第4話 モブ商人は聖女に嫌われたい
日課の露店巡りを終えたヘンソンは広場を後にする。
行き先は『アイテム屋マーリン』ではなく別の場所のようだ。
ヘンソンがやってきたのは王都の街の中心から外れた場所にある孤児院。
「こんにちは」
孤児院の敷地内へ入って行くヘンソン。
「あっ、ヘンソン兄ちゃんだ」
外掃除をしていた少年がヘンソンに気付く。
「はいこれ、皆で食べてね。カールはいるかな?」
「ありがとうヘンソン兄ちゃん。カール兄ちゃんは畑にいるよ」
持っていた袋を少年に渡すとヘンソンは敷地内にある畑に向かう。
「こんにちはカール、調子はどうだい?」
小さな畑で農作業をしている麦わら帽子を被ったヘンソンと同い年位の少年に声をかける。
「おうヘンソン、順調に育ってるぜ」
ここはゲーム時代、通称『カール農園』と呼ばれていた場所だ。
『F・M・W』には薬草などの植物をNPCキャラに依頼して栽培してもらうシステムがあった。
『カール農園』もそんな場所の1つだ。
この少年カールは栽培スキルを持っており、ヘンソンはここでマーリンからの依頼の素材の一部を集めていた。
もちろんお金はかかるが、数も多くなく栽培しているものも希少度がそこまで高くないので、支払いはヘンソンのお小遣いの範囲で収まっている。
『カール農園』の良い所は支払いが金銭以外でも可能だという点だ。
ヘンソンが先程孤児院の子供に渡した差し入れも『カール農園』の支払いに含まれているのだ。
差し入れも露店の売れ残りを安く買い取るのでお財布はそこまで傷まない。
露店と孤児院両方から感謝され、ヘンソンも得をする。皆ハッピーな素晴らしいシステムが出来上がっていた。
しかし全てがいいことばかりではなかった。
「こんにちはヘンソンさん」
ヘンソンがカールと畑の様子について話していると1人の少女がやってくる。
「こんにちはマリアさん。今は教会のお仕事の時間では?」
ヘンソンは普段とは違う素っ気ない態度で少女に挨拶する。
「ええ、ですが今日のお仕事は終わりましたので問題ありません」
しかしそんな態度のヘンソンに全く動じず笑顔で答える少女。
ヘンソンがこの少女に対して冷たい対応をとるのには理由があった。
シスター服を身に包む少女の名はマリア。
『F・M・W』のメインヒロインの1人でのちに聖女と呼ばれるようになる。
マリアはこの孤児院の出身で今は教会に住み込みで働いているのだが、こうして時々孤児院に顔を出すことがある。
ヘンソンはメインストーリーに関わるキャラ、特にヒロインたちにはなるべく近寄らないように心掛けていた。
何かの拍子にストーリーに巻き込まれる可能性があるからだ。
そんなヘンソンにとってマリアと出会う可能性が孤児院を利用することは苦渋の選択だったが、悩んだ末『カール農園』を利用することを選んだ。
出会う可能性があるといっても基本的には教会にいることの多いマリア。
多分大丈夫だろうと高をくくっていたのだが、どういう訳かヘンソンが孤児院に来ると必ずマリアが現れた。
マリアは回復スキル持ちでそのスキルを買われ、現在は教会にて住み込みで働いている。
なので普段孤児院にはほとんどいないはずだった。
にも関わらずヘンソンの孤児院でのマリアとのエンカウント率は高く、下手するとゲーム時代より今の方が多いのではないかと思われる。
その結果、ヘンソンはマリアを避けるのは諦め冷たく対応することで嫌われようと考えた。
孤児院に来る目的はあくまで『カール農園』だけでマリアのフラグを立てることが目的ではない。むしろ必要ない。
ヘンソンはマリアを嫌われるように努力しているのだが、嫌われるどころか何故か慕われていた。
「マリアさんは将来有望だと聞いています。僕なんかに時間を使っていたら勿体ないですよ」
「いえ、私にとってヘンソンさんとの時間は何よりも大切な時間ですので問題ありません」
にっこりと笑顔で答えるマリア。
「と、とにかく僕はマリアさんには用はないので構わないで下さい。カール、また来るよ」
「おう、またな」
「ヘンソンさん、またのお越しお待ちしております」
そそくさとヘンソンは帰っていく。
「おいマリア、ヘンソンがお前のこと苦手なの知ってるだろ。あんまりヘンソンを困らせるなよ。あいつのおかげで俺たち美味いもん食べられるようになったんだから」
カールがマリアを窘める。
「そうですね。ヘンソンさんのおかげでここの皆が笑顔になりました。だから私は常にヘンソンさんに感謝を伝えたいのです」
「だからヘンソンはそういうのいらないんだって」
「はぁ、ままならないものですね」
孤児院の生活の向上に一役買ってくれたヘンソンをマリアは尊敬していた。
ヘンソン本人は自分の利益のためだと言うがカールの畑を見ても高価な物があるようには見えない。
きっと照れ隠しなのだろう。
カールから聞いた話だとここ以外でもヘンソンは様々なことをしているという。
そんな有能な人物がこの孤児院に目をかけてくれていることは奇跡だとマリアは思っていた。
きっとこれは神の御心に違いない。
いつしかマリアの中ではヘンソンは聖人のような存在となっていた。
ヘンソンにとって幸いだったのは、マリアにとってヘンソンは恋愛対象となっていなかったことだ。
もしマリアがヘンソンに恋していたらヘンソンは王都から脱出できなくなっていただろう。
『F・M・W』内で一番愛の重いヒロイン、マリア。
良く言えば一途で、重度のストーカーにもなり得るポテンシャルを持つ彼女。
そんな彼女にロックオンされたヘンソンは無事『ヒノモト』へ旅立つことができるのだろうか。




