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最悪の間違い

 「オ、オムツが浮いてる」

 「おいお前ら説明しろ!」

 「無理ですよ!何を説明すればいいんすか!」

 「か、怪奇現象」

 「手品かもしれないっすよ。どこかに仕掛けがあるんすよ」


 いい歳したオッサンどもが、右往左往慌てふためいている様子は、非常に滑稽で変に悪戯心をくすぐる。


 どれ、試しに。


 スキル『重力操作』

 趣味の悪い家具や雑に置かれている資料が、ユラユラと浮き始める。


 「何なんだ!どうなってる!」

 「や、やっぱり怪奇現象っすよ!俺たちに怨みのある女どもが怨念となって現れたんすよ!」

 「なら何でオムツなんだ!女の幽霊だったらそいつが襲ってくるだろ」

 「じゃ、じゃあ、その女の子供の霊っすよ!母親の仕打ちに対する復讐にオムツ履いて来たんすよ!」

 「なるほど!」

 ガラの悪い坊主頭と強面のガタイの良い黒服が、子供の幽霊で納得しようとしている。


 大の大人がオムツにビビるとは。暴力団とはいえ、中身は信心深い繊細な心の持ち主なのかもしれない。


 部屋を見渡す。

 壁は味気のないコンクリートに囲まれた、十畳以上はある事務所。出入り口は、部屋の中腹にあたる俺が入ってきたドアしかない。

 

 他にも頑丈そうな分厚い扉があるが、出入り口というような雰囲気ではない。大きなデスクが一つと、その向かいに三人は座れるソファが対面に一つずつ。その全てが黒で統一されているのは、この部屋の主人の趣味か。


 そのデスクの前に、姫がいた。

 彼女は他の男どもが混乱している最中も、妙に落ち着いて様子でこちらを見ていた。

 余程怖い目に遭って物事に対する感覚が麻痺してしまっているのか、それともいつも通り抜けているだけなのか。


 とはいえ、姫が無事でよかった。


 事務所の前に着いた俺は、身を隠すためにすぐさま『光闇不可視』を使った。

 スキル『光闇不可視』は、空気中にある微量のスプリムを使い自分の身体に当たる光を屈折させ、視覚による認識を防ぐ。


 いわゆる、透明人間になれる。

 今のご時世、男女共に欲しい夢の能力である。


 それに、スキルクラスも『獣』以下のなので燃費もいい。

 事務所に正面突破してもよかったのだが、多勢に無勢はその通り。無闇にスキルを使って、エルの身体がもたなかったら意味がない。

 なるべく、戦闘は避けるようにしないと。


 そう、思っていたはずなのに。

 エルの身体では、スキルを充分に発揮できない。

 普段からよく使用している『空中浮遊』は、本来制約なく自由に空中を移動できるし、高度も『防壁結解』と併用させれば対流圏まで飛ぶことができる。

 

 しかし赤ん坊の身体では、『空中浮遊』は身体を直立させながらでないと浮かび続けることは出来ないうえに、姫の身長166cmを少し超えた高さまで飛ぶと、それ以上は高く飛ぶことができない。


 このような制限は他のスキルを使用していても実感していた。

 理解はしていたがそれでも、比較的消耗の少ない『光闇不可視』であれば充分に発揮できると思っていた。


 それは完全なる俺の計算ミス。希望的観測だった。

 事務所に入った瞬間、入口の守衛役と思われる男二人にガン見された。

 目を丸くしたまま、こちらを凝視していた。

 思わず下を見る。


 やはりというか当然というか、『光闇不可視』は俺の身体だけを透明にし、履いていたオムツは堂々とその存在を見せつけていた。


 そして、現在のパニックが引き起こされているわけだ。

 確かに膨らみのあるオムツが宙に浮かんでユラユラ動いてたら、幽霊と思われても不思議ではない。


 姫の平常心っぷりが異常なだけ。

 いや、少し震えてる。表情には落ち着きがあるものの、身体は小刻みに震えていた。


 やっぱり、怖かったんだ。


 話はこの部屋に来る途中から聞こえていた。人間オークションに出され、買い手がついたら見知らぬ土地でひたすらに奉仕を続ける毎日。子供とは恐らく一生会うことができない。


 そんなことを聞かされて、怯えない人間はいない。

 そんなことを聞かされて、憤らない家族はいない。


 姫の震える身体を見てから、俺の内側に存在する理性という花瓶には大きな罅が入っていた。

 波瀬だけは許さない。何が何でも追い詰める。


 俺はゆっくり部屋を見回す。

 そこでふと、ある異質な存在に気づく。


 姫から少し離れた場所にいる、ピンクの下着のような服を着ている女性。

 容姿が驚くほど整っており、スタイルも雑誌のグラビアに載っていてもおかしくないレベルだ。

 しかしそれだけで目を引いたわけじゃない。


 何か。違う。

 何かが、他の人間と違う部分がある。

 例えていうなら、魂・・・。


 「馬鹿が」

 突然、犬歯のように尖った言葉が部屋の中に響いた。

 

 声の方を向くと、波瀬が獣のよう目つきでこちらを見ていた。いつものヘラヘラした態度とは一変した雰囲気に場の空気は凍りつき、慌てふためいていた男たちの挙動も停止した。


「バカどもが、いい加減にしろ。オークションまで時間がねぇって言ってんのに、ザワザワザワザワ。命懸けのゲームでもしてんのか」

 

 そう言いながら波瀬はドアとは反対の壁にある節々が燻んでいるロッカーに近寄ると、中から銅色のバールを取り出した。


 よく見ると、銅色は本来の色ではなく錆が何層にも重ねられて出来たものだった。

 元々の色が判別出来ないほど錆びてしまっているそれは、何の用途に使われているのか分からない。


 しかし、バールが取り出された瞬間から男たちの顔つきが変わった。

 明らかに緊張が走り、俺の近くにいる坊主頭からは真冬の窓ガラスのように脂汗が流れ落ちていた。


 「とりあえずお前ら、アレを捕まえろ」

 波瀬は錆びたバールでこちらを指す。


 アレ、とは、俺か。

 

 まぁ当然、どれだけ時間が差し迫っていようと、カチコミのような形で侵入してきた異常現象を何もなかったと無視することはできないだろう。


 「で、ですが若。一体どうやって」

 波瀬のすぐ近くにいた、パンチパーマの線の細い男は疑問を投げかけた。


 純粋な、透明度の溢れる疑問。

 それもそうだ。宙に浮かぶオムツをどうやって捕まえろっていうんだ。

 刃向かうつもりも、否定するつもりもなかったはずだ。


 ドンッ。

 鈍い音と共に、男は地面に倒れた。

 小さな痙攣を起こし、頭部からは蛇口の水漏れのように赤黒い血が男の周りを広がっていった。

 波瀬の持っているバールには、錆に似た色の血液付着しているのと、小さく丸まった毛が何本か付いていた。


 周囲のざわめきは無くなり、恐怖に追い込まれる敵意がこちらに一点に注がれる。


 ここは違うな。

 俺がこの世界に存在していた時は、暴力団とはトップに立つ人間と下につく者が親子の盃を交わし、血のつながり以上の絆で大きな組織となるものだった。


 その絆はまさに、一つの大きな家族だ。

 家族は家族を大切にする。それは生物が地球に誕生した瞬間から決まっていることだ。


 でも、ここは違う。家族じゃない。

 

 恐慌に塗りたくられた、ただの塊だ。

 こんなものは到底家族とは呼べないし、組織としても成り立っていない。


 男たちの荒々しい鼻息が聞こえる。

 各々が近場にある椅子や鉄製の置物など、武器なるものを手にしたようだ。

 

 いいだろう。お前たちに本当の家族愛を教えてやる。


 「うおぉらっ!」

 威勢のいい声と共に、坊主頭が椅子を振りかぶった。

 それをひょいと避けると、続け様にガラス製の灰皿とゴルフクラブのドライバーが振り下ろされた。


 スキル『防壁結解』。二つの武器が結解に止められる。

「な、何なんだ。何で動かねぇ!」

 それは結解があるからに決っているだろう、とつい言いそうになるが、傍から見れば宙に浮かぶオムツの目の前で、突然武器が停止したように見えるため、そういう反応になるのも当然だ。


 一度防がれているにも関らず、ガラの悪い男たちは再び武器を振りかぶる。

 

 スキル『念力操作』。二人の武器に波動を送り、軌道をお互いの身体に向ける。

 「おい、ちょ」と言い、「何で!」と発すると、武器が勢いそのまま互いの腹に当たり、静かに沈んでいった。


 部屋にいる残りの敵の数、四人。


 「この幽霊野郎が!」

 坊主頭が再び威勢のいい声と共に、木製の簡易的な椅子で殴りかかってきた。

 まだ心霊現象だと思われているのか。

 それなら。


 スキル『感覚操作』+『思念送波』。

 まず聴覚と触覚を通常の五倍にさせ、視覚を奪う。視覚が奪われた不安と小さな音でも爆音に聞こえる聴覚、風が通るだけで誰かに触られているような触覚。


 そして最後に、思念を耳元に送る。

 「呪ってやる」

 「うあぁぁぁ!」

 男は叫びながら、ドアから出ていった。


 残り三人。

 もう面倒だ。少し体力を削るが、まとめて片づけてしまおう。


 『王』クラス。

 スキル『夢魔浸食』。


 このスキルは、対象者の視覚情報に作用する。まず初めに深層心理にいる自分が最も恐れるものが、視界に現れる。現れた当初は自分から離れた位置にいるため、違和感しか感じない。

 瞬きをする。するとと最も恐れているものが少し近づいてくる。また瞬きをすると、更に近づく。

 

 悪夢が目の前まで迫った時。その者の精神は夢に侵され、一生目を覚ますことはない。


 赤ん坊の身体では本来の威力は出せないものの、意識を奪うことくらいはできる。

 「あ、あ、あぁぁぁ!」

 強面の男たちは、潰れた虫のような断末魔を叫ぶとともに気を失った。


 これで、全ての敵は片付いた。

 残るは、波瀬のみだ。


 姫を追い詰め、暴力を振り、売ろうとした。

 俺の家族を失意のどん底に陥れた。

 その代償は払ってもらう。


 だから俺は波瀬を最後まで残しておいた。

 最大限の恐怖と苦痛を与えるために。


 それが間違いだった。


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