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二つの光

「はーい」

 姫の晴れやかな声が、玄関に向かう。


 スキル『空中浮遊』。

 ふんわりとした柔らかい空気が身体に纏う。

 間に合ってくれ。せめて、ドアを開ける前に!

 俺は小さな身体を浮かび上がらせ、勢いよく玄関までの通路に出た。


 しかしすでにドアは開かれていた。

 姫は訪問客と何かを話している。

 遅かったか。

 俺は再び身体を浮かび上がらせると、玄関の隣の部屋まで持っていく。


 昔は書斎として使われていたらしいが、今では蓋の開けていない段ボールが山ずみとなっている。放置しすぎているせいで、すでに蜘蛛の巣があちこちに張り巡らされていた。


 スキル『明暗透視』

 壁越しに玄関の状況を伺う。


 「久しぶりだね。姫ちゃん。やっと見つけたよ」

 「は、波瀬さん」

 やはり、波瀬か。


 波瀬 壮太。無造作に生えた無精髭と、小枝のように細い手足で派手な模様の袖なしカーディガンを着ている様は、ギター片手に自由を謡うヒッピーのようにも見える。常に色付きサングラスを掛けているのも、それに拍車をかける。

 しかし実際は、自由よりも権力を欲し、ギターよりも人を脅すための凶器を身に着ける。

 こいつは関東近郊で着実に勢力を伸ばしている暴力団、江東組の若頭だ。

 今日も見たことのないような柄のシャツを着て、数人のガタイの良い部下を引き攣れている。


 「僕は寂しかったよ」波瀬が呟くように言った。

 「君が僕たちの前から消えて三か月。本当に寂しかった。寂しくて寂しくて、どうしようもなかった。だから」

 波瀬はわざとらしく言葉を切った。


 「家、見つけちゃった」

 姫は黙っている。


 「まさかこんな遠くに逃げているとはね~。君はいつも僕の予想を裏切る。だから君が好きなんだよね」

 「この間も」そう言いながら波瀬は、玄関から土足で家内に侵入してきた。

 「この間も、君は僕の予想を裏切った。季節外れの雪が降ったあの日。君をあの閑静な路地裏に招待した日だ。一人の青臭いガキが飛び込んできた。知らないやつだ」

 波瀬は話をしながら、家の中をあちこち物色している。


 「ガキが出てきた瞬間、一瞬にしてその場が光に包まれた。俺サングラス欠けてるのに、眩しすぎて目瞑っちまったんだ。変すぎるだろ?」

 俺が憑依した時だ。

 「あれは一体何なんだ?光が収まって目を開けたら、俺たち全員事務所に戻されてた。姫ちゃんやあのガキもいない。あれはどうやったんだ?」


 気付くと、波瀬は俺がいる部屋の前まで来ていた。

 しまった。ここで見つかったら、姫にも不思議がられるし波瀬に人質にされちまう。

 部屋から移動しよう。そう思い、スキルを使おうとした。

 しかし、波瀬の言葉が俺の思考を一瞬遅らせた。


 「あの二つの光は何だったんだ?」


 二つの光?


 ガチャ。

 波瀬がドアに手をかけていた。スキルを発動するには、もう遅い。

 俺は覚悟を決め、波瀬と相対するような態勢を取った。


 「止めてください!な、何の用ですか?」

 姫の声だ。少し震えている。

 寸でのところで、俺たちがいるこの部屋の前に立ちはだかってくれたようだ。


 「ん?」波瀬は首を傾げながら、部屋から離れていく。

 「ん?あれ~?何の用だったかな~?何だろう。あともうちょっとで出てくるんだけど。えっとえっと」

 「お金、ですか?」

 「そう!お金だ。そうそう、お金。何だ、分かってるじゃない」

 数人の薄ら笑いが聞こえる。


 「僕はねぇ。君に対する愛情以上に、お金に対する気持ちが強いんだ。お金は嘘つかないし、お金は逃げない。お金は大事ってことさ」

 「お、お金は必ず返しますから」

 「もちろんそうしてもらうさ。でもねぇ、君は一回逃げてるからねぇ。そんなちまちま返されても、意味がないんだよねぇ」

 「ようやく仕事を見つけたんです。お願いします。もう少し待ってください」

 姫はそのまま深く頭を下げた。

 艶やかなその黒髪を腰の位置よりも深く。


 「ん~。姫ちゃんみたいな綺麗な子に頭を下げられると、僕は弱いんだよねぇ」

 「だからさぁ」そう言いながら、波瀬は足を高く上げた。

 次の瞬間、高く上げられた足は姫の頭上に振り下ろされた。

 そのまま抑え込まれるように姫の身体が崩れる。


 「これくらい頭を下げないと、僕は何にも感じないんだよ!」

 波瀬はそこの熱いスニーカーで姫の頭を踏みつけていた。

 嘲笑の声が聞こえる。

 姫はそのまま土下座の姿勢になった。


 スキル『煉獄』 


 気が動転していた。

 怒りは通常の思考を鈍らせる。

 それでも、あの揺り篭のような優しさを持つ姫が、人を食い物にすることしか考えられない下種に踏みにじられるなど、あってはならないことだった。


 スキルを発動するまで、自分が犯したミスに気付けなかった。

 俺は感情に流されるまま、半分無意識的にスキルを発動していた。


 そして、その場に倒れた。


 体力切れ。

 当然のことだ。今日はすでに『獣』クラスのスキルを連発し、『王』クラスのスキルを一度使っている。

 そのうえ、『天』クラスのスキルまで発動しようとしたのだ。

 赤ん坊の体力が持つわけがない。

 エルも、随分前から寝てしまっている。


 「お願いします!お願いします!」

 姫が何かを必死に懇願している。

 「お願いしますから、子供には手を出さないでください!」

 「姫ちゃ~ん。土下座して、頭まで踏まれて、恥ずかしくないの?」

 「お願いします!お願いしますから!」

 「おいおい、この子。日本語わかんなくなっちゃったよ」

 男たちの笑い声が聞こえる。


 こいつら、許さねぇ。

 しかしどう足掻いても身体を動きそうになかった。

 意識も次第に遠のいてく。


 「じゃあ姫ちゃん。とりあえず、付いて来てくれるかな?君にはたくさん仕事が待ってる。早く借金なんか返したいだろ?」

 「・・・何をさせられるんですか?」

 「それは行ってからのお楽しみ。君もすぐ気にいるさ」

 「・・・」


 姫は数秒黙ると、小さく息を吸った。

 「あなた達に付いて行けば、子供たちに危害は加えない?」

 「子供たちって。上二人はあんたの子じゃないだろ」

 そう。姉二人は姫とは血が繋がっていない。

 「でもそうだなぁ。もし姫ちゃんが何か不慮の事故で仕事が続けられなくなったら、代わりにあの子たちにも協力してもらおうかな。確か、上の子が高校生で下の子は中学生だったよな」

 男たちの、舌を舐めるような不快さを感じる。

 「待って!私が頑張るから!子供たちには手を出さないで」

 再び男たちの笑い声が響いた。


 「なら頑張ろっか、姫ちゃん」

 波瀬はそう言うと、玄関のドアを開けた。


 まずい!このままだと姫を連れ去られる。スキルを存分に使えないこの身体では、距離が離れれば離れるほど見つけるのが困難になる。

 それに、二つの光についても聞かなくちゃならない。

 しかし、赤ん坊の身体は相変わらず動きそうになかった。


 俺は深く息を吸い込む。

 残りの体力で、『異世界』のスキルが使えるかどうか分からない。


 それでも、やるしかない。

 俺が俺の家族を守るために。


 俺は残り僅かの力を振り絞って、視線を蜘蛛の巣に集中させた。

 『従属スキル:マインドチェーン』


 そして、赤ん坊は眠りについた。

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