第二十八話「ただ嗤う」
その後も二人はスライムやゴブリン等を倒しながら洞窟の奥へと歩みを進めた。
何体もの魔物を倒すうちに二人のスキルは成長し、更に新たなスキルも手に入れた。
祈光のステータスのスキル欄は現在、このようになっている。
通常スキル
《走力強化:Lv2》
《体力上昇:Lv3》
《跳躍力強化:Lv2》
《溜衝拳:Lv1》
固有スキル
◆《生物学》
初等魔法
・《発芽》
・《恵雨》
・《蟲体発現》
という風になっている。
新しく目覚めたこの溜衝拳というスキル、これは拳による攻撃の威力を高めるもので、蟲体発現との兼ね合いが良く、非常に使えるスキルだ。
一方、悠誠のスキル欄はこのようになっている。
通常スキル
《走力強化:Lv2》
《体力上昇:Lv2》
《視界補正:Lv4》
固有スキル
◆《空震》
奏法
《連衝波》
《衝波域拡張》
◆《片翼の者》
《頭首激動》
ハンマリングは怪鳥戦でも使用した、反動が大きくなる事を代償に、連撃を可能とするスキルであるが、悠誠は新たにスライドというスキルも手に入れていた。
流石に少し威力は落ちるが、このスキルは弦音波による攻撃範囲を広げる技であり、多数の敵との戦いの際にはかなり使い勝手の良いスキルであると言えるだろう。
身につけたそれらの能力を互いに説明しながら歩いていると、2人は洞窟の終点らしき場所へと到達した。
そこは、ドームのような形の、相当な広さを持った空間だ。
岩や鉱石によって構成されたその空間の真ん中には、異様な…否、恐ろしい光景が広がっていた。
中心部に積み上げられたのは、魔狼やゴブリンなども含んだ大量の魔物の死骸だ。
その胸や腹には切り裂かれた後があり、幾つかの死骸は腐りきって蠅が集っているのが確認出来る。
更に、それらの横には広がった血の海を踏みしめる、人のような何かが佇んでいるのが見えた。
あまりに悍ましい光景と尋常でない腐臭に、祈光は嘔吐く。物音に気づいたのか、はたまた元々気づいていたのか、人影は吐き気を必死で堪えた悠誠の方に顔を向けた。
「あっは、こんな所までようこそぉー?」
悠誠の方を向いたその顔には、幾つもの縫い目があり、顔の皮には部分的に臙脂色の皮膚もあるのが分かる。
引き攣ったような笑みを浮かべて、「それ」は言った。
「あぁ、この顔が気になる?気になるよねぇー!」
「………。」
「これはねぇ!移植した魔物の皮膚さ!」
見慣れた臙脂色の皮膚から、悠誠はそれを何となく分かっていた。分かってはいたが、それでも実際に言葉にされると、理解し難い狂気に悠誠は絶句する。その横で、嘔吐いていた祈光が立ち上がるのを、悠誠は感じた。
「お前が…魔石持ちの魔物の発生の原因か…?」
震える声でそう聞いた祈光の言葉に、狂人は嗤って答えた。
「あぁその通り!何度も何度も何度も何度も何度も実験に失敗して、漸く確立した技術だ!」
耳に響くような醜く歪んだ大声で狂人は叫ぶ。
その後祈光が発したのは、純粋な心から出た疑問だ。
「何の、為に…?」
「何の為に?そりゃあ勿論、お前ら薄汚い人類種を滅亡させるためさ!」
狂人の言葉に悠誠は思わず問う。
「…お前は、人じゃないのか?」
「は?」
それまで笑顔で叫んでいた狂人が、悠誠の言葉を
皮切りに、真顔になって底冷えするような声を発した。
理解し難い恐怖に、二人は震えた。
「お前らクソ下等種とあの方を一緒にするなよ。」
「あの方…?」
「あぁあの方は素晴らしい高潔で僕のような半端者ともお言葉を交わして下さるんだお前らも見習えよあぁそうだよな人間なんてのは駄目だ自分の利益のためなら同族だって簡単に蹴落とすしそもそも大した知能も無いくせに集まって暮らしてる時点で吐き気がするんだよ気持ち悪い愛情なんて上っ面だけの概念で物を語るなよ自分達の為に他を虐げて成り上がった物語を美談とする醜さったら救いようがなくて仕方ない完璧な上位種族たるあの方々が支配すると仰ってるんだから早くその元に下れよ足掻くな藻掻くな喚くなせいぜい塵にならないように一生媚び売って死ねよカス共めあぁ本当に煩わしいお前らと同じ身体であることがもどかしいないやでもあの日あの方に救われた時から僕はもうあの方の家族になったんだだってあれだけ力を与えてくださったんだから僕のことを思ってくれているに違いないあの方こそがただ唯一無二の肉親なんだだとすれば僕だってこの醜い身体でもあの方々と同じ種族である事に間違いはないはずなんだよそうだろうそうでなきなゃいけないんだよだって僕を見捨てたアイツらと僕が同じように扱われていいはずが無いんだそうさそうだ救いだ救いなんだ僕は今幸せだ幸せで仕方がないからお前らは早く死ねあぁでもお前らだって哀れなやつだよなあの方と一緒になれないなんてでもお前ら如きが救われていいはずないだろうなら当然の報いだし目障りなんだからさっさとその汚い血を垂れ流してぐちゃぐちゃに潰れて野垂れ死ねよ!」
狂人が破綻した文法と理論では発したのは人間への呪詛と「あの方」とやらへの賞賛だ。
聞いているだけで吐き気がする程の言葉達に、祈光達は
何も言えずに黙り込んでしまった。
狂人は身勝手に一人、言葉を続ける。
「あぁ、忘れていた。僕は行かないといけない。」
「どこ…に?」
「それを答える義務は僕に無いだろう?でも教えてやるよ。
ここからそう遠くない街さ。僕は人類排除の手始めに、スタンピードを起こしてあの薄汚い街を滅ぼす。」
そう言って狂人は二人の横を通り過ぎようとする。その肩を、祈光が掴んだ。
「何なんだよ?」
「あの街を滅ぼす?ふざけるな!!あの街の人達は…
「あぁ、もうそういうのいいから。」
冷めた顔でそう言った狂人は、右腕を振り上げた。すると、その腕はぐちゃぐちゃと、人間では有り得ないサイズに肥大化し、肉の塊のようになる。やがて振り下ろされたそれは、祈光が咄嗟に展開した甲殻をも砕き、強化した膂力をもって耐えようとする祈光をいとも簡単に吹き飛ばした。
壁に衝突した祈光は、後頭部から血を流して倒れ、右腕がおかしな方向へと曲がってしまっている。
「祈光っ!?」
「お前も、目障り。」
「っ、《空震》!!」
振るわれた巨腕を避け、咄嗟に放った二弦による衝撃波は、
狂人に命中した。しかし…
「はぁ…面倒くせぇなぁ。」
「っ!?」
衝撃波が命中したはずの狂人に、ダメージが通った様子は微塵もない。
「くっそ!《片翼の者》!」
片翼によって一時的に狂人から離れようとした悠誠の足を、異形と化した狂人の腕が掴む。そして、藻掻く悠誠を地面に打ち付けた。瞬時に想像を絶するような痛みと衝撃に襲われ、視界が一瞬暗転する。狂人はそのまま悠誠の身体を
乱雑に壁へと文字通り蹴り飛ばした。
その後狂人は、ボロボロになった二人をみて舌打ちをして、
洞窟の出口へと消えていった。
その様子を回らない頭でぼんやりと見届け、悠誠の意識はそこで途切れた。
全てが終わったあとの洞窟の最奥には、ただただ静寂が広がっていた。