第四話「魔狼との決着」
教科書を眺めていると、ふと声が響き、祈光に告げた。
『ステータス・オープンって言えばいいよ!』
突然頭蓋に響いた、なんとなく聞き馴染みのあるような声に促され、祈光は呟く。
「ステータス…オープン。」
躊躇いがちにそう発した瞬間に、青白い液晶のようなものが現れる。
それには祈光の名前と幾つかの数字があり、スキルの欄に書かれた《生物学》という文字に
それこそが自身の「魔法」であるのだと、何故か祈光は理解する。それにしても、さっきの声って…
そう頭によぎる非現実的な思考を払って祈光は魔法を展開していく。
「それ」の使い方は何となく頭に流れ込んできた。
「生物学・初等魔法《恵雨》」
数滴ばかりの水が地面に零れ、染みになって消える。
頭の中で『ATPだね!』と繰り返す懐かしい声に頷いて、祈光は続ける。
「生物学・初等魔法《発芽》」
刹那、地面に小さな芽が顔を出し、その細胞壁たる炭水化物らが急速に増加する。
『クローンみたいなものなんだよね。』
祈光が使う魔法の気配を敏感に感じ取り、魔狼は祈光に飛びかかった。
「うょよぉっしゃぁ!狙い通りぃ!」
「くらえぇ!《生育》!」
地面の芽が急速な成長を始め、その伸びた蔓をもって魔狼の四肢を掴み、拘束する。
『体細胞分裂、なんだよね。』
魔狼は狙い通り、抵抗力を失う。祈光は目を背け、蔓を魔狼の腹に突き刺した。
「すまん、けど逃がしてまた襲いかかられるとキツいし、餓死の方がこれよりしんどいだろうし…だから…ごめん、ごめんな…。ごめん……。」
この謝罪がせめて魔狼に届きますようにと祈光は祈る。
自己満足でも、殺し合いの果てに奪った命に供養をする。それだけが、祈光にできる全てだった。
凄惨な殺し合いを終え、祈光は届くかは分からないなと思いながら、何もない場所に向かって声をかけた。
「さっきの声って…先生ですよね?」
『その通りだよ、祈光くん。よく分かったね!』
「まぁ、そりゃあれだけお世話になりましたから。」
『いやいや、私はただ生物教えてただけだよ?』
「それにしても…どうしてこんな所に?というか、なんで声だけなんですか?」
『んー…まぁ、複雑な事情があったんだよね。』
「そうなんですか…。」
『じゃあ、これからよろしくね?』
「あ、はい。」
こうして祈光は、自らの魔法に高校の生物教師を宿して異世界に生きることになったのだった。