第30話 水天一碧
年明け3日から一晩掛けて挨拶にと車で来ていた
順子さんをおふくろに託し、俺は去年の成人式
以来に集まった地元の仲間達に合流した。
各々の自慢話やら誰がどうの奴がどうしたのと、
かなりの時間を共にしたが、1年が止まっていた
のかと思うほど皆んなに変化は感じなかった。
俺は聞かれる事には答えたが自分から何を話す
こともなく、同い年のヒンと奴らを比べていた。
俺にとって親友とは、ガキの時分からの
友では無く、付き合いは短いがヒンが一番の友
なんだろうと、10日ほど離れていたヒンが
恋しくなっていた。
お遍路をひと月ほど掛けてまわると言う松田さん
が指定していた、2月1日がこの年の集合日という
こともあり、順子さんと高崎を経て日本海側から
3日掛けて神戸に戻った。
思いの外キレイな松田家の庭を見て
ヒンが居る事が分かる。
「おーいヒーン!」
「お!元気そうやなぁー順子はんもぉー。
おめでとうさぁん!今年もよろしくたのんまぁす」
「お明けましておめでとうぅ。
今年もよろしくねぇ」
ここが我が家なんだとすごく実感した瞬間だった。
その日からはヒンと順子さんも加わって、
年末に出来なかった大掃除をしたり、クワンジャニム
とのハップキドーの練習を再開したりと
あっと言う間にその日が来た。
「みんな集合だ!」
前日から来ていた陳さんが見えなかったが、
松田さんの号令が掛かる。
「チェンの奴はまだ寝てんのか?」
「部屋行ってきます」
2階の応接間から松田さんの階まで駆け上がって陳さん
の泊まる部屋をノックしたが反応無し・・
鍵が開けられていて空いたドアの先のも姿は無い・・
上から順に開けれるドアを全部叩いたが
陳さんは居なかった。
「まあチェンが居なくてもいいわな。
リプロスはあいつの思惑通りに進んでるみたいだぜ」
「そうなんですね!やっぱ凄いっすね陳さん!」
「まあ奴に任せてればいいが、俺らの取り分は
澳門分だけだ。
奴が目論む広東省を始めに大陸23省に
納める分にゃ関係しねえからな。
俺らがヴェトナムっていうマーケットを
手にしたい訳よ」
「マカオだけでは市場が小さいって事ですね?」
「ああ。ちいせえ。あそこはチェンにとって大陸
への道標で俺らにぁヴェトナムへの足掛かりよ」
<解ってきた。真意が視えてきた!>
「ひとつ教えてください。タイじゃ無く
インドネシアじゃ無く、ベトナムな
訳はなんでなんですか?」
「ソン、今なんでタイとインドネシアって
言ったんだ?」
「あ・・はい・・タイは世界中から金が
集まってるって新聞を読みましたし、
インドネシアは人口が日本より多くて近い
将来には2億人を越すって言ってましたし・・」
「ほう。勉強してんだなあ。日本の
不動産バブル資金なんかもタイに
飛んでるらしいが、
大半がUKマネーよ。一昔前に世界を飛び回った
オイルダラーってのがあってな、
ここ近年のバブル以降はアメリカドルが
大量に日本に入って来てんだ。
俺らの認識じゃあのバブルを弾かせたのは
アメリカだって考えだ。定かじゃ無えがな・・
大掛かりな仕掛けの中で世の中が動いてるのよ」
<・・・・>
「それとベトナムがその・・」
「おう話がそれたか。今のタイは日本の不動産
バブルにソックリな状況で
弾けるのを待ってる状況よ。
インドネシアやマレージアは宗教がめんどくせえ。
ビルマやラオスにカンボジアは俺らが生きてる
間は変わんねえだろうしな。
消して行ったらヴェトナムが残るのよ」
「消去法ですかぁ?・・」
「なあソン、シャオヒン、よく聞いて考えるんだぞ。
これから10年は間違い無く中国だ。
おそらく20年後には日本よりドデカくなってる。
そこんとこ・・中国の事は当分は俺に任せとけや。
お前さん達が種を蒔いて収穫をする場はヴェトナムだ。
先ずは俺を信じて、集中して
ヴェトナムと向き合ってみなよ」
「そんなモン俺ら松田さんがそない言う事も
あない言う事も信じてますよぉー。
そやけんど考えろぉーとか、向き合えぇ言われて
もぉ難しい話しですわぁー ハハハぁ」
珍しく松田さんに言葉を発するヒン。
他の人には「はん」と言うのだが、
松田さんにだけは「さん」である事は
変わっていない・・
「シャオヒンよ、お前さんには強え味方が
居るだろうがよお。
ソンともゆっくり話し合う時間を作りなよ」
「そうですなぁー。コイツ賢いですもんねぇー」
「ヒン・・茶化すなよぉ・・」
インシュリンをマカオに次いでベトナムだと聞いた
時から、ベトナムに特化した時の松田さんの集中
ぶりを見た年末まで、俺は自身の心をも痛めた自分
の考え方を今の今までしていた。
でもこの時のノートには、自分というチッちゃな
人間を中心に、物事を考えるのではなく、
足元から髪の先までを知り尽くした自分が、
大地や空気の為に何ができるのかというもっともっと
デカいスケールで物事を捉えなければ
いけないと残した。
「ソン、ほんで越南でなにを
するんかぁ決まったんかぁ?
いつになったら行けそうやぁ?」
「ううん・・まだだよ・・Khaさんに色々紹介
されたけどよく解んなくてさ・・
全部松田さんには報告してるけどさ・・」
「何でもええやんけぇー。
何なら土方でもしおやー(やろう)!」
「うん・・俺もそんなんでもいいって
思ってるんだけどさあ・・」
「まあ任せるわぁー。
ワシはお前に付いていくだけやぁー ハハハハハあ」
「うん・・ちょっと調べ事してんだけどさ、
図書館ってどこにあんの?」
「おう。六甲道の駅前に在るわぁ。
やっとるかなぁー?地震どうかなぁ?」
「そう?明日にでも行ってみるわ」
合間を見てチャー(ナマズ)について調べていたの
だったが、これといっていい本に出合えてなかった。
ハップキドーを終えて帰り着いたとき、ダイニングには
陳さんが順子さんのお紅茶を飲んでいた。
「チンさぁーん!どこ行ってたんすかぁー?」
「友人宅です。探してくれたそうですみませんでした」
ドモらない様子から、もうみんなにその事を
聞かれたのだろうと分った。
「お連れさんが神戸にもいるんですねぇー!?
陳さんも顔が広いっすねぇー!」
「いいい・・いや・・そそそ、
そんな事はないです・・」
<んだけでドモどりするぅ・・>
「やっぱ薬品関係っすか?あれっすか
コンピューターソフトですか?」
「彼は神戸大学の教授です。
彼は生物学では有名人です。
彼の家ではインターネットが
使えるので行ってました」
「お!教授っすか!すげぇ!インターネットって
あれですよね・・なんでしたっけ・・」
「はい。神戸も本当なら去年から電話回線を大きく
変更してネットが普及する予定だったのですが、
そもそもネットとは・・・・
あとインターネットでは・・・・」
ドモリが全くないその長い説明は、
俺も順子さんも口が開いたまま聞くしかなかった・・
「インターネットでそんな事もできるんですね?」
「はい。知識の集約であり、将来的には
情報錯誤の場になるでしょうね」
「あ!陳さん!俺、パンガシウスってナマズを
調べてまして、アンまり本にも載って無くて・・
そのインターネットに載ってますかねぇ?」
「情報はあると思います。ででで・・
でもそれなら、たたた高橋君に聞けばいいですよ」
「たかはし・・くん?」
「あああ・・たたた高橋君は、こここ、
神戸大学の、ききき教授です」
「ああ!生物学!」
「はい。専門です。あああ、
明日いいい一緒に行きましょう」
「はい!お願いします!」
陳さんを介して他の時間を無視してまで、
俺のチッちゃな疑問に丸一日かけて付き合って
くれた高橋教授が、
「そのチャイナマネーは大きく2つの為の投資
だと考えられます。
1つは加工を含む食用でもう1つは、
次世代燃料ではないでしょうか」
「・・次世代・・燃料・・ですか・・」
「はい。うちではまだ誰も研究してませんが、
次世代というのは仮称であって、
ブラジルの研究グループが1975年に発表した
プロアルコールというサトウキビ由来の
エタノール燃料や、実はわが日本では1945年
に戦争下で東南アジアからの石油販路が絶たれた時
にと研究がされた経緯があるのですが・・
いずれもその後に消滅するのです・・
中国では現在も盛んにそのような研究がなされている
と聞いています」
<・・まったく・・むずかしく・・>
「・・つまり・・その・・このナマズには
食用と燃料用と・・
そういう価値があるってことですか・・?」
「パンガシウスも繁殖力が強いナマズ化です。
容易に手に入る2つの要素です」
「なるほど・・」
「岡山大学の農学部に面白い集まりがありますので
ご紹介いたしましょう。
月一で沖縄の微生物の博士や、高知のビワ博士に
香川の酒博士、あと超小型の原子炉を研究されている
服部先生なんかも参加されてるんですよ。
私は年に1、2度しか行けてませんが」
<・・・・もむりぃ・・>
「はぃ・・よろしくお願いいたします・・」
チャー魚が原子炉に?どう話が移ったかも整理が
出来ないまま家に帰った・・
晩飯の集まりで俺が話し出す間もなく、
「ソン君のナマズにはビジネスの匂いがするので
中国に問い合わせています。
結果は随時報告いたします」
ドモらない陳さんの話に、
「おう。あれは俺ももう調べさせてるよ。
ナマズも面白そうだが、エビ、スッポン、
ウナギ、チョウザメも良さそうだ。
それにどうせならミネラルウォーターも
造るってのはどうよ」
「ななな・・なるほど水ですね。すすす、
水質に目をやった訳ですね。よよよ養殖ですか?」
「口に入るモノてのは、いくらメコンがデケえから
って天然物は値が不安定だ。養殖しちまえば安定
した取引ができるだろよ」
「そそそ、その産業が今の越南ではベストです。
私も頭にありました」
この2人の会話は
俺やヒンのそれとはまったく次元が違う。
「よし。ソン、シャオヒン、それで行けや」
「はい。・・」
「いいかこれからが本番だ。
やることを一つ一つ踏んで行け。
簡単じゃねえぞ。問題は山積みだ。
その問題を面倒と思うならそれはこっちの都合だ。
相手がいたら理解し合えるところで妥協もいいだろう。
相手が面倒ととらえる問題をこっちからは投げるんなよ。
外に出りゃ俺らにゃアウェイだからな。
相手の立ち位置も考えも判らない奴じゃ何が問題
なのかすら判らないもんだ。
それを理解するためには日常は大衆の中で生きて
、夢の中では大衆の逆を探るんだ。
裏を知れば問題が見える。問題が解ればそれを解く
手段が選べるってモンだ。
いいか、大衆の中に居て大衆の逆に張るのさ。
そうすりゃお前さん達にもすべてが視えるだろうよ」
<・・・・>




