第三十四話「幸せそうな戦闘狂」
巨体のバイソンを軽々と止めるシルヴィアを見て、悠誠がドン引きしている。
暫くジタバタと藻掻いたバイソンが、やがて諦めたように動くのを止めた瞬間、
宙に浮いたままのシルヴィアが、大振りに大剣を振り上げたかと思えば、
祈光の目で追い切れないほどの速度でその大剣をもって、幾度となくバイソンの鼻先に振るった。
聞こえてきたのは、振るわれた回数分の硬質な音。
「やっぱり硬いなっ!」
シルヴィアが困ったような、それでいて戦いを心から楽しんでいるような表情でそう言った。
バイソンの鼻先には微塵も傷はついていない。祈光も悠誠も思わず言った。
「うっっそだろお前。」
「やっべぇえ!」
あの重量を軽く受け止めるシルヴィアの斬撃を回避も防御もせずに無傷で耐えたバイソン。
常軌を逸した強きもの同士の戦闘に、祈光達は見入ってしまった。
そのうちで、祈光は気づく。
バイソンの突進の速度が、刻一刻と増していること。
そして、「っく!」それを受け止めるシルヴィアが苦悶の声をあげ始めたことに。
「シルヴィアさん、そいつ…強くなってます!!」
「あぁ!そうみたいだなぁ!!」
「う、あ、あ、終わった、だろ。」
「はっきり話せケイィ!!」
「え、あ、足…一本凍らせた、だろ。」
「っ、良くやった、ケイ!!」
独特で、ぼそぼそとしたあの話し方でそう言ったケイの言葉を聞いて、祈光はバイソンの足を見る。
確かに、バイソンの右の前足がガッチリと氷で固められていた。前足一本でも直径は丸太を束ねたような大きさなのだ。
祈光達は息を呑んだ。バイソンが突進し、停滞した一瞬の隙に、これだけの魔法を放つとは…。驚きも冷めやらぬままに、シルヴィアから祈光達に声がかけられた。
「今がチャンスだっ!加勢してくれっ!」
「はいっ!」
眼球を狙うことに決めたらしいシルヴィアの邪魔にならないように、内部へのダメージを目的として悠誠が後頭部を狙う。
同時に祈光が腹に、蟲の身体で諸々の強化系スキルを施して、《溜衝拳を放つと、
バイソンは身動ぎをして唸った。
その後も各々攻撃をしかけ続けていると、シルヴィアの攻撃によってバイソンの右目が潰れた所で、
バイソンは堪忍袋の緒が切れたのか、はたまた時間経過によるものか、一際大きな声をあげた。
「なんだ!?」
鳴き声が止む。次の瞬間…バイソンの角が、ピカピカと光出した。最終形態のようなものだろうか?
その角の見た目が、ファンシーな公園の遊具に見えるくらい
安っぽい色なので迫力はないが、力は相当上昇しているらしい。
かなりの時間、バイソンを地に繋ぎ止めていた氷が砕けた。
瞬間、今までとは比にならないくらいのパワーと速度で
バイソンは暴れ回り出した。
指向性のある攻撃でもない踏み込みで、地が容易く割れた。
「これは…凄まじいな…!」
どう見てもヤバい状況であるにも関わらず、やっぱりどこか
楽しそうなシルヴィアは、臆せずバイソンに剣を振るった。
すると、今までとは違う音がして、バイソンの額が大きく切り裂かれ、血が吹き出る。その様を見たシルヴィアは、ニヤリと笑って言った。
「行くぞ、総攻撃だ!!」
それから少し経ち、殆どシルヴィアとケイの攻撃によって
バイソンは全身を裂かれ、切られ、抉られて事切れた。
戦いを終え、肩で息をする2人に、シルヴィアは衝撃的な事を告げた。
「この辺には、こんなのがうようよ居る。気をつけろよ。」
と。
そこそこ長い時間戦っていたので、その言葉を聞いて遠い目をしだした祈光に次なる魔物の声が届いたのは、僅か数分後の事であった。




