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お前のおかげ

「危ない!」

 その声とともに、『危険感知』がけたたましく鳴り響いた。


 パンッ!


 耳が劈くような高音が反響し、微かな硝煙の匂いが漂ってきた。

 俺は身体を波瀬の部下たちに向けていた。それはすなわち、波瀬や姫らは俺の背後にいるということになる。状況を把握するために後ろを振りむく。


 元いた場所に、彼女はいなかった。

 姫はどこ?


 その隣にいるピンクの下着姿の女性は、先ほどまで何事にも動じない鉄仮面ぷりを披露していたが、こちらを向く表情は悲壮感にまみれていた。

 波瀬に視線を移す。黒いもやのようなものを握りながら、こちらにその先を向けていた。すぐに9mm式の拳銃だと気付く。

 先ほどの高音は、この銃声だった。


 なら、放たれた弾丸はどこに?

 下を見る。目の前。


 俺と波瀬の直線状に、姫は倒れていた。


 じわじわと血だまりが広がっていってる。

 「何でお前が出てくるんだよ!」波瀬は先ほどにも増して苛立ちを見せていた。

 瞬時に状況を理解する。姫は、俺に向けられた銃口の前に飛び出し、そのまま庇うように打たれたんだ。


 何て馬鹿なことを!


 俺はすぐさま姫の傍に降りると、全ての神経を一つのスキルに集中させた。


 『人道』クラス

 スキル『乖離治癒』。このスキルは対象者に与えられた傷を身体から分離させ、失った血液や破壊された細胞組織を回復させるものだ。


 右胸部からの出血が激しい。傷を探る。

 見つけた。波瀬の放った銃弾は姫の右鎖骨の真下を貫通したらしい。


 大丈夫。これならまだ間に合う。

 普通なら死んでいるような傷でも、俺なら無傷に戻すことができる。


 「ったく、何なんだよ!商品如きがしゃしゃり出やがって。カスが!」

 波瀬は不愉快極まりない嘆きを続けている。


 無視だ。そんなものに構っていられる暇はない。

 破壊された細胞が徐々に再生していく。赤ん坊の身体のせいで多少なりともスキルが劣化しているだろうが、今のところそこまで差異はない。

 良かった。このスピードで傷口さえ塞げれば、血液を回復させることに集中できる。


 「あのオムツもどこ行きやがった?何でこう、上手くいかないことばかり続くんだよ!」

 姫に駆け寄る寸前、治療を邪魔されないよう『光闇不可視』を強めにかけ、オムツすらも見えなくさせておいた。多少体力を消耗するが、背に腹は代えられない。


 「はぁ~」

 波瀬は長ったらしい溜息を吐くと、適当に持っていた拳銃を握り閉めた。


 「なんかもう、面倒くさくなった」


 パンッ!

 再び銃声が響く。


 嘘だろ。こいつ何してんだ。

 弾丸は、姫の腹部を貫いた。少しして大量の血が溢れ出る。

 俺は急いで『乖離治癒』の範囲を広げる。


 「どうでもよくなった。姫ちゃん、君は俺のやることなすこと全てを否定したいようだ。もういいよ」

 そして銃口を姫に向ける。


 パンッ!

 三度目の銃声が響いた。

 しかし今度弾丸は姫には当たらず、直前で弾道が逸れた。


 『防壁結解』。俺は三回目の銃弾が発射される直前、自分の周囲を囲っていた結解を姫の身体を覆うほどの大きさまで広げていた。

 だが、これは一時凌ぎでしかない。本来であれば『防壁結解』は、例え戦車の大砲でも結解に傷を付けることすらできない強固な防御スキルのはずだが、赤ん坊の身体では銃弾一つも防ぐことができない。軌道を逸らして直撃を免れることしかできない。


 それに、今ので結解の強度が下がった。

 次の銃弾を防ぐことが出来るか分からない。


 波瀬が銃口をこちらに向けながら、歩き出す。

 「君には期待していたんだ。愛想もいいし、器量もいい。少し抜けているところなんか、愛嬌たっぷりで可愛い」


 パンッ!銃声が響く。

 弾道をずらす。結解が弱まる。


 「中々堕とせないところも、精神的に強いところも好きだった。本当は売りに出すんじゃなくて、僕のお嫁さんにしたかったんだ」


 パンッ!銃声が響く。

 弾道をずらす。ずらし切れず、少し姫の身体を掠める。

 俺は自分を覆っていた結解を外し、姫の結解と融合させる。

 結解の強度が上がる。


 「でも君は、どんなに頑張っても僕になびくことは無かった。最愛の人がいるって言ってね。本当、悔しかったよ」


 パンッ!銃声が響く。

 弾道をずらす。俺の結解と融合させても弾道を完全にずらすことはできず、姫の身体を掠める。


 まずい。このまま打たれ続けたら、結解がもたない。

 それに、あの急激な眠気が襲ってきた。

 常に『光闇不可視』を発動し続け、『乖離治癒』で二つの重傷を治療し、全力の『防壁結解』を張り続けている。

 いつ、エルの身体が限界を迎えるか分からない。


 今、気を失えば、俺もエルも姫も終わりだ。

 確実に死ぬ。


 でも、他に方法がない。これ以上出来ることがない。

 「僕はねぇ。断られるのが嫌いでねぇ。否定した奴を、死にたくなるまで追い詰めないと気が済まなくてねぇ」

 「だから」と言うと、波瀬は銀色の頑丈そうな扉の前で止まった。


 大きな扉だった。それは、赤ん坊の目線だからかもしれない。

 確実に言えることは、人が余裕で入れるほどの大きさだということ。

 そしてもう一つの印象は、巨大な冷凍庫のように見えるということ。


 「だから、僕は姫ちゃんが一番苦しむ方法を考えた」


 波瀬はその扉に手をかけ、思い切り開け放した。

 冷気が地面を伝って、こちらまで流れてくる。


 それが原因かは分からない。

 しかし、重傷を負いつつも俺のスキルで回復を続けている姫の身体は、最悪なタイミングで彼女の意識を戻した。


 「・・・冬馬さん」


 姫の視線の先。波瀬が開けた重厚な扉の先は、やはり冷凍庫だった。部屋に取り付けてあるタイプなので奥行きはそこまで無いが、漂ってくる冷気は本物である。


 その中に、両手を天井から吊るされた人間がいた。


 それは間違いなく、姫の旦那であり、エルの実の父親でもある『草柳 冬馬』だった。


 「さぁ感動の再開だ!存分に楽しんでくれたまえ!」


 波瀬の言葉に誰も動かない。

 姫は吊られている冬馬を一点に見つめている。

 彼の皮膚は赤黒く染まり、全身に蔓延る霜が中にいた期間を証明していた。


 草柳冬馬は、すでに死んでいる。


 「あれあれあれー?どうしたのかな。行方不明になっていた旦那との感動の再開だよ?姫ちゃん、もっと喜ばなきゃ」

 波瀬は子供のように笑いながら、こちらに近づいて姫の顔を覗き込む。


 「ただの死体を見せつけるだけでも良かったんだけどさ。それだけじゃ、あまりにも普通じゃん。だから、冷凍保存して身体を綺麗にしておけば、面白い反応が見られるかと思って。まさか、本当に見れるとはね」

 波瀬は更に姫の顔を覗き込む。


 「姫ちゃん。さっき一瞬、冬馬君が生きてると思ったでしょ?目が輝いてたよ。でも残念、もう半年も前に死んでるよ」


 言い終わると、波瀬は狂ったように笑いながら離れていった。

 姫は凍り付いた冬馬の身体を見つめながら、声を上げることもなく、静かに泣いていた。

 その表情に波瀬は気色の悪い笑みを浮かべる。


 「あぁ、いい!姫ちゃん、君は本当にいいよ!自分の命の灯が消える寸前まで僕を楽しませてくれるなんて。君がいなくなってしまうのが、至極残念だ」

 そう言いながら、波瀬はこちらに銃口を向けた。


 パンッ!銃声が響く。

 『光闇不可視』、『乖離治癒』停止。

 『防壁結解』、出力最大。


 パキンッ!

 波瀬の放った弾丸が結解に弾かれる。


 「何だ?さっきから当たりが悪いな」

 波瀬は再度銃口を姫に向けると、あることに気付いた。

 「ん?何でお前がここいる。どこから湧いてきた、赤ん坊」

 『光闇不可視』を解除したため、エルの身体は隠れることなく堂々と見えていた。


 「・・・!」

 姫も突然現れたエルの存在に、混乱と絶望が入り混じった表情をしている。


 「姫ちゃんに構っていたせいであのオムツのことを忘れてたけど、正体はお前か。お母ちゃんを守りに来たんだなぁ。偉い!」


 波瀬は銃口を姫からエルに移す。

 「偉いついでに、姫ちゃんの目の前で死んでくれ。そして、さらなる絶望を彼女に与えてやってくれ」


 「・・・や、やめ」

 姫は動かない身体で、必死にエルの身体を抱こうとする。


 「だーめ。やめない」


 パンッ!大きな銃声が響いた。

 「姫ちゃん!目の前で赤ちゃん死んじゃったよ!どうどうどう?悲しい?悔しい?苦しい?死にたい?」


 「あ、あ、ああぁぁ!」姫は喉から溢れ出る血が邪魔して、上手く叫ぶことができていない。


 「もう本当最高だ!最後の最後にこんなにも君が輝いてる姿を見れるなんて、僕は幸せ者だな。ありがとうね」

 「そして」波瀬は照準を姫に合わせる。


 「バイバイ、姫ちゃん」 


 パンッ!銃声が響いた。

 硝煙の香りが充満し、部屋は静寂に包まれた。


 遅れて独裁的な高笑いが部屋の中を占める。

 孤独で狂気じみた笑い声。


 一通り笑い終わると、波瀬は小さく息を吐いた。

 「はぁ、これで終わりか。なんか呆気なかったな」


 「何が終わりなんだ?」


 「うあぁぁ!」

 波瀬は短い悲鳴とともに全身をびくつかせた。緩み切った体に突然鞭を打たれたようだ。

 急いでこちらを振り返る。


 「お、おま、な、いや、え」


 眼をしばたかせ呼吸を荒くし、真面に言葉を発することができない。

 先ほど波瀬が一喝した、屈強な部下たちのようだ。


 「何も終わっちゃいないぞ?」


 こちらを指さし、口をパクパクさせている。餌をもらう鯉みたいだ。


 「少しは落ち着けよ。情けないな」

 波瀬は震える肺で何とか大きく息を吸い、自分の動揺を抑えようとしている。

 「な、何で」ようやく言葉を発せられるようになったようだ。


 「何で、お前が生きてるんだよ。草柳冬馬」

 「お前のおかげだよ、波瀬」

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