ヴェトナムでの栽培地探しに絞る事にした。
乾燥地にも強く育つジャトロファでは
あるのだが、
豊富な養分を持つ土地で育てた方が油分の
保有量が3倍にもなるというデータから、
その適応地を当たっていた。
「竜司なんやぁ?最近は外、
出回れへんのんかぁ?」
「うん・・走り回ったけどさ、結局、近場で
自前で栽培しようって事になってさ。
その土地を探してんだけどさぁ・・
何か解せないんだよなぁ・・」
「あるやろぅ?いっぱい?何が
納得でけへんねん?」
「うん・・荒れ放題でさ、なんも作って
無え土地なのによ・・使わせてくれとか、
売ってくれったって・・
もう人に貸すからとか、もう売っチまったとかよ
・・
何なら、ここはジャトロファを
栽培すんだぁーって言う所もあってな・・」
「はぁ?ジャトロファの事、知っとんのかぁ?」
「うん・・だからそこいらが解せ無えんだわ・・」
「へぇー・・何や分らんけど、とにかく土地を
探したらええんやろぅ? マイにも
オヤジにも聞いてみるわぁー」
「ああ。金の事もあるしさ、Thaiさんにはどっち
にしろ話さなきゃいけ無えんだわ。今度
いつ帰って来んのよ?」
カオルの連絡でMaiの親父さんThaiさんは、
直ぐにシドニーから戻ってくれた。
「Son,Các bạn đã để mắt đến những điểm tốt.
Từ bây giờ giá dầu thô sẽ ngày càng cao hơn.
(みんないい所に目が行きましたね。これから
原油価格は鰻登りだよ)
Giá của hôm nay là 48 đô la. Nó sẽ sớm tăng lên
50 đô la và sau đó là 60 đô la.
(現時点で48ドル、50-60ドルと上昇します)」
「そんなにですか?でもこの事業も私が言い出し
たことでは無いのですよ・・陳さんの
グループなのです・・」
※ベトナム語省略
「はははぁ、誰が企画しても我々の仲間です。
私はもう周りに自慢していますよ。でも・・
ソン君、Oil産業はね・・恐ろしいモノですよ・・
松田さんは何と言っていますか?」
「恐ろしい?ですか・・はい。オヤジは
マネジメントも、この事業はマネジメントも
俺にやれと・・」
「ほう。全てをソン君に?なるほど・・・・」
Thaiさんはいつもの様にニコやかな笑顔では
あったが、その目はどこか遠くを見ていた。
数分の沈黙後、
「私はしばらくサイゴンに滞在して、
調べてみますよ。
こんな変動期の事、そのジャトロファを
欲しがる組織は少なくない筈です。
動きを探ってみますよ。あなたは、
松田さんに今日の私の意見を伝えてください」
「それってやはり、もう既に競合が居るって
ことですか?もう遅いかもってことですか?」
「いえ。いやはい。既にもう計画されて動き
出していることは間違いないでしょう。しかし、
遅いとは思わないよ。我々も専門分野ですし、
既にナマズで精油も販売している。これは大きな
Advantag(優位性)です。
私の意味は、狭く恐ろしい産業の中で、
誰が動いているのか、つまり、敵を知って
から策を練るということです」
「はぁ・・・・」
何か解せなかったところ・・
妙に何かを隠す地主や農家のあの態度も、Thaiさん
が言う"狭く恐ろしい"を当て嵌めると合点がいく。
「任す」という言葉を恐れながら、俺は
神戸に連絡を入れた。
「ほう。タイさんがそんな事を言ってたのかぁ。
なら買いだな。60ドル超えるかぁ。おっ、
光一ちゃんにも教えてやんないとな」
<そっちぃ?・・>
「はぁ・・鰻登りだと・・このまま100ドル超え
もあり得るって言ってました・・」
「よし!買いだ!」
「はぁ・・あの・・お父さん・・」
「ふふぅん。ソン、"油問屋"ってのは誰でも
なれるモンじゃ無えんだ日本でもな。
タイさんの心配は間違っちゃいねえ。でもよ、
俺らが扱う量なんざたかが知れてるわ。
それに新興油だ。俺が責任
もって捌いてやるからよ。
出し所は日本のゼネコンと量によってだが、
陳の大陸も考えている。そこが競合しなければ
大した敵は出て来ねえだろうよ」
「はい!じゃ俺、やっぱとにかく物量を
確保に走ります」
「ああ。でもよ、タイさんの話はしっかりと
聞くんだぜ。 万が一ってこともある」
"万が一"なんざ、当時の俺にとっては耳に残す
言葉じゃ無かった。
そんな言葉より"俺が責任を持って捌く"と
いう松田のオヤジの強い言葉そのままに突き進んだ。
Thaiさんには来月、3月後半年後1年後と、
原油価格の予想を貰い、上がり続けるそれに
合わせて、強引に農地を奪って回った。
「ソン君、モベルベトナムって世界のモベル社と
ベトナム政府機関の合弁会社があるんだけどね。
その政府機関の株をタイのあるグループが
シンガポール経由で買い取ったそうなんだよ。
そのタイの連中が次世代燃料へのファンドを
これまた、シンガポールで立ち上げたそうなんだ」
「はぁ・・それが?・・」
「どうやら、そのタイのグループからの号令で、
ベトナムでジャトロファを栽培する連中が
働き掛けをしているそうなんだ」
「つまり俺らの競合相手がそのタイの連中と?」
「うん。可能性が高い。それが厄介な
連中らしんだ。
政府もカンカンでね。ベトナム国内の
民間企業に株を渡すのが目的だったのを、
騙しだましでカッパらったそうなんだよ。
そもそも外資のモベル社の
悪巧みだと結論付けているんだ」
「そのモベル社とタイのグループが手を組んで、
ベトナム政府を騙したと?」
「そうなるね。事実は不明だけど、こっちは
そう考えているみたいだ。昔ね、国営の
ペロロ石油がマレーシアのペロロナズから
Know-Howを受ける際にもタイの横槍が
あった経緯もあってね・・」
「へぇー!確かに恐ろしい世界なんですねぇ。あっ!
んじゃThaiさん、可能性の問題ですが、俺らがその
タイの連中と争っているって、政府関係に
持って行けばぁ、政府が、
こっちのケツを持ってくれるんじゃないっすか?」
「はははぁ。もともと軍関係の機関だったからね。
彼らなら乗って来るかもしれないね。
話してみるかい?」
何れにしろ、どっかの政府機関に通さなければ
ジャトロファの精油事業は落ち着かない。
それが公安やら軍なら・・心強い。
Thaiさんの人脈と根回しもあったが、
予想外に早かった。
Phú Yên(フーイエン省) 、
Khánh Hòa(カインホア省)、
Ninh Thuận(ニントゥアン省)の
広大な管理地をジャトロファ栽培用に
用意してくれた。更に、
連中が仕込む用地の情報や、ベトナムへ
出入りする連中の個人情報もくれた。
俺は、軍への袖の下から用地買収資金、
栽培から精油迄の金を預かって、金の多い少ないで
動く人々と都度、握りを(決めごと)して
派手に使っていた。
そして起こる"万が一"を知らずに・・