第5話 小奇跡
おふくろ達がハマに帰って以降、ひとりで避難所の
テント生活をしていた俺だったが、周りは
にぎやかだった。賑わうと言ってしまうと被災
されたそこ人たちに怒られるだろうが、日に日に、
毛布が山積みのように届いたり、温かい食べもの
が増えたり、水道が出るようになったりと、
明日への希望みたいなものを
感じられる様になっていた。
「ヒン、悪りいね。付き合わせてさ」
いつもの様に運転するトラックの助手席に
ヒンがいることも大きな変化ではあった。
「なにがや? お前ひとりでシート配るより
、2人の方が早いやろー」
「聞いて無かったから・・何なんだけどさ・・」
「何をや?」
「ヒンは仕事 何してるんだよ?」
「おぉ!言うてなかったかぃなぁー」
「聞いてない」
「ぼでえが~どや」
「・・は?」
「はぁ?ってなんやねん。
ボディーガードしらんのんかぁぃ?」
「それなら知ってるよ。てか何?
どういうことをするの?誰をガードするの?」
「よー聞きや。大きな声では言えないけどな・・
小さな声では 聞こえへんやろー!」
左耳の鼓膜が炎上・・
「マジやめてくれよ。それ吉本じゃん。
冗談じゃなくてマジ教えてくれよ」
<ムカついているが知りたい俺>
「んーー。まぁ仕事あんまり無いんやけどな。
クァンジャニンがプロでな、いろいろと声が
掛かるんよ。ホンマにヤバイのんは本物の人を
守るときかなぁ。準備も大変やし、
打ち合わせが長ぁぃ。楽なんは、
お茶らケ金持ちのお飾りの時かな。」
「おちゃらけ?金持ちの飾り?どいう意味?」
「決まって黒ずくめのスーツ着て来いだの、
黒いサングラスして来いみたいなオーダーで、
危険なんか無いんや。なんも狙われて無いしな。
俺らみたいな連中が自分をガード
しとるところを見せたいねん。」
「へぇーーー!」
「そんなんどうでもええやん。
仕事みたいなモンどうにでもなるわ~
ハハハハハあぁ」
少しづつ少しづつ、ヒンが分って来たような。
「んで?後どんなけシート配るんや?」
「・・まだこれ3台目なんだよ・・」
「なんやそれ? 1台にどんなけ積めるんや?」
「150包」
「? それは何枚やねん?
横浜から15,000枚 持って来たんやろう?」
マジ左耳が限界・・<もちょぃでいいから・・
声・小さくしてよ・・>
怒ってるのか?これがヒンの通常なのか?
やっぱ未だ判っていない・・
「1車に1包が10。1500枚しか積めないんだ・・」
「はあ?まだ4500枚しか
バラ撒いてないんかあぃ・・?」
「バラ撒くって言うなよ・・しかも、
正確にはまだ3000枚と少し・・
なんだけど・・」
「ラチあかんわ。もうどっか
そこらの道端にでも置いとこやー!」
「・・・・」
ヒンの冗談なのか本気なのか?解らないが
賛成!と言いたかったが・・親父の顔が浮かぶ。
いずれにせよどういう訳か?ブルーシート配りを
手伝ってくれたヒンだった・・
独りの方が気楽だったのだが、日暮れには
ビーナスブリッジの麓の公園で、例の
ルーカス・クァンジャニさんに、ハップキドーを
教えてもらうことが楽しみだったので、
ヒンを無視する訳にもいかず・・
そんな折、<TELください>と
おやじからのメッセージがポケベルに。
たしか、翌年だったと思うが、携帯電話
(ピッチ)を手にするまでは
このポケベルが当時の連絡網だった。
「車が空かなくてさ・・新幹線で
行こうと思うんだけど・・ソン、
新大阪まで出向いてくれない?
ソンに合わせてさ、新幹線に乗るから・・
だから、黄さんとも日時を
調整しておいて欲しいんだ」
「迎えはOK。ヒンのおやじさんに
確認して明日にでも電話するよ」
「オヤジさんかあ? 来るんか?
いつ来るんや?」
「そうそう。新幹線で来るって言うんだけどさ、
あれじゃん。まだ大阪止まりじゃん。
だから大阪まで迎えに来いってさ。あと、
ヒンのおやじさんの都合を聞けって・・」
「そうかあ。よっしゃ。ほな、今晩もうちに
来いやー。練習終わったらクァンジャニも誘って
そのまんま一緒に帰ろうや!」
ありがたかった。ヒンの家へはいつ行っても
みんなが温かかったし、変わらずあの旨い
中華が食べれたからだ。
間も無くして、おやじが神戸に入った。
新大阪駅から直接、南京町にあるヒンの親父さん
のオフィスでおやじを降ろし、俺とヒンはシート
配りに戻った。おやじは黄夫妻(ヒン両親)の
案内で一通りの神戸を見歩いたらしいが黄家に
招かれたのだろう、夕暮れにヒンを送り着いた時
には、テーブルの上にも下にもネップモイの
空瓶が転がり二人とも顔を真っ赤にしていた。
わずか半日ほどの間に、そうとう気が
合ったのだろう。
あとで知ったのだが、うちの親父が1
946年6月20日生まれ、
ヒンの親父さんも1946年6月20日生まれという
、奇跡的な同い歳が判った瞬間、
抱き合ったそうだ。
そんな二人。話が止まらない。
「私の日本語の教科書は、漫画だったのですよ。
<釣りバカ日誌>っていう。もちろん、
基本はセンター(難民センター)で教えて
もらったひらがなやカタカナなんですがね」
「そうかいな。懐かしいなあ。
ビックコミックやったかなあ?」
「そうです。毎週、次の週の発売までに、
その週の言葉を覚えるのが目標でした。
だから、当時の私の日本語は<ハマちゃん言葉>
だったのですよ。ハハハハハあ」
「ほな、釣りも好きなんかいな?」
「はい大好きです。でも私の釣りは
食べる為の必死の釣りでしたよ・・
ハハハハハあ」
ハハハハハあ と、ヒンの親父さんもおふくろさんも・・
ハモる・・と、
「ハハハハハあー」
・・・・ひと際大きな笑い声 え?
お前もかよ・・・・
<もちろんヒンの笑い声>
「わしもね、ハマちゃんファンやねん。まあ、
ハマちゃんと言うよりも。西田敏行ファンかなあ。
漫画も見とったけど、映画 言うたら、
男はつらいよと釣りバカやったもん」
「そうですね。西田さんだから、ハマちゃんのあの
イメージを作れたのでしょうね」
「それや。そうやねん。そやけどな、
あの映画の・・あの西田さんの演技なあ、あれ、
ドリフターズみたいやなかったか?
ドリフのコントみたいやなかったかあ?」
「ほう。そうですよね。似てましたよね。
でも覚えているのですが、あの頃、
私もそうでしたが、ほかの人々も、
日本中が何か、あの様な身振りや話し方で。
それが、ドリフやハマちゃんを真似ていた
訳でもなく・・何というか・・・・?」
「そやねん! ホンマ そうやねんて」
ヒンの親父が声を張って続けた。
「みんなが、日本中が元気やってんて!
しょうもない チィッチャイ ちぃっちゃい事を
ウジウジせんと、みんなで助けおうて、
笑い飛ばしよってんて」
「そうです! そう言いたかったのです!」
おやじも声がデけぇ・・
「ハハハハハあ ハハハハハあー」
・・・・もう止まらない。
ドリフターズも知っているし、ハマちゃんも
知っていたが、そこまで盛り上がる話しかと・・
これまた俺には理解できなかったのだが・・・・
ヒンの親父が、さらに太く大きな声で続けた。
「なあ Nguyen Bao Chau(阮宝州)よ」
と、うちのおやじをフルネームで呼び、
目に力を入れていた。
「俺ら、兄弟になるぞ。今までは別の道やった。
今からは死ぬまで共にや」
と、差し出された手を強く握りしめ、
「はい。そうしよう」
目の前に座る俺を見ることも無くおやじが応えた。
俺も、反対する気も無ければ意見も無い。むしろ、
嬉しかったし、酒も飲んでいないのに、体が熱く、
興奮していた。
それは初めて覚えた感覚でもあった。
あのヒンですら、無言でいて薄っすらと
涙ぐんでいるようにも見えた。
「よし。そうと決まれば。早速、約束の誓や」
「ネップモイで、乾杯ですかね」
何でもネップモイのおやじ・・
「いや・・ちょっと待ってよ」
と、どこかに電話をする親父さん。
もう深夜の2時を過ぎているのに・・
「優ちゃん?おそうにごめんなあ。
・・・・・・・・ほんだら、頼むでー」
と、短い電話であったが、誰かにも明日の
昼頃に来てもらう内容であることは解った。
「どなたですか?」
おやじも気になるのだろう。
「松田優二いうてな。ええ男やねん。
歳はワシらより3つ下やけどな、まあ、
地に足が喰らい込むぐらい、ドッシしりと
しとるんや。優二もな、元町生まれで粋な
やっちゃねん。宝ちゃんにもどうせ紹介も
せなあかんしな。ワシらの誓いを
見届けてもらおう 思てな」
「そうでしたか。色々とお気遣いと
お手間をお掛けします。
よろしくお願いいたします」
「もうー――ぉ!宝ちゃん・・硬い事
いうなやあー ワシら兄弟やで。
おっ。そうそう。ソン君も ヒン!
ヒンも、明日は乾杯やで。居りよ」
「はい」
と、声は変わらずでかいが、
なぜか?ヒンがしおらしい態度だった。
「さあ今日はそろそろ寝るかあー。
宝ちゃんもソン君も今日はここで寝えよー」
と、親父さんの掛け声で、長い夜が終わり、
横では何事も無かったかの様に、おやじはイビキを
かいて寝ていた。俺は、体の火照りが沈まず一睡も
できないまま、外で煙草をふかしていた。