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花火に憧れた。夜空にパッと開く輝かしい花。そして何よりも腹の底に響くドンと言う音。幼心に思った物だ。火薬って凄い。
私は酒匂千歳17歳。軽音楽部に所属している。担当はベース。重低音が好きだからだ。電気は凄い。雷の力でメロディを奏でながら爆音を響かせるのだ。
正確さなんて関係ない。より、重く重くそのためならなんだって構わない。引き攣った顔でドラムが合わせる。変拍子にボーカルがリズムを外す。どうでも良い。私が気持ち良くなる事が最優先だ。それでも、エクスタシーには至らない。
メンバーが言う
「お前と付き合うのはもううんざり!」
それもそうだ。私の6弦ベースはワンオク下まで出る。ならば、下げることすら厭わない。もうめちゃくちゃだ。
それでも楽しそうなのは、仮バンドだからだろう。皆、本来の自分のバンドを持っているのだ。私はひとりぼっちである当たり前だけれども。
「それじゃあ、自分の練習に戻るわ」
部室の隅で低音爆音全開!気持ちが良い。
部長の園田が言った。
「練習にならんから、頼むから、自宅でやってくれ......」
しかし、我が家はしがない一般家庭。爆音を鳴らせばたちまち近所の人の耳の鼓膜は破れるだろう。おじさんおばさんは良いが、若者達の未来を潰す様な真似は避けたい。
そこでだ。私には、金持ちの幼馴染がいるのだから、利用しない手は無いのである。
「またですの......」
ティア フューネラー、ウェーブがかった艶々な金髪、くっきりした目鼻立ち。何を隠そう、イギリス大使館の一人娘なのだ。正真正銘のお嬢様。この、広い敷地なら、いくら爆音でも構うまい。
「いや、そんなわけないですわ……」
構うまい。なんやかんや言って、アンプも置いてあるのだ。どの道、ピアノのための防音室もある。
コンクールに入る程の腕前のピアノ。文武両道。誰もが憧れるこの美少女の唯一の汚点が私と言う幼馴染だろう。
「貴方も喋らなければ、と言うか、ベースさえ無ければ、その黒髪ぱっつんの見た目も相まって和風のお姫様と言う風情でしょうに」
ベースが無かったら、私の行く末は爆弾魔だっただろう。ああ、合法的重低音よ。幼馴染が道を踏み外さなかったのはお前のお陰だよ。
「おっ!やってたのかい?」
フューネラー氏が帰り際に声をかけて来た。
「あれ、やってくかい?」
あれとは、車の事である。私有地でなら走らせるのはOKと言う事で、私にもハンドルを握らせてくれるのだ。
「是非とも!」
すぐさま、私はガレージへと走り飛び乗るや否やエンジンに火をくべる。ドルルルルルと重低音が鳴り響く。良い物だ。フューネラー氏は部類の車好きで、エンジンサウンドに関してかなり趣味が合うのだ。
ティアはいつも呆れ顔だが。
爆走爆走大爆走。広い庭とは言え、限度がある。それを効率良く走らせてやるのが私の仕事だ。四輪ドリフトで高速転回。限界までエンジンを回して、立ち上がりで限界まで早くエンジンを唸らせる。助手席でフォーミュラー氏は大歓喜。
「やはり、車を運転させれば天下一だ!」
私は車を楽器だと思っている。エンジンの中で起こる炸裂が重低音を奏でる。大変に心地が良い。
しかし、楽しい時間はあっという間なのだ。
「泊まって行けば良いのになぁ」
「千歳を泊まらせたら日本から追い出されますわ」
とティア。
「それでは!」
私はハーレーを駆って帰路に着いた。もちろんのこと、マフラーは改造済みである。単気筒は単気筒の良さがある。
直線。本来は何も起こらないはずだった。しかし、反対車線から、トラックが飛び出して来る。私は肉片になった。バンパーのひしゃげる音。私が破裂する音。ハーレーのバラバラになる音。その重低音に酔いしれながら。