第14話 影力
一瞬の出来事だった。
貝貝と大男の間に割って入った俺は大男の貝貝へ伸びた腕にしがみ付くが途端に大男が後ろに飛んだ。
右の男も左の男も次々と視界から遠ざかる。次の瞬間にはヒンの背中が俺たちの視界を塞いだ。
ヒンの大きな背中の隙間から呆気にとられた顔で3人の男とその連れだろう女が見えた。
周りの皆が口をポカンと開けている。
右から比較的小柄な男が立ち向かってきたがこれまた瞬間でヒンの足元にひれ伏せた。
今度は良く見えた。あれだ!俺もビーナスブリッジでやられたことがある。痛いだろう!
「折るでぇ~」
と、腕を取ったままヒンは他の男たちをにらみ付けながら言う。
正面で尻餅をついていた貝貝に手を出そうとした大男が立ち上げると、周りが騒めいた。
手には銃が、
「чел, Чёрт возьми」
なにやら叫びながら銃をこちらへ向けた。
「うてやぁー あん 撃ってみ」
と、あの大きな声ではなく腹の底からの低く静かな声のヒンが、一歩二歩と前へ、ビシュッ!
見えなかった。でも銃口は大男に向けられている。
「こらぁー さぁ どないするんじゃぁーー!」
今まででも最大級の、後ろにいる俺の耳が鼓膜が痛い・・ヒンの怒鳴り声・・
「・・Извини・・Извините(ディズニージャ)・・」
と、大男がボそるが・・
「はぁ~ まだなに ぬかしとんねんー こらぁ~」
「あやまってるの!もうやめてーー」
よく解らないが貝貝が止めに入る。
「Дети... уходите от сюда, живо!」
貝貝が何を伝えたのかは判らないが連中は走り出した。ここに跪いている奴を残して。ポロポロッと弾を抜き取ったヒンはそいつに銃を渡した。
銃を両手で受け取って脚を引きずりながらこそこそと連中を追って行った。
「危ないわ。車に戻りましょ」
と、また強引に俺の手を引く貝貝さん。振り返ってヒンたちを見るとまだ携帯電話を触ろうとするヒンが見えた。
「ヒン!帰ろうぜーー おーぃヒン Mai ! Ve thoi(帰ろう)」
それでも動こうとしないヒンをMaiちゃんが引っ張って来る・・
「なんやぁ~ もういくんかぁー?」
普段通りの声のヒン・・
「はやく!」
貝貝さんは急かせる。
地下への階段のすぐ側に車を止めたので乗り込むには時間は掛からなかった。
「あーいう人達を馬鹿にしてはいけないわ。すぐに大勢で来るわよ」
キュキュキュッとタイヤを滑らしながら話す貝貝さん。
「大丈夫やぁー また来たら今度は撃ったるぅねん!まだ人 撃ったことないからなぁー こんな正当防衛のときに撃たななぁーー ハハハハハあぁ」
<・・ヒンの今の・・言ってることが聞こえない訳じゃないが・・あの時のさっきのヒンの姿の・・>
「ありがとうヒン・・ごめん・・俺・・」
<震えが止まらない・・>
「なにがやぁー? 心配すなぁー俺がおるがなぁー ハハハハハあぁ」
<あの大男たちが怖くて震えてるんじゃない。この興奮は・・ヒンの強さ・・ヒンがいる心強さに>
「もう大丈夫よ。でも今日はもう帰りましょ。あーぁお買い物 できなかったわ」
「ええやん 俺がついていったぁるでぇー 俺ももっとみたいしなぁ だいじょぶダイジョブーー」
「また夜に別のところに行きましょ。Night marketよ。家から近いし美味しいものが沢山あるわよ」
「おおおぉー!うまいもんええやぁん!はーぃ!」
<・・さっきの後のいま・・わずか5分10分・・ヒン・・スゲぇ>
それは姉が弟を・・いや、ママが幼児の子のおねだりを飴で釣るシーンそのものだった・・と、
プルループルルー・・
俺の肘の下のサイドボックスから聞こえる。
「手 どけて」
<あわてて肘をどかしたが・・>
「喂・・・・・・・・Ok我在附近・・快回家(すぐ帰る)」
<話の内容はともかく、ここにも有ったんだ電話!>
「おとうさんですか?」
「そう。15時に契約らしいわ。テイおじさまが家で待ってる」
「すごい!早かったですね。今日もう契約って」
「そうなの?契約しに来たのでしょ あなたたち」
<・・そうだ・・貝貝さんは諸々は知らないか・・>
「そう。そうですよね・・」
一段とスピードを上げる貝貝。もう例の長い壁が見えてきた。
「ヒンさぁ 服 着替えるぅ?」
後ろの席に振り向きながらの俺。ひざまくらのヒン・・
「おーぃ 寝てんのかぁーー」
「なんやなんや どこ ここどこ?」
「・・・・・・」
「フフフ 確かに 足して1人前ね。 フフフ・・ハハハぁ」
<いつもの親子の笑い声が・・あっち寄りな笑い方の貝貝・・さん・・>
大きな噴水を周って車を出るとテイさんが飛び出てきた。
「今日は保健相(Top)に会って契約です。他にも日本から偉い人が来るそうです。スーツ えーと ネクタイ ありますかー」
「はい・・俺もヒンも持ってきています」
「OKじゃゆっくりねぇ よかった。ハハハハハあぁ。じゃ13時にLaunch食べて出るいいね」
「ソン今夜もお願いね!」
<・・おねがい・・されても・・つまりもはや独りなのに・・>
「・・はぃ・・」
ここで一番困ったのは時間だった。部屋にも時計が無くどこを見渡しても時間が判らなかった。
<日本に帰ったら時計・・買おう・・>
「ヒンいま何時?」
「12時ちょうどやぁ そやなぁーお前 時計ないもんなぁー あとで部屋に持って行ったるわー 俺も一つあるからぁー」
<・・情けないが全てにおいてヒンに劣ってる感・・>
「ありがとう・・」
部屋のソファーに腰かけてゆっくりとオサラいをした。
契約の事は内容も現状も来た時よりかなり理解できたし、なんとなくだが、その先の事も将棋の様に視える感じがした。日本から偉い人?誰だろう?・・でも集中できない・・貝貝さんの身振り手振りが浮かぶと次は順子さん・・
ドンドシドドォー
「これ持っとけやぁー やるわ!安もんやけどぉー」
黒のCITIZENの腕時計を俺に。
「マジ?くれるのーー?ヒンのそれよりカッコいいじゃん!マジいいの?」
「これは俺のお気にぃやからなぁー これはやられへんけどぉな おお 飯 いこやぁー」
帰ったマンマの俺だった。急いでタイを締めた。
レストランのいつもの部屋に入るとテイさんはもう座っていた。
「来来。すこしMeetingいいですか。これはペンです。優さんにもらった万年筆です」
真っ白のそれはよく見ると大理石の様な模様で所々が金色に輝いていた。
「カッコいいペンですねー!」
「ハハハぁ 今日の契約は松田優二と書いてその下に代筆でソンさんのサインを書いてもらいます。その時にこの万年筆を使ってください。優さんと一緒 仕事はいつもこれよ」
「へー 縁起がいいんですね!わかりました!」
<・・俺でいいのかな・・ヒンじゃなくて・・サイン・・>
「ヒン・・俺がサインしていいのかな・・」
「お ええやん!わし字 下手やしなぁー ハハハハハあぁ」
「・・そっか なら・・」
その大理石の様な万年筆を手に取り内ポケットへ差し込んだ。
<重い・・ペンの重さもあるが・・責任が重い・・>
15時の約束の場まで30分と掛からなかった、まだ14:27分。時間が判るという事はいいものだ。
「グェンさん!・・ソンくんだよねー」
車を降りて建物の入り口でそう声が掛かる。数名のスーツ姿の皆が赤いネクタイをして、日の丸とロシア旗がクロスされたピンバッジが胸に着けてある。
「あー!赤石さん!」
<間違いない。老上海以来だが変わっていない>
「やーいあいや。ようこそようこそ。ソ連は初めてでしょう。さむいでしょー」
<・・ソ連か・・?ようこそって・・>
「赤石さんはやっぱりよく来られているのですね?今日は・・いつ来られたのですか?」
「一昨日入りました。さあさあまずはご紹介いただけますか?皆様を」
<・・俺たちと同じ日?・・>
「あっはい。こちらが鄭さんといい、私たちのアテンドをしに香港から来ました。こちらが黄といいまして私たちは友・・」
「あーー!黄さんの息子さんですねーたしかシャオヒン君?」
「おおーあんたおやじ 知ってますのん?」
<・・関西弁にも敬語ってあるでしょよ・・>
「おとうさんに似て大きいですねー!強そうだ!私は赤石です。鄭さん、よろしくお願いいたします」
「はい。よろしくお願いいたします」
「こちらの方々もご紹介します。丸十さんと西郷さんです。丸十さんは藩主なんですよ!西郷さんは丸十製作所の社長さんです」
<二方とも凛としてるが何気に優しそう>
紹介が終わるとスタスタと大きな通路を歩きだす赤石さんについて進む。
「少しお待ちください」
と、言っては次々と扉を開けて中に入っては出てくるを繰り返す赤石さん。そのたびにその部屋からは数名が出てきて、名残惜しそうに赤石さんを見送っている。
「優二さん・・松田さんに聞いていましたが赤石様は凄いですねー ハハハハハあぁ」
テイさんがそういうと、
「いえいえ。仕事ですよ仕事。それに私じゃ無く、彼たちが重要視されているのですよ」
丸十さんと西郷さんを指差しながらそういう赤石さん。
<どういう人たちなんだ?>
間も無くそれが判った。




