第三十八話「待ち望んだ背中」
魔道具による強化状態に加えて、シルヴィアが現状放ちうる最高の攻撃力を誇る《大地踏む豪剣の衝痕壁》の直撃によって、ガルトメギアはその両翼や身体の端々に、相対するシルヴィアをしても痛々しいと思わせるまでの傷を刻みながらも、
その双眸はじっと変わることなくシルヴィアを見据えていた。
ボロボロになったガルトメギアとは対称に、シルヴィアには
先のスキルを放つまでに受けた細かな傷以外に目立ったダメージはない。しかし、シルヴィアは余裕綽々とはいかない状況である事に変わりは無かった。むしろ、先程より状況は悪化しているとさえ言えるくらいであった。
《大地踏む豪剣の衝痕壁》は、発動者の魔力だけでなく、発動者が触れる大地の周辺域から魔力を吸い上げて、魔法を宿す剣撃と、周囲への甚大な破壊を齎すスキルだ。
ゆえに、短時間のうちに複数回発動すると、近辺の地の魔力が一時的に枯れて、術者の魔力から発動不足分を補おうとしてしまう。
しかし現状シルヴィアの戦闘を成り立たせているのは
シルヴィアの左目の視力と、継続的な魔力消費を代償とした
凄まじい強化性能を誇る魔道具である。
つまり、スキルによる魔力の過剰消費は自身を強化するための魔道具の発動時間を縮める事に繋がってしまうのだ。
あわよくば先程の一回で仕留められれば…と思っていただけに、ガルトメギアが未だその双眸をもってシルヴィアへの反撃の機会を伺っているということ、魔物の軍勢が到底尽きてはいないこと、これ以上スキルを使わずとも、そう長くはもたないというほどには残存する魔力量が乏しいなどのことから、シルヴィアはジリ貧というべき状態にあった。
両者にとって、片時たりとも油断が許されないような状況である事も手伝って、数多の魔物をしても近づく事を躊躇う程の緊迫感が、双方から放たれ続けている。
その均衡を破ったのはガルトメギアの咆哮であった。
鋭く強者としての威厳をもったその嘶きは、周囲を埋め尽くす夥しい魔物達に伝播・作用していく。
「なんだ…?」
数秒後の事だった。シルヴィアを狙い続けていた大群が
一匹、また一匹と次々に飛び立って、或いは駆け出して行く。
向かった方向は街の…否、避難民たちが目指す方向であった。
突然動きを変えた魔物たちにシルヴィアは狼狽する。
今までは魔物の注意が自らに注がれていたが為に人々を気にすることなく戦えていたが、こうなってしまえばシルヴィアに為す術はない。
(ケイに避難指示を出させたが…追いつかれるのも時間の問題だ!)
街からより遠くへ避難させた理由は人々が戦闘の余波に巻き込まれないようにする為だ。
そう小さくない街の住人全員が一挙に移動するとなれば、その速度はきっと速くはないはずだ。
この数の魔物が追いかけていってしまえば、たちまち追いつかれてしまうだろう。
咄嗟に魔物を追いかけ、止めようとするシルヴィアだが、対峙するガルトメギアがそれを許さない。
傷だらけであるとは思えない程の速度で迫った竜爪が、間一髪で回避したシルヴィアの首筋を撫でて、長い髪の毛の数十本を切り飛ばした。
浅く裂かれた首筋から、血が流れ出すのを拭うシルヴィアは、自らがこの戦いからは脱せない事を悟り、歯噛みした。
飛行系の魔物が空を覆い尽くしていく景色を視界に写しながらも、考えないようにしてただ目の前の竜と死闘と続けるシルヴィアの鼓膜を、聞きなれた声が揺らした。
「《氷天・降り注ぐ千の凍礫》だろ。」
独特な口調、異様に低く、早口な詠唱。
それは帰還と参戦を願い続けた人物のものに他ならない。
「こっちは俺に任せてくれ、だろ。」
木々を超えるほどの高さに浮遊しながらケイがそう言い放ち、
激化していくガルトメギアとシルヴィアの戦いの傍らで、
ケイと魔物の軍勢との戦いの火蓋が切って落とされた。




