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兄に「可愛いお姉ちゃんが欲しかった」と言ったら予想外の出来事が起きました。

作者: 願音



 二〇××年某日、金曜日午後十時。

 私はリビングでソファにぐてんと寝っ転がりながら、テレビを眺めていた。数年前に流行っていたアニメの再放送である。画面の中で動くのは、愛らしい姉妹。完璧で優しい姉と、完璧な姉を慕う可愛い妹の絆を丁寧に描いた作品だ。


 妹キャラの名前は香帆。漢字は違うものの、私と同じ名前なのだった。だからか、何となく心に引っかかる。


 最終話のラストシーン。紆余曲折を経て絆をより確かなものにした二人が、第一話冒頭のシーンと同じように向かい合わせに座ってスコーンを食べる。

 そこまで観て、はぅ、と体から力を抜いた。


「私にも、いたらなぁ……」


 ポツリと呟く。

 私にも、完璧で優しくて最高な姉がいたらいいのに。残念ながら私にいるのは、年が三つ離れた優しい兄だけ。完璧ではないけれど、『良いお兄ちゃん』ではあると思う。ただ、男。


「欲しいなぁ」

「何が?」

「ひぇえっ?」


 突然扉が開き、兄が顔を出す。バイトから帰宅してすぐだろう。反射的に奇声を上げてしまった私は、コホン、と咳ばらいをする。


「何でもありません」


 すると兄は、怪訝そうな顔をする。突然の敬語が怪しまれたのか。


「何でもないのか? バイトで結構稼いでるし、何か欲しいなら買ってやるけど」

「……」


 ―くそっ、良いお兄ちゃんだな。

 私が通う高校はバイト禁止だから、気を使ってくれているのだろう。完璧な『優しいお兄ちゃん』ぶりに内心照れ隠しのように地団駄を踏むミニ私がいるけど、関係は―。


「可愛いお姉ちゃんが欲しかったなぁって」


 ないはずなのに、口がすべってしまった。


 ―嘘でしょ、私。高校二年生にもなって、自分の言葉を精査してから発言することもできないなんて。

 愕然としていると、兄がパチパチと瞬きをした。


「お姉ちゃん?」

「あ、えっと、まぁ。ちょっとアニメに感化されまして。何でもないから‼ 何でもないから、また明日っ‼」


 完璧に誤魔化して、自室に逃げ込む。

 焦りもあってか、階段を駆け上がっただけなのにゼェゼェと息が切れていた。陸上部の私としては、誠に遺憾。


「未熟だぞ、私……」


 とりあえず来週から走り込みは増やすことにして、私は来週の月曜日の予習を済ませるとそのまま就寝した。


*_*_*_*_*_*


 次の日。私は起床アラーム設定時刻の一時間後に目を覚ました。あふぁ、と欠伸を溢してグッと伸びる。そしてスマホを手に取って、時間を見て―。


「……やばぁっ」


 飛び上がった。


 午前十時二十分。今日は十一時ぐらいから兄と出かける予定だった。

 昨日のこともあって、やや気まずい―なんてことはない。こういったことは日常茶飯事であり、最早次の日まで引きずることなんてない。ないったらない。


「顔洗って、着替えて、朝練して、シャワーして、身だしなみ整えて……」


 急いで階段を下りて(滑り落ちて)、洗面所へ。顔を洗ってスッキリすると、自室に逆戻り。動きやすいトレーニングウェアに着替えるとまた階段を下りて(転がり落ちて)、ランニングシューズを履くと外に出て走り出した。


 ランニングコースは、家から市内を流れる川沿いに進み、途中からは適当にコースを選ぶ。かかった時間から考えるに、大体七、八キロぐらいで家に戻ってきているぐらいだろう。毎日二回ずつ、朝と夜に行うトレーニングでは町の色々な面を見ることができてお得でもあった。今日は朝というほど朝ではないけれども。

 時間がギリギリだからといって、絶対に適当に済ませることはしない。ペースを崩してはいけない。丁寧にトレーニングを終えて、私は家へと帰ってきた。午前十時四十六分。これなら間に合う。


 シャワーで手早く汗を流す。さっさと着替えて、髪を乾かして、簡単にまとめた。一応、誕生日に兄から頂いた星モチーフのヘアピンをさして軽くメイクをして鞄の用意をする。―そこで、ふと気付く。


 家の中に人がいない。


 母と父は、昨日の夕方から年に一度の夫婦旅行。今日は結婚記念日だからさぞお楽しみのことだろう―と、それはともかく。兄がいないのはおかしい。同じ家に住んでいて一緒にお出かけをするのだから、一緒に家を出るのが普通だろう。


「絶対、起きてはいるし。お兄ちゃんが私との約束を勝手にすっぽかすわけないし」


 悩みながらも準備は進めて、五十三分になって、家の中をウロウロし始めて―私は机に付箋が貼ってあるのを見つける。

 いつもの兄よりもやや丸みを帯びた文字で書かれているのは、『十一時半。駅前のコンコース広場で待ってるから』という言葉。


「………………何か、あったのかな?」


 兄のことだからきっと、『どうしようもない何か』があったのだろう。こんなことなら、ここまで急がなくて良かったかもしれない。

 心に引っかかりを覚えつつも、私はソファへ。腰かけて、リモコンを手に取った。バラエティ番組の録画を再生するなり飛び込んできたコマーシャルにややムッとしながら時間をつぶすことにした。


*_*_*_*_*_*


 我が家から駅まで、大体八分程度。五分前には着くように、十一時十五分にテレビの電源を切って家を出発。信号に引っかかりそうになって、慌てて走ったこと以外は何の問題もなく、待ち合わせ場所に到着する。

 少しキョロキョロして兄の姿を探すが、中々見当たらない。何となく違和感を覚えつつ、約束の時間よりもまだ早いからと自分を納得させる、もう数分すれば合流できるだろう。


 そう考えて、有線のイヤホンを取り出す。スマホに繋げて、昨日のアニメの主題歌を流す。原作のテーマに凄くマッチしていると話題になった曲。今も若者に人気なアーティストが作曲したものだ。

 曲の終盤。間奏から落ちサビへと繋がる。テレビのBGMで何度も聞いた、馴染みのあるメロディライン。


 ポツリと呟く。


「ここ、何度聴いても感動しちゃうんだよなぁ」


 そこで、名曲に浸る私の肩にそっと手が置かれた。呼びかけるかのように、トントンと優しく叩いてくる。イヤホンを片方外しながら、反射的に振り向く。


 それと同時に、曲はラスサビに突入する。透き通った声が言う。『私の今、目の前に。最初から愛する人はいるんだから』と。


 見覚えのない女性が目の前にいる。

 焦茶髪のロング。パッチリとした二重と、程よく色づいた頬。スタイルも抜群で、今流行りのデザインの洋服を着ている。端的に言って、ものすごい美人だ。ニッコリと、()()()()()()()()を浮かべて話しかけてくる。


「待たせちゃった?」


 発せられたのは、女性の声だ。ということは、さっきの既視感は勘違いだろう。兄は男だから兄なのだ。声質が兄と似ているのも、多分気のせいだと言い聞かせる。


「いえ。というか……」


 目をゴシゴシとこする。ちょっとメイクが取れたけど気にしない。もう一度マジマジと女性を見て確信する。



 ―これはお兄ちゃんだ。



 もう訳が分からない。でも、声は何となく兄に似ているし、香水は母のものと同じだし、何より泣きほくろの大きさまで一緒だ。顔立ちだって、メイクで誤魔化されているけれど私とそっくりだった。


 絶句している間に、脳内をフラッシュバックするのは昨日の出来事だ。

 「可愛いお姉ちゃんが欲しかったなぁって」と兄に答える私。そんな私に、優しく『良いお兄ちゃん』な兄はどうしてやろうと思うだろうか。割と天然で、マイペースなところがあって、大学で演劇のサークルに所属している兄は何をしでかすだろうか。


「……………………お兄ちゃん?」


 恐る恐る口にすると、女性はぱぁっと顔を輝かせた。その口から飛び出してくるのは兄の声だ。


「そうだよ」

「……何してるの?」

「夏帆の願いを叶えてやろうと思って」


 ―それにしても、もう少しやり方があったと思うんだよ、お兄ちゃん。


 コッソリため息をつく。


「どう? 我ながら上手いと思うんだけど。ほら、爪も綺麗にして―」

「はいはい。行くよ、お兄ちゃん」

「どこに?」

「家に決まってるでしょ」


 「ええぇ」と不満の声を出しつつ私に引っ張られる兄。私は呆れた声を出した。


「お兄ちゃんはお兄ちゃんのままでいいの」

「でも姉が欲しいって、」

「姉も欲しかったなってだけ! 私には最初から優しいお兄ちゃんがいるんだから」


 そう言うと、ふふ、と笑う声が背中から聞こえる。自分で言ったわりに恥ずかしい発言だったので、揶揄い返しておくことにする。


「姉が欲しいなら、お兄ちゃんが結婚してくれたらいいんだけどね?」


 チラリと後ろを覗いて予想通りの反応を視界に収めると、私はプッと吹き出した。

 今回の件、私は全く悪くない。兄に「可愛いお姉ちゃんが欲しかった」と言ったら、次の日女装してくるだなんて誰も思わないんだから。




 ―ちなみに。

 兄が社会人になって三年目、この出来事から五年後。兄は六年前から交際していた美人で完璧な女性との結婚を報告してくれたのでした。



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