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EQ @バランサー  作者: 院田一平
第1章
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第6話 協力同心

挿絵(By みてみん)





眠れないままの玄関口で最後の1本を吸おうと

したときはもう時計は6時半を指していた。



辺りはまだ薄暗く日が出る少し前だった。

近づいてくる重サウンド。グレーの様なグリーン

の様な、色はハッキリと見えなかったが、

深く輝いたロールスロイスが前に止まり、

後ろの席から真っ白のボルサリーノを深々と

かぶった、ロングコートの男が出てきた。



「優ちゃん、どうしたん?」 



車の気配なのか、音だったのか? 

とにかくお母さんが出てきて声を掛けた。


「早くからすみません。上がってもいいですか?」


低音でハスキーな声。俺は火が着いたばかりの

煙草をもみ消し、会釈をして逃げるように

中へ入った。


知り合いだということは判ったのだが、そう、

逃げていたのだ。


男が居間に腰かけると直ぐに、

親父さんが出てきた。


「優ちゃん早いやん どうしたん?

 昼頃なあー 言うてたやん」


「いえね。こう言うのは、しっかりと理解したい者

なんで。詳しく話を、聞かせてもらおうと

思いましてね」


「ああ そうやんな。それはごめんな。簡単に

 ハイ頼むわー じゃあかんわなあ・・・・」


そこへ、うちのおやじも起きて来た。


「ああ宝ちゃん、昨日いうてた、優ちゃんや。

優ちゃん、こっちがその、グエン・バオ・チャウ

言うねん。同胞やねん。

生粋のベトナム人や」


「どうもはじめまして。今回は急に、

とても非常識な話で申し訳ございません。

それに、大変ご面倒なお願いもしております」


「いえ。  随分、しっかりとした日本語を

話されるのですね。安心しましたよ。

言葉って言うのは、大事な時もありますのでね」


上目使いで親父の目を見つめて、凄みのある声で

話されているが、嫌みが無く、温かみを感じた。


「どや優ちゃん、わかるやろ。苦労しとんねやあ。

頭は切れるで。なんや、どない言ううんかな? 

宝ちゃんとやったら、一緒にうまいこと

支え合えるぅ 思とるんや。

そこのソン君は宝ちゃんの長男で、

うちのヒンの連れやねん。毎日二人で

ブルーシート配りに行きよるねん」



「ブルーシート?ですか?」



「あ そやねん。 

そのブルーシートがなぁ宝ちゃんがな・・・・

年末に・・・・・・」


少し話を盛ってはいたが、どんどんしゃべり続ける

ヒンの親父さんのマシンガントークを、

この優さんは、一字一句噛みしめている様だった。


しばらくの間の後、


「なるほど。解りました。グエンさんとなら、

兄弟付き合いしていいでしょうよ。

よかったじゃないですか。同胞で兄弟と出逢えて」


<かっこいい!

こんなお兄ちゃんか親父がいあたらなー>



「そうかあ。そう言うてくれるんか。ありがとう。

ホンマにありがとう。やっぱり優ちゃんは、

百まで言わんでも解ってくれると思うとったわ」 


<いや100どころか1000は話したでしょう・・>



「ありがとうございます。わたしも急な経緯ながらも、

この出会いに感謝しています。黄さんのお心にも、

わたしがずうっと求めていたモノを感じていますし、

もう独りでは無いのだと思うと、力が湧いてきます。

わたしはお世話になった日本にも、祖国ベトナム

にも恩返しがしたいのです。どうか、ご指導を

いただけましたら幸いです」



おやじも堂々としていた。



「はい。解りました。 私ごときが、

どうこう言うことも無いですよ。

それより、私から本題に入らせてもらいますが 

よろしいですか」


「ん? なになに? なんや優ちゃん 本題ってぇ

・・なにぃ・・??」


ヒンの親父さんだけでは無かったと思う。



本題??



「いえね。 実は先週、引退したんですよ」


「引退・・・・ってぇ・・優ちゃんまだ40?

・・46やん・・

今まで命がけで組織守って来て、

今からやん・・・・」 


・・組織・・やっぱり。と、俺は思った。

どう見てもそっちの世界の人にしか見えなかったし、

そんな感じしかしなかった。


「なにも昨日今日、決めたことじゃないですし、

去年、先代の三回忌を済ませましてね、

<三回忌まで松田に任せる>という先代の遺言でも

ありましたし。この世界、先代の遺言を全う出来たら

縁も切れますしね。なにより今回の地震は、

私にとっても重い物ですよ」


「そう・・かいなあ・・・・まあ 優ちゃんが

決めたことやしな。それこそワシらがどうこう

言うわへんけんど・・おしぃなぁ・・」


ヒンの親父さんの身体が急にひと回り

小さくなった様にも見えた。


「何も極道の私だから、お二人の見届けを

依頼したんじゃないでしょう?」


<優さんにもそう見えたのかな?>


「そ・・それは間違いないで。そんなん関係ない。

優ちゃんやからな。優ちゃん個人に頼んだことや。

間違いは無いでえ。 そいう事や無くて・・

勿体ないなあ・・思うてなあ・・・・」


「勿体ないか。そうですよね。今までやってきた

事業はすべて、組に置いて出ますので」


目尻が落ちて、初めてこの人(優さん)の笑顔を見た。


「あ・・やっぱりかいなあ・・全部・・かいな・・

ひとつでも持って出られへんの?」


何か?あきらめの悪いヒンの親父さん


「残しません。裸一貫です」


さらに目尻が落ちていた。


「はだか いっかん・・って・・・・」


もっと小さくなっていた。


真顔に戻した優さんが、

「さて、本題です」

と。


「私はもう、親も兄弟もいません。そんな折に黄さん

から<縁結びの見届けって話>を聞いて、羨ましく

思ったんです。堅気の世界でも、

契りが成り立つって事が」


ヒンの親父さんが慌てて、


「うっ・・うらやましいって・・ごめんやで・・

優ちゃんが思うてるワシら誓いってなあ・・

ちょっと ちゃうかもしれんで・・まあ多分、

基本はおんなじかも知れへんけど、ワシら中国人や

ベトナム人はなあ、<他人が身内になる>ことで

<親兄弟>の様に付き合おうやー・・

みたいな感じやねんで・・

そないにキツイもん ちゃうねんで・・」


「同じです」



「そう・・・・かなぁ・・・・」



「同じです。極道も堅気も、日本人も

中国人もベトナム人も。 

金がある奴は金を出し、力がある奴は力を出し、

金も力も無ければ知恵を出し合う。

こういうことでしょうよ」


「おおお!そやねん。それやねん。やっぱり

解っとるやん 優ちゃん。 なあ、宝ちゃん」

「はい。目的を成すには、お金も力も知恵も必要です。

同じ目的を持つ者同士が、理解し合えば、

独りよりも二人の方が、成すも易しです」


「グエンさん、改めてお話ししたいのですが、

よろしいでしょうか」


「はい。もちろんです」


「裸一貫になってしまったこんな極道崩れの者ですが、

黄さんとは青っ鼻を垂らしていた頃から、もう永い間、

互いに穴を埋め合って来ました。勿論、

これからもそうして、互いに付き合って

生きて行くでしょう。

そこでご相談なのですが、 私も、 

兄弟の輪の中に入れていただけませんか」


<・・・・は?・・>



少しの間ではあったが シーンとしたあと、




「おいおい優ちゃん・・ちょっと・・・・

ホンマかいなあ・・?」


ヒンの親父さんにも、思いもよらない優さんの言葉

だったのだろう。穴の詰まった水鉄砲的トーク・・


「ありがとうございます。あまりにも簡単に

お返事いたしますが、喜んで兄弟と

呼ばせていただきます」


<マジ簡単すぎ。空気読めてる?

うちのおやじ・・>



「おいおい宝ちゃん・・・・

どないなっとんねん・・・・

まあそら・・ええこと・・

なんかなぁ・・・・久子 どう思うぅ」


(奥さん:ヒンのおふくろさんは、朱久子と言う)


「ハハハハハあー ええんとちゃう。

優ちゃんがそう言うてはるんやし」


「・・そやなあ。ハハハハハあー ハハハハハあー」



松田さんは後に、この事をこう、俺たちに諭した。


『世の中に偶然なんて無いんだよ。全てが必然よ。

成る様にしか成らないんだよ』 と。



「よし!そうと決まれば乾杯やー!」


「ネップモイでよろしいでしょうか?」


<また・・ネップモイ・・>


「いや。ちょっと待って。 そや! 

関帝廟 行こうや!」


元通りの身体に戻ったヒンの親父さんが切り出す。



「かんていびょう ? ですか?」



「そや。関羽さんを祀ってあるんや。  

ええやろ? 中国式でも」


「私は構いません」


「宝ちゃんも それでええやろう?」


「もちろんです。お任せいたします」


「よし! 行こうや。 みんな行くでぇ!」



うちのおやじも、初めて乗せてもらった

ロールスロイスが余程良かったのだろう。

ハマに帰ってからも


「いつかはロールス いつかはロイス」


って、リズムを刻みながら口ずさむ様になっていた。



協力同心の誓い


「我ら三人、姓は違えども兄弟の契りを結びしからは、

心を同じくして助け合い、困っている者たちを救い、

国に報い、家族を安らかにすることをここに誓う」


1995年2月25日   

神戸関帝廟にて




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