第三十五話「狂人の名前は」
祈光達がシルヴィアと合流してから、二時間ほどが経った。
四人はバイソンと並ぶほどの強さの魔物を幾度か倒して、
少なくはない疲労・消耗を代償に、しかし戦えなくなるほどの怪我を負うことはなく、
周囲の魔物の中でも特に危険性が高いものを処理することができたのであった。
「取り敢えずは、これで安全を確保できたか?」
「多分…そうですね。」
息も切らしていないシルヴィアに驚愕しつつも答える祈光と、それに続いて頷く悠誠の横目に、
黙って名目していたケイが、今までに見せた落ち着いた表情とは打って変わって、目を見開いて
今までよりは少しハッキリとした声で言った。
「違う、これは…ヤバいだろ。」
「どうした、ケイ?」
怪訝そうな表情で真意を問うシルヴィアに、向き直ってケイが答えた。
「近くに突然敵の気配が生まれただろ、数は…2000オーバー。殆どがCランククラスだろ。
さっきまでのに匹敵、いや、それ以上のBランクも結構いるだろ…。」
「2000だと!?」
「まだ続きがあるだろ。…それ以上の強い反応が、Aランクにもなりうる程の反応が2つあるだろ。」
シルヴィアは唖然とした。確かにシルヴィアは冒険者としてAランクであるが、しかし
冒険者のAランクと魔物のAランクには大きな差があるのだ。それに加えて数千の魔物の一斉強襲。
シルヴィアは歯を噛み締めて街の方を向いた。
「駄目だ。街を…守りきれない…!」
悔しさを滲ませた声でシルヴィアはケイに続けた。
「ケイは可能な限り早く避難民達の方に行って、もっと遠くに逃げるように言うんだ。」
「分かっただろ。」
ケイはそう答えて直ぐに飛び立った。残された祈光達にシルヴィアは息を吸って吐いて、
まるで覚悟を決めるように、何度も深呼吸をして、それから言った。
「お前達は…すまない、この街のために…闘ってくれるか?」
悲痛そうな顔を見れば分かった。シルヴィアは、祈光達がこの戦いで命を落とす可能性が高いだろうと思っているのだと。そして同時に、理解しているらしい。圧倒的な戦力差で、街の為に戦えと言うということは、
殆ど、街の為に死ねと言っているようなものであると。だからこその逡巡。しかしそれに対する祈光の答えは、とうに決まっていた。
「勿論です。」
その返答に、シルヴィアは未だ迷うように目線を揺らしながらも、安堵したように息をついて、言った。
「生き残るぞ、絶対な。」
「はい!」
魔物が出現したとケイが示した方向を見やって、シルヴィアが祈光達に計画を話そうとする。
「よし、じゃあまずはッッ二人共、伏せろ!!!!」
突然発された怒号。反射的に従い、伏せた二人の頭上を、太陽の如き光を放つ熱線が放たれる。
ギリギリ祈光の背中を掠めて、背後にあった木々を幾つも貫き、消滅させ、地面すらもガラス状に変えてしまった。
「あっはぁ、外しちゃったかぁ。」
今のでやり切れると思ってたんだけどなぁ、なんて言う、黒板を爪で引っ掻くような不快感を伴う
その声を、二人は知っている。
洞窟の最奥部で二人をボロボロにした主、数多の死骸を積み上げ、その末にスタンピードを発生させた狂人。
その名は…
「名前なんやっけ?」
「あ、名乗ってなかった、ごめん。」
素朴な疑問に返した狂人…その場に微妙な空気が流れる。
「僕の名前はラヴェトリーだ。覚えておくと良い。」
狂人…もといラヴェトリーの落ち着いた様子に、前との乖離を見て、訝しむ二人を他所に、
ラヴェトリーは大きく両手を広げて言った。
「馴れ合いは終わりだ。さぁ、本番と行こうか!?」




