第三話「対峙」
視線の先に存在する異形の怪物に対し、咄嗟に飛び退く事で対応を図ろうとする祈光だが、後ろは川。
「くっそぉー、これはまさに、背水の陣ってやつやな。」
由来的の方の意味やから今の用法とは微妙にニュアンス違うけど、と文系っぽいことを呟きながら祈光は必死に状況を打破する方法を考えようとする。
しかし、相手はこの大自然を生き抜く野生動物。その逡巡の時間すらも致命的な隙となるのだ。
「うっぐ、、ぎいぃいああ!」
奇怪な叫び声をあげ、飛びかかってきた狼の爪を避ける祈光の声は、野生動物さながらである。
「くっそ、掠ってもうた…」
爪は僅かに腕を掠めただけ。しかし明らかに祈光の視界に映る怪我の具合は大怪我と呼ぶに等しい出血をしている。
「痛みはほぼないけど血はっ、めっちゃ出てっ……?」
何とか止血をしようと試みて傷口を抑えた腕に、何故か血の感触は伝わってこない。
「出血が…ない。妄想?いや、幻覚か………?」
これが幻覚であるならば、状況は思っているよりも悪いのかもしれない…と、祈光はそう考えた。
なぜならそれは、異世界の獣が魔法を使う可能性があるという事を示すのだから。
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「ぐああああうううう!」
祈光が怪物…魔狼とでも呼ぶ事にするそいつと対峙してから既に15分が過ぎようとしていた。
相手が一匹である事と、攻撃力自体は高くないこと、何より祈光自身が必死で避けていることもあって、未だ祈光は凄惨な状態には至っていなかったが、幻覚を抜きにしてもかなりの出血がある事は違いなく、祈光は危機的状況と呼べる様相を呈している。
「くっそ……やっぱり試してみるしかないか…」
先程から祈光の脳裏に過ぎること。
もしかしたら自分も魔法を使えるのでは無いかという、
片想いの子がもしかしたら脈アリなんじゃねと思うくらいの淡い期待。
その程度の期待であっても、それに賭けるより他に、祈光に残された道は無かった。
「こうなれば一か八かや!何でもいいから魔法!!出てくださーい!!!!!」
その必死の祈りが届いたのか、祈光の眼前には謎の本が浮かんでいた。
「なんやこれ…おん??…………生物の教科書…?」
その時、ただ1つの疑問が祈光の頭を埋めつくした。
俺の得意教科英語やのに…なんなら生物赤点やったのに、なんで生物なん…?
と。