第三十九話「広範囲殲滅」
ケイが《降り注ぐ千の凍礫》を発動するとともに、ピキピキと空気中から音が生まれる。
空気中の水蒸気が露点に達して水滴に変わると同時に、その全てが凍て付き、氷の礫に変化した音だ。
まさに千にも達する氷の礫が、飛行していた魔物に向けて打ち出された。穿たれた魔物は、血を撒き散らして凍て付き、翼の動きを停止され、為すすべなく落下していった。
無数に迫る礫の尽くを破壊して防ぐ個体や、複数の礫をぶつけても魔力耐性をもって耐える個体も少なからず存在するため、倒せた魔物は200に満たないが、それでも十二分の被害を魔物に負わせた事など気にも留めずにケイはさらなる魔法を、短縮した詠唱も含めて放つ。
「怒れし神の炎獄よ、今顕現し、万象を焼き払え、だろ。《炎天・地を焦がす千の焔剣》。」
氷の礫の欠片が降り落ち、撒かれた地面を駆ける魔物に向けて放たれたのは、空気中に揺らめいてその輪郭をぼやけさせる、十数センチほどの小さな炎の剣だ。
相当な熱量を誇ることが見て取れる無数のそれらが、木々の隙間を通り抜け、枝葉を灰に変えながら魔物に突き立った。
その瞬間、魔物が爆散し、肉片となる。否、爆発したのは魔物の肉体でも炎剣でもない。
先程放たれた大量の氷礫の欠片、圧倒的高密度のそれらが一つの炎剣に一気に溶かされ、続く一本で数百度に達して蒸発し、水蒸気爆発を起こしたのだ。
氷から水蒸気へ、1500倍以上に膨れ上がった体積が、凄惨な破壊力をもって地上に居た魔物の多くを物言わぬ肉塊へと化した。
また、それだけに留まらない圧倒的な火力が鬱蒼とした森林を炎の監獄へと変え、魔物たちの断末魔が尾を引いて響き渡る。圧倒的なまでの広範囲で高火力な殲滅能力に、魔物の軍勢は為すすべもなく崩れていく。
それらを浮遊しながら眺めていたケイは、未だ燃え盛ったままの森に降り立って息をついた。
「流石に、この状態で…このクラスの魔法を連発は、なかなか応えるだろ。」
Bランクの冒険者には到底有り得ない圧倒的な攻撃魔法を連続で放った事により、ケイの身体にも疲労が蓄積する。
しかし、ケイは警戒を解かずに森の奥をじっと見つめている。
やがて、轟音とともに木々を薙ぎ倒して現れたのは、二体の魔物だった。
一方は祈光達が戦ったような大きさのスライムだ。体色はグラデーション的に右が薄い緑であり、左に向けてその色が僅かに濃くなっているような見た目だ。
もう一方は、3m程の体長で、歪な三本の角を額から生やした、隻眼の巨人。その威容に違わない棘の生えた棍棒を手にした姿は、正しく鬼の様相を呈したような姿だ。
ケイをじっと見留める二体に向けてケイは牽制の炎弾を放った。
その攻撃に、鬼は魔法を避けることもなくじっと仁王立ちのままでケイを睨んでいる。
緑色のスライムは炎弾がその身に衝突する寸前、じゅわっという間抜けですらあるような音を立てて
液体状になって地面に染み出していく。
寸前までスライムが居た場所を炎弾が通り抜けていき、鬼に衝突した炎弾はその皮膚にすら何の影響も残さず、掻き消されてしまった。
その光景への驚きに、珍しく目を見開いたケイの足元が揺れた。
咄嗟に全力で飛び退いたケイは、先程まで自分が居た地面から、緑色スライムが飛び出してくるのを目にした。
飛び上がったスライムの身体が弾けて、近辺の魔物の死骸に降りかかる。
すると、魔物の死骸がゴポゴポと音を立てて沸騰したように蠢いてドロドロになった。
地面に影響がないことをみるに、生物に作用する毒なのだろう、などと予想するケイに、
鬼の咆哮が届いた。ハッと前を向いたケイの目に写ったのは、振り下ろされる寸前の棍棒であった。




